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【完結】追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第3章「決戦、未来は拳で切り開かれる」

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24/29

24:聖女は、決意をする

 セレスティアが王都へ向かおうとする少し前。


 王都にある大神殿の最上階、聖女の祈祷室。

 聖女リリアナは、冷たい石の床に膝をつき、ただひたすらに祈りを捧げていた。


 窓の外では禍々しい紫色の魔法陣が空を覆い尽くし、王都は不気味な光と、人々の悲鳴に包まれている。

 今、この国で何が起ころうとしているのか。


 リリアナは、そのすべてを知っていた。

 宰相デューク・ヴァルトが、古の魔神を召喚しようとしていることを。

 その儀式の仕上げとして、自分の命が生贄として捧げられる運命にあることも。


(……これが、私の、役目……)


 彼女は、固く目を閉じた。

 宰相に見出されて王都へ来たあの日から、ずっと、分かっていたことだった。

 自分は、彼の野望を成就させるための駒。そのひとつに過ぎないと。

 民衆を惹きつけるための「美しい聖女」を演じ、その聖なる力を利用され、最後には使い捨てられる。それが、彼女に与えられた役割だった。


 抵抗はしなかった。

 いや、できなかった。

 貧しい辺境の村で生まれ育った彼女にとって、宰相は雲の上の存在、絶対的な権力者だった。対してリリアナは、聖女としての力はあっても、しょせんはただの村娘。そんな宰相に、要請という名のもとに強制的に身柄を確保されたのだ。逆らうことなどできはしない。

 それでも、彼の言う通りにしていれば、故郷の家族には援助が約束されていた。救いと言えば、それだけが救い。だから彼女は、心を殺し、完璧な「人形」を演じ続けてきたのだ。


 祈祷室の扉が、ゆっくりと開く。

 部屋に入ってきたのは、宰相デューク・ヴァルトその人。彼の顔には狂信的な、恍惚の表情が浮かんでいる。


「……リリアナよ。時は、来た」


 彼の声は、熱に浮かされたように震えていた。


「お前の、その聖なる命を、我が理想の礎とする栄誉を与えよう。お前は、この国の新たな神話の一部となるのだ」

「……はい。宰相閣下」


 リリアナは感情を押し殺し、静かに頷いた。

 その従順な態度に、宰相は満足げに笑う。


「良い子だ。それでこそ、私の見込んだ、聖女よ」


 彼は、リリアナの腕を取る。その様は、まるで夜会へとエスコートするようだった。優雅ささえ感じさせる所作で、宰相は彼女を魔神へ捧げる祭壇へ導こうとする。


「……ひとつ、お伺いしても、よろしいでしょうか」


 リリアナが、か細い、しかし凛とした声で尋ねる。

 宰相は、意外そうな顔で足を止めた。


「……何だ?」

「あなたは、セレスティア様を……。あの方を、どうする、おつもりですか?」


 セレスティア。

 その名前をリリアナが口にした瞬間。宰相の顔から、笑みが消えた。


「……あの、脳筋女のことか」


 宰相の、完璧だったはずの計画をことごとく破壊してきた、忌々しい存在。

 彼は、吐き捨てるように言葉を紡ぐ。


「案ずるな。魔神が復活すれば、あの女など塵芥にも等しい。私が統べる新たな世界の、最初の贄として、跡形もなく消し去ってくれるわ」


 その言葉を聞いた瞬間。

 リリアナの心の中で、何かが、音を立てて切れた。


(……やはり、そう……)


 彼女はずっと、心のどこかで感じていた。

 宰相が、セレスティアに抱いている感情。それはただの敵愾心ではない。

 それは、自分には理解できない規格外の存在に対する、純粋な恐怖だ。


 そして、その恐怖こそが、彼の狂気を加速させている。

 リリアナの脳裏に、セレスティアの顔が浮かんだ。

 自分とは、正反対の女性。

 品性もなければ協調性もない。

 祈りよりも拳を信じ、どんな困難も真正面から粉砕していく、破天荒な存在。


 最初、リリアナは彼女を軽蔑していた。

 聖女の名に泥を塗る、野蛮な女性だと。

 だが、今は違う。

 彼女の噂を聞くたびに、リリアナの心には羨望の念が募っていった。

 誰にも媚びず、誰にも縛られず、ただ自分の信じる道を突き進む、その強さ。

 それは、宰相の人形として生きるしかない自分には決して持ち得ない、まぶし過ぎる輝きだった。


(……あの人は、私とは、違う……)


(……あの人なら、きっと……)


