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【完結】追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第1章「追放聖女、旅に出る」

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05:聖女は、最初の刺客と出会う

 街道のゴロツキを軽く捻り上げてから、私の旅は驚くほど順調だった。


 日が落ちる頃には、小さな宿場町にたどり着くことができた。もちろん宿に泊まるような金はない。そこで、町外れの馬小屋の主に「一晩、軒下を貸してください。お礼に、明日の朝、力仕事を何でも手伝います」と交渉してみた。

 私の(聖女時代に鍛えた)人の良さそうな笑顔と、力こぶをポンと叩いて見せるアピールが功を奏したのか。頑固そうな馬小屋の主は「……まあ、いいだろう。ただし、馬に何かしたら承知しねえぞ」と、ぶっきらぼうに許可をくれた。

 干し草の上で眠るのは、神殿のふかふかのベッドよりも、ずっと心地よかった。何より、誰にも邪魔されない静かな夜というのが、最高のご馳走だった。


 翌朝、私は約束通り、馬小屋の仕事を手伝った。

 山のように積まれた干し草の束を軽々と運び、水で満たされた巨大な樽を片手で持ち上げ、馬小屋の掃除をする。主人は最初、私の力仕事ぶりを半信半疑で見ていたが、そのうち「お、お嬢ちゃん、あんた一体何者だ……?」と、呆れたような、感心したような顔になっていた。お礼にと、焼きたてのパンと温かいスープをご馳走になってしまった。


 そうして、私は再び南へと旅立つ。気分は上々だ。

 なんて素晴らしいスローライフの滑り出しだろう。この調子なら、すぐに目的の村にたどり着けそうだ。私はすっかり上機嫌で、鼻歌交じりに街道を歩いていた。


 しかし、そんな私の上々な気分は長くは続かなかった。

 王都を出て、三日目の昼過ぎ。

 街道が鬱蒼とした森の中へと差し掛かった頃だった。

 ふと、周囲の空気が変わったことに気づいた。鳥のさえずりが止み、風の音が妙に静かになる。これは、何か良くないことが起こる前触れだ。


(……面倒なことになりそう)


 私は足を止め、周囲を警戒した。

 すると、前方の木の上から、す、と影がひとつ舞い降りてきた。

 黒装束に身を包み、顔の下半分を布で覆った、いかにも「暗殺者です」と言わんばかりの男だった。手には不気味な光を放つ短剣を握っている。


「……何者ですか?」


 私は、平静を装って問いかけた。

 男は答えず、ただ無言で私を見つめている。その視線は冷たく、感情が一切読み取れない。昨日のゴロツキたちとは、明らかにレベルが違う。プロの匂いがした。


 やれやれ。追放された身だというのに、わざわざ殺し屋を差し向けてくるとは。ご丁寧にどうも。犯人は、十中八九、あの宰相だろう。私を生かしておくのが、よほど気に食わなかったと見える。


 私が次の言葉を待っていると、今度は背後の茂みから、ガサガサと音がした。

 振り返ると、そこには同じような黒装束の男が二人。いつの間にか、私は三方に囲まれていた。

 なるほど、用意周到だ。

 しかし、私は特に焦ってはいなかった。

 むしろ、少しだけワクワクしている自分に気づく。私のこの力が、プロ相手にどこまで通用するのか。試してみたい、という好奇心が湧き上がっていた。


「あなたたちの目的は、私の命ですか?」


 私がそう尋ねると、最初に現れたリーダー格らしき男が、ようやく口を開いた。


「……我らは『影』。主の命により、障害を排除する者」

「障害、ですか。それは、私のことだと」

「然り。偽りの聖女セレスティア。汝の存在は、我らが主の計画において、許されざる瑕疵。よって、ここで消えてもらう」


 ……話が、長い。

 そして、言い回しがいちいち回りくどい。

 私の脳が、早くも警報を鳴らし始めた。前世のパワハラ上司の説教を彷彿とさせる、持って回った言い方だ。こういう手合いは、議論をしても無駄なことが多い。


「あなたたちの主とは、宰相閣下のことですね?」

「……答える義務はない」

「まあ、誰でもいいですけど。わざわざご苦労さまです。でも残念ながら、私はここで死ぬわけにはいかないんですよ。理想のスローライフが私を待っているので」

「戯言を」


 男は短剣を構え直し、殺気を高めた。

 だが私は、あくまで対話を試みることにした。暴力は最後の手段、というのがモットーだ。それに彼らも仕事でやっているだけなら、無駄な血は流したくない。


「ひとつ、提案があります」

「……何だ」

「あなたたち、今すぐ引き返して、主にこう報告してください。『セレスティアは、あまりの絶望に崖から身を投げて死にました』と。そうすれば、あなたたちの任務は完了。私も、平穏な生活を送れる。ウィンウィンだと思いませんか?」


 いいんじゃない? これ。我ながら完璧な提案だと思った。

 しかし男たちは微動だにしない。リーダー格の男は、心底呆れたように、ふ、と息を漏らした。


「……聖女とは、聞いていた以上に愚かなようだ。我ら『影』の者に、任務の放棄はない。主の命は絶対。汝を確実に仕留め、その首を主に献上することこそ、我らが使命」

「首を献上……。それは、ちょっと困りますね。首がないと、うたた寝する時に不便なので」

「……ふざけているのか?」

「いえ、大真面目です」


 ああ、もうダメだ。

 私の脳のキャパシティが、限界に近づいている。

 主の命。使命。瑕疵。

 小難しくて、回りくどくて、耳を傾けているとイライラしてしまう。


 前世の上司もそうだった。「君のこの企画書には、ビジョンが見えない。戦略的アプローチが欠如している。もっと、シナジーを意識したペルソナ設定を……」などと、三十分も語った挙句、結局何が言いたいのか分からない。そういう時、私は思考を停止させ、ただ「申し訳ありません! 修正します!」と繰り返すしかなかった。


