京都御所侵入事件
1.
右翼系麒麟児大学附属高校の修学旅行で、1年生8人が警察に逮捕された。
といっても、大した事件ではない。
夜中に麻雀をしていたところを教師に見つかり、麻雀牌を取り上げられた8人が腹を立て、旅館を抜け出した。
京都御所の塀を乗り越え、庭でタバコを吸っていたら、警報装置に引っかかって警官に捕まった。
夜中に警察から旅館に電話が入り、教師が迎えに行き、翌朝には全員が釈放された。
警察では始末書を書かされただけで済んだ。
だが、学校の処分はそう簡単ではなかった。
8人は処分が決まるまで登校を禁じられ、職員会議が開かれた。
日本史の教師・竹中が怒りに震えて主張した。
その男は、色黒で肥えた中年、病的な顔色をしていた。
「断固、退学処分にすべきである。やつらは恐れ多くも、天子様のお住まいに侵入したのだ」
竹中より少し若い英語教師・山崎が反論した。
「お住まいといっても、今は東京でしょう。それに彼らは建物に入ったわけじゃない。庭でタバコを吸っただけだ。停学で十分でしょう」
竹中は英語が必修であることにすら反感を持っていたので、山崎を睨みつけて言った。
「そんなことは関係ない。天子様は一天万乗の君なのだ!」
山崎は面倒臭くなった。
「ああ、そうですか」
他の教師たちも、上にある麒麟児大学の意向を恐れ、退学処分に賛成した。
「意見も出尽くしたようですので、退学とします。よろしいですね、先生方」
校長が総括した。
日本史教師・竹中が真っ先に「異議なし」と言い、他の教師も「異議なし」「異議なし」と続いた。
英語教師・山崎まで「異議ありません」と発言した。
そのとき、職員室の扉が勢いよく開いた。
事務長が立っていた。
「ちょうどいい。あの8人は退学に決まったから、手続きを頼む」と校長が言ったが、事務長の顔色が悪い。
「どうかしたのかね?」
「大学が廃校になったと、今、連絡がありました」
教師たちが騒ぎ出した。
「静粛に!」
校長が一喝した。
「これまで内密にしていましたが、琴櫻大学から付属校にならないかという話が来ているのです」
琴櫻大学は左翼系である。
「些細なことで退学者を出せば、わが校の立場が悪くなる。8人は2週間の停学でよいと思いますが、先生方はどう思いますか?」
「1週間でいいでしょう」
「3日でも」
「1日でもいいんじゃないでしょうか?」
まるでバナナの叩き売りのように、処分は軽くなっていった。
「口頭での注意でいいのでは」
「それなら、もう済みましたから、明日から登校させましょう。宜しいですか、先生方?」
校長の声に、全員が「異議ありません」と答えた。
2.
「どうです、これから一杯やりませんか?」
英語教師・山崎が日本史教師・竹中を誘った。
「よかったですなあ。琴櫻大学の話が来ていて、本当によかった」と竹中がいう。
「この歳で再就職は難しいですからね。教職は特に」と山崎が答える。
二人とも生徒の起こした事件など、もう頭の片隅にもなかった。
二人は居酒屋で酒をあおった。
「これからは、日本史も左翼史観でやらねば」
竹中は力説する。
「先生、左翼史観も勉強されてたんですか?」
驚いたように山崎が訊く。
「もちろんです。今までは攻撃するために学んでいたのですが、これからは教えるために使えます」
「なるほど。攻撃のための勉強が、役に立つわけですね」
二人は大いに笑った。
「英語の方は変わりませんね」と竹中が訊く。
「時間は増えるかもしれません」と山崎が答える。
「お互い、首がつながって何よりですな」と竹中は心から嬉しそうである。
竹中が手を差出し、二人は固く握手した。
店を出ると、冷たい風が吹いていた。




