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【完結】追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第3章「決戦、未来は拳で切り開かれる」

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25/29

25:聖女は、王都へ帰還する

 私は走っていた。王都へ向かって。史上最大級に面倒な残業案件――もとい、クレーム処理を片付けるために。


 カインは、私の超人的なスピードについてこれず、早々に脱落した。後から馬で追いかけると言っていたが、おそらく王都に着く頃にはすべてが終わっていることだろう。南無南無。


 久々の全力疾走は、なかなかどうして気持ちがいい。風を切り、大地を蹴る、この感覚。私の有り余る身体能力が、躍動しているのが分かる。

 この調子なら、カインの言う通り、半日もかからずに王都へ到着できそうだ。


 そんなことを考えながら、ならばベストタイムを目指してみようと、さらに脚に力を込めようとする。

 その時だった。


 ――ピカッ!


 突如、前方から眩いばかりの黄金の光が奔流となって、私に殺到した。


「うわっ!?」


 あまりの眩しさに、思わず足を止めてしまう。

 それは、ただの光ではなかった。

 温かく、そして有無を言わせぬ、強大な聖なる力。

 私の脳裏に直接語りかけてくるような、切実な「助けて」という祈りの声。


 そして、次の瞬間。

 私の身体は、その光に完全に飲み込まれていた。

 視界が真っ白に染まり、ふわりと浮き上がるような奇妙な感覚に包まれる。

 これはもしや、ファンタジーによくある瞬間移動というやつか?


 次に私が目を開けた時。

 そこは、見覚えのある場所だった。

 豪奢な祭壇。

 高い天井。

 かつて聖女として退屈な日々を過ごしていた、大神殿の最上階にある祈祷室。


 ただし、天井は、私が今まさに突き破ってきたせいで巨大な穴が開き、空や周囲の景色がよく見えるようになっていたが。ただでさえ背の高い建物だから、見晴らしがとてもいい。


 私が着地した衝撃で、床には大きなクレーターができている。

 そして、そのクレーターの前には、ふたりの人物が呆然と立ち尽くしていた。


 ひとりは、私の宿敵と言っていい人物、宰相デューク・ヴァルト。

 もうひとりは、私を追放に追い込んだ現聖女、リリアナ。


 どうやら、とんでもない修羅場のど真ん中に強制召喚されてしまったらしい。


「……な……ぜ……ここに……」


 リリアナが、震える声で呟いた。

 彼女の美しい顔は、涙と驚愕でぐちゃぐちゃだ。


「呼びつけたのは、貴女でしょうに」

「え……?」


 私は服についた埃を払いながら、心底うんざりした顔で彼女に言う。


「確かに、不本意ながら王都へ向かおうとはしてましたよ。でも神パワーで、いきなり王都まで飛ばされても困ります。こっちには心の準備みたいなものも必要なんですから、人の都合も考えてください」

「も、申し訳、ありません……?」


 なぜかリリアナは、私の理不尽な愚痴に、素直に謝罪した。自分で言うのもなんだけど、本当に理不尽だと思う。

 まあ、いい。

 結果的に、移動時間が大幅に短縮されたのだ。クレーム処理も早く始められる。


「せ、セレスティア……! き、貴様生きていたのか! いや、それよりも、なぜ、このタイミングで……!」


 ようやく我に返ったらしい宰相が、狼狽したように叫んだ。

 その顔にはもはや、かつての冷徹な余裕はない。不測の事態に対処しきれず、他責思考でただただ喚く。自分の組んだシナリオに乱入してきた規格外の存在を前に、ただ取り乱しているだけだった。


「私の、計画を……! 私の神聖な儀式を、邪魔するなぁぁっ!」


 彼は罵詈雑言をわめき散らしながら、手にした禍々しい短剣を振り回す。

 私はその様子を、冷めた目で一瞥する。

 そして、判断した。

 ――対話不能、と。


「……うるさいですね」


 私は一言だけ呟くと、床を蹴った。一気に距離を詰める。

 宰相が何か反応を見せるよりも早く、私は、彼の目の前にいた。

 脂汗の浮いた醜い顔面に、聖女の拳を叩き込む。


 ――メゴッ!!