 でも、今は――。


「ああ、もう! 要するに! アタシをどうにかしたいってことなんでしょ!?」


 私は、ついに我慢の限界を超え、大声で叫んだ。


「分かった! もういい! 面倒くさい! 全員まとめてかかってきなさい!」


 私の突然の豹変に、三人の刺客は一瞬、虚を突かれたように動きを止めた。

 その隙を私は見逃さない。


 ドン! と地面を強く蹴る。

 私の身体は、砲弾のようにリーダー格の男に向かって飛んだ。


「なっ!?」


 男は驚き、咄嗟に短剣で防御しようとする。だが、遅い。

 彼の懐に潜り込む。それと同時に、鳩尾へ強烈な掌底を叩き込んだ。


「ぐっ……は……!」


 人間が出してはいけないような鈍い音が響いた。男の身体が「く」の字に折れ曲がる。防御したはずの短剣は、衝撃で明後日の方向へ飛んでいった。

 男は白目を剥き、泡を吹きながら、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。おそらく、内臓のいくつかは破裂しているだろう。南無南無。


「な……リーダー!?」

「馬鹿な、一撃だと!?」


 残りのふたりが、ようやく我に返って叫んだ。

 彼らは即座に散開し、私を挟み撃ちにする陣形を取る。さすがはプロ。連携はお手の物らしい。


 ひとりが背後から、もうひとりが側面から、同時に斬りかかってくる。

 常人なら、これで終わりだろう。

 しかし、私の動体視力は、彼らの動きを正確に捉えていた。


「遅い!」


 私はまず側面から来た男の突きを、半身になってかわす。

 そしてすれ違いざまにその男の腕を掴み、独楽のように身体を回転させた。

 遠心力が乗った私の身体は、そのまま背後から迫っていた男に迫る。

 勢いに乗った足が、強烈な回し蹴りとなって炸裂した。


 ゴキャッ!


 容赦なくあごを蹴り抜いた。明らかに骨が砕けた音が聞こえてくる。

 蹴り飛ばされた男は、数回きりもみ回転しながら吹き飛ぶ。

 そのまま近くの木に激突して、動かなくなった。


 そして、私が腕を掴んでいた男の方はというと。私の回転に振り回されたことで、目を回してふらふらになっていた。


「さあ、残るはあなたひとりですよ」


 私がにっこり笑いかけると、男は「ひぃっ!」と短い悲鳴を上げる。戦意を喪失したのか、その場にへたり込んでしまった。


「ふう。やっぱり話し合うより殴り合う方が、ずっと早く分かり合えますね」


 私は、満足げに息をついた。

 気絶したふたりと、腰を抜かしたひとり。

 こうして、宰相の最初の刺客は完全に無力化された。


 私は、腰を抜かしている男の前にしゃがみこんだ。


「さて。もう一度、提案です」

「な、なんだ……?」

「あなた、今すぐ王都に帰って、主にこう報告してください。『セレスティアは、とんでもない化け物でした。我々では歯が立ちません。仲間は全員殺されました』と」

「……そ、そんなことをすれば、俺が主に殺される!」

「あら、そうでしょうか?」


 私は、男のすぐ隣の地面を、軽く拳で殴った。

 ドゴォン! という轟音と共に、地面が陥没し、クレーターができる。

 男は「ひぃぃぃぃっ!」と絶叫し、失禁した。


「主に殺されるのと、今ここで私にミンチにされるの、どちらがいいですか? 選ばせてあげますよ」


 聖女スマイルで、究極の選択を迫る。地面を陥没させた握り拳を、これ見よがしに振りながら。どこで死ぬのがお望みだ、と言外に告げる。

 男はガタガタと震え、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら何度も頷いた。


「わ、分かりました! 報告します! 必ず報告しますから、命だけは……!」

「よろしい」


 私は立ち上がり、満足げに頷いた。


「ああ、そうだ。ついでに、こうも伝えてください。『私のスローライフを邪魔するなら。次は宰相、あなたの首を狩りに行きます』と」


 それは、私の偽らざる本心だった。

 平穏な生活。面倒ごとのない毎日。それこそが、私の唯一の望みなのだ。

 それを邪魔する者は、たとえ相手がこの国の宰相であろうと、容赦はしない。

 男は、もはや返事もできず、ただただ首を縦に振り続けるだけだった。


「では、さようなら」


 私は、気絶したふたりと、魂が抜け殻になったような男をその場に残して、再び南へと歩き始めた。

 少しだけ、気分が良かった。

 前世では、理不尽な上司に何も言い返せず、ただ耐えるだけの日々だった。

 でも、今は違う。

 面倒な相手には、はっきりと「NO」を突きつけられる。物理的に。

 この力は、もしかしたら、私の歪んだ精神を矯正するために、神様が与えてくれたものなのかもしれない。


 そんなことを考えながら、私は森を抜けた。視界が開け、その先には、広大な麦畑と、小さな村の煙突から立ち上る煙が見えた。

 どうやら、最初の目的地にたどり着いたらしい。

 私の、理想のスローライフの舞台。

 期待に胸を膨らませながら、目の前の村へ向かって歩みを進めるのだった。



 -つづく-


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引き続きよろしくお願いします。


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