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京都御所侵入事件

掲載日:2025/12/30

1.

右翼系麒麟児大学附属高校の修学旅行で、1年生8人が警察に逮捕された。


といっても、大した事件ではない。


夜中に麻雀をしていたところを教師に見つかり、麻雀牌を取り上げられた8人が腹を立て、旅館を抜け出した。


京都御所の塀を乗り越え、庭でタバコを吸っていたら、警報装置に引っかかって警官に捕まった。


夜中に警察から旅館に電話が入り、教師が迎えに行き、翌朝には全員が釈放された。


警察では始末書を書かされただけで済んだ。


だが、学校の処分はそう簡単ではなかった。


8人は処分が決まるまで登校を禁じられ、職員会議が開かれた。


日本史の教師・竹中が怒りに震えて主張した。


その男は、色黒で肥えた中年、病的な顔色をしていた。


「断固、退学処分にすべきである。やつらは恐れ多くも、天子様のお住まいに侵入したのだ」


竹中より少し若い英語教師・山崎が反論した。


「お住まいといっても、今は東京でしょう。それに彼らは建物に入ったわけじゃない。庭でタバコを吸っただけだ。停学で十分でしょう」


竹中は英語が必修であることにすら反感を持っていたので、山崎を睨みつけて言った。


「そんなことは関係ない。天子様は一天万乗の君なのだ!」


山崎は面倒臭くなった。


「ああ、そうですか」


他の教師たちも、上にある麒麟児大学の意向を恐れ、退学処分に賛成した。


「意見も出尽くしたようですので、退学とします。よろしいですね、先生方」


校長が総括した。


日本史教師・竹中が真っ先に「異議なし」と言い、他の教師も「異議なし」「異議なし」と続いた。


英語教師・山崎まで「異議ありません」と発言した。


そのとき、職員室の扉が勢いよく開いた。


事務長が立っていた。


「ちょうどいい。あの8人は退学に決まったから、手続きを頼む」と校長が言ったが、事務長の顔色が悪い。


「どうかしたのかね?」


「大学が廃校になったと、今、連絡がありました」


教師たちが騒ぎ出した。


「静粛に!」


校長が一喝した。


「これまで内密にしていましたが、琴櫻大学から付属校にならないかという話が来ているのです」


琴櫻大学は左翼系である。


「些細なことで退学者を出せば、わが校の立場が悪くなる。8人は2週間の停学でよいと思いますが、先生方はどう思いますか?」


「1週間でいいでしょう」


「3日でも」


「1日でもいいんじゃないでしょうか?」


まるでバナナの叩き売りのように、処分は軽くなっていった。


「口頭での注意でいいのでは」


「それなら、もう済みましたから、明日から登校させましょう。宜しいですか、先生方?」


校長の声に、全員が「異議ありません」と答えた。


2.

「どうです、これから一杯やりませんか?」


英語教師・山崎が日本史教師・竹中を誘った。


「よかったですなあ。琴櫻大学の話が来ていて、本当によかった」と竹中がいう。


「この歳で再就職は難しいですからね。教職は特に」と山崎が答える。


二人とも生徒の起こした事件など、もう頭の片隅にもなかった。


二人は居酒屋で酒をあおった。


「これからは、日本史も左翼史観でやらねば」


竹中は力説する。


「先生、左翼史観も勉強されてたんですか?」


驚いたように山崎が訊く。


「もちろんです。今までは攻撃するために学んでいたのですが、これからは教えるために使えます」


「なるほど。攻撃のための勉強が、役に立つわけですね」


二人は大いに笑った。


「英語の方は変わりませんね」と竹中が訊く。


「時間は増えるかもしれません」と山崎が答える。


「お互い、首がつながって何よりですな」と竹中は心から嬉しそうである。


竹中が手を差出し、二人は固く握手した。


店を出ると、冷たい風が吹いていた。




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