 乾いた音。

 それに反して重たい衝撃。


 宰相は、白目を剥きながら綺麗に一回転し。

 ぐしゃり、と、そのまま床に崩れ落ちた。


 ピクリとも、動かない。

 殺してはいない。

 気絶しているだけだ。

 死んでもらっては困る。

 なぜなら彼には、これからたっぷりと、責任を取ってもらわなければならないのだから。この面倒な残業案件の、すべての責任を。


「……え……?」


 リリアナが呆然としながら、その瞬殺劇を見ていた。

 彼女はまさか、夢にも思わなかったんだろう。この国の最高権力者が、問答無用で一撃のもとに殴り倒されるなんて。


 私は、そんな彼女には目もくれず。

 自分が開けてしまった天井の大穴から、王都の景色を見下ろした。


 そこは、地獄のようだった。

 空は禍々しい紫色の雲に覆われている。

 街のあちこちからは火の手が上がっていた。

 人々の悲鳴と、建物の崩れる音が、不協和音となって響き渡っていた。

 そして、王城のすぐそば。

 ひときわ邪悪な空気が渦巻いている、その場所に、ヤツはいた。


 天を突くほどの巨躯。

 蝙蝠のような翼。

 山羊のような頭。

 全身が黒い炎に包まれた、まさに悪魔としか言いようのない、巨大生物。


 あれが、古の魔神。


 その足元には、王国騎士団の騎士たちが豆粒のような小ささで見える。彼らは必死に抵抗を試みているが、暴れる魔神にまったく歯が立っていないようだった。

 魔神が腕を一振りするだけで、数十人の騎士が吹き飛ばされる。鎧姿の人間が、まるで木の葉のように舞い上がり、まき散らされる様は、まさに絶望的な光景だ。


「……面倒、極まりないですね」


 私は、ぽつりと呟いた。

 これからアレを相手にしなくてはならないと思うと、本当に面倒くさい。


「でも、あのデカブツをぶっ潰さないことには、私のスローライフに安寧はやってこない。仕方ない。これもすべて、心置きなく安眠するためです」

「……セレスティア様……」


 リリアナが、私の背中に声をかけてきた。

 声は震えていたが、どこか希望の色が宿っているようにも感じられた。振り返ると、彼女はその場に膝をついている。涙を流して、私に頭を下げていた。


「……ありがとう、ございます……! 私の、身勝手な祈りに、応えてくださり……! あなた様こそ、真の、救世主……!」

「いえ、勘違いしないでください。私は、あなたやこの国を救いに来たわけではありません。ただ、私の平穏を邪魔するハエを叩きに来ただけです」


 私は、彼女の感謝をばっさりと切り捨てた。実際に、彼女のためではないし。こうして聖女パワーでショートカットさせられたのも、たまたまだ。

 それに、感傷に浸っている暇など、ない。


「じゃあ、行きますよ」


 私はそう言うと、膝をついたままのリリアナを、ひょい、と俵のように担ぎ上げた。もちろん、女性に対する配慮など一切ない。ただの荷物扱いだ。


「え? きゃっ! あ、あの……!?」

「あの魔神とやらは、私が何とかしましょう」


 リリアナが、驚きと羞恥で悲鳴を上げる。

 私はそれを無視して、必要なことだけを彼女に述べていく。


「魔神のせいで被害に遭った人たちは、貴女が何とかしてください。その『聖なる力』、今使わずにいつ使うんですか。神殿で祈ってる暇なんてありませんよ」

「……!」


 リリアナが息をのむのが分かった。

 どうやら彼女は、私の言葉の意味を正確に理解したようだ。


 そうだ。

 聖女の役目は、祈ることではない。

 その力を、人々のために使うことだ。

 私と、彼女では、その力の使い方が違うだけなのだ。


「――行きます!」


 私はそう叫ぶと、リリアナを担いだまま大神殿の最上階――私がぶち抜いた天井の大穴から、躊躇なく飛び降りた。


「ひやあああああああああああ!」


 いきなりのダイブで驚いたんだろう。リリアナの絶叫が、王都の空に木霊する。


「大袈裟ですね。舌を噛みますよ?」


 私は平然と言い放つ。大神殿の階段を悠長に降りている暇などないのだ。

 降りようとしているのは、大神殿の広場。平時ならば、聖女や大司教の有難い説法などを聞くために、王都の人たちが集まる場所だ。

 もちろん、今は誰もいない。だから、聖女を俵抱きした私が大神殿の最上階から飛び降りても、誰かに見咎められることはない。何か言われても気にしないが。


 地面が、眼下に猛スピードで迫ってくる。

 そしてあっという間に落ち切って。


 ズウウウウゥゥゥンッ!!


 ものすごい衝撃音と共に、私たちは大神殿前の広場に着地した。

 もちろん、私が降り立った場所は綺麗なクレーターと化している。


「……う……ぷ……」


 高すぎる場所から飛び降りた恐怖と衝撃のせいか、リリアナは完全にグロッキーになっていた。それでも彼女は、必死で私の身体にしがみついている。


「……い、いきなり、飛び降りるなんて……! 少しは、心の、準備を……!」


 彼女が涙目で抗議の声を上げようとする。

 でも私は、そんなことお構いなしだ。

 ぐったりとしたリリアナの身体を抱え直し、魔神が暴れている方へと目を向けた。いつの間にか魔神は移動している。どうやら王城を目指しているようだ。

 ここから、戦場までは一直線。


「――さて。残業開始、といきましょうか」


 地面を強く蹴って走り出す。

 私の身体は、再び砲弾と化した。

 周囲の景色が、猛スピードで後ろへと流れていく。


「いやああああああああああああ!」


 私の肩に担がれているリリアナが、再び絶叫を上げた。

 その悲鳴は、ドップラー効果で奇妙に伸び縮みしながら、破壊された王都の空に響き渡る。周りには誰もおらず、彼女の声を耳にしているのは私だけ。

 ならば、気に留めることもない。

 私はリリアナの悲鳴を無視して、さらに走るスピードを上げた。


 史上最強の救世主(脳筋)と、史上最弱の救護班(気絶寸前)のコンビ。

 歴史上なかったであろう組み合わせの聖女が今、戦場へと向かう。


 すべては私の平穏なスローライフのために。

 待っていろ、魔神。

 お前の理不尽な存在そのものを、私の拳で粉砕してやる。



 -つづく-

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