 リリアナは、ゆっくりと顔を上げる。

 その紫色の瞳には、もはや諦観の色はなかった。

 そこには、初めて宿った、強い決意の光が灯っていた。


「……お断りします」

「……何?」


 宰相は、自分の耳を疑った。

 今まで一度も彼に逆らったことのない、従順な人形。

 それが初めて見せた、反抗の意思。


「……今、何と、言った?」

「私は、あなたの道具ではありません。あなたの、狂った野望のために、この命を、捧げることは、できません」


 緊張か、あるいは怯みそうな心ゆえか。彼女の言葉はとぎれとぎれになる。

 しかし、リリアナはきっぱりと言い放った。


「貴様……!」


 宰相の顔が、怒りに歪む。

 どいつもこいつも、ここぞという時に思うようにいかない。そんな憤りが、彼の心を昏く侵食し、激高させる。


「……この、土壇場で、私を裏切るか! 恩を仇で返すクズめが!」


 宰相は、リリアナの細い腕を力任せに掴んだ。

 しかし、リリアナは怯まなかった。自分の中に眠る聖なる力を、すべて開放する。


「――『聖域サンクチュアリ』!」


 リリアナの身体から、まばゆい黄金の光が迸る。

 その光は、宰相の身体を弾き飛ばし、部屋全体を温かな光で満たした。


 それは、彼女が持つ最大の防御魔法。

 いかなる邪悪な存在も立ち入ることを許さない、絶対的な聖域だった。


「ぐっ……! この、小娘が……!」


 光の壁に弾かれた宰相は、ぶざまに床を転がった。血走った目に忌々しさを浮かべながら、彼はリリアナを睨みつける。

 リリアナは、彼を見下ろし、静かに告げた。


「……あなたは、間違っています。宰相閣下。真の力とは、恐怖で支配するものではありません。人々を守り、癒す、慈愛の心こそが、本当の奇跡を生むのです」


 それは彼女が聖女として、ずっと信じてきた信念だった。

 しかし、宰相はその言葉を聞いても、鼻で笑ってみせる。


「慈愛、だと? 寝言を言うな! そんな甘っちょろい理想論で、この腐った世界が変えられるか!」


 彼は自分の懐へ手を入れる。

 そこから取り出されたのは、禍々しい文様の刻まれた短剣だ。


「……その聖域も、万能ではあるまい。この『魔神殺し』の呪具の前では、いかなる聖なる力も無力!」


 宰相はそう叫ぶと、光の壁に向かって短剣を突き立てた。


 バチチッ!


 激しい火花が散る。

 リリアナの聖域が、音を立ててヒビ割れていく。


「くっ……!」


 リリアナの顔が、苦痛に歪んだ。

 彼女の力は、あくまで「守り」と「癒し」。直接的な攻撃力は皆無に等しい。

 このままでは、結界が破られるのも時間の問題だった。


(……ダメ……。私ひとりでは……)


 絶望がリリアナの心を覆いかけた、その時。

 彼女の脳裏に再び、あの破天荒な聖女の姿が浮かんだ。


 もし、あの人なら、どうするだろうか。

 きっと、こんな小難しい結界魔法など使わずに、目の前の悪党をただ一発殴りつけて、黙らせてしまうに違いない。


 そうだ。

 私には、できない。

 でも、あの人なら、できる。

 あの人こそが、この国を救える、唯一の希望。

 予言に謳われた、「腕力ですべてを粉砕する聖女」。


 リリアナは、最後の力を振り絞った。

 彼女は、祈りを捧げた。

 神に、ではない。

 宰相に、でもない。

 遠いどこかにいる、たったひとりの、規格外の聖女に向けて。


(――セレスティア様……!)

(――どうか……。この、愚かな私を、助けて……!)

(――そして、この国を……。いいえ、あなたの、平穏なスローライフを脅かす、すべての元凶を、あなたの、その力で、粉砕してください……!)


 リリアナの、魂の叫び。

 その祈りは聖なる光の奔流となって、大神殿の天を突き破り、遥か彼方へと飛んでいった。まるで、一筋の流星のように。


 それは、助けを求める狼煙。

 そして、最強の脳筋聖女を呼び覚ます、目覚まし時計でもあった。


「……無駄な、ことを……!」


 宰相が叫ぶ。

 その瞬間、ついに聖域は完全に砕け散った。

 彼は勝ち誇ったように、リリアナに歩み寄る。


「終わりだ、小娘。お前は自ら、唯一の、生きる道を捨てたのだ」


 宰相は、リリアナの胸に、呪われた短剣を突き立てようとした。

 迫りくる凶刃に、リリアナは目を閉じた。

 しかし、彼女の心は不思議と穏やかだった。

 自分はもう、人形ではない。

 最後に、自分の意思で戦うことができた。

 そして、希望の光を、託すことができた。

 それで、十分だった。


 だが、彼女の覚悟が現実のものとなることはなかった。


 なぜなら。

 宰相の振るった短剣が、彼女に届く寸前。

 大神殿の天井が、轟音と共に吹き飛んだからだ。

 そして、空から何かが、まるで隕石のような勢いで降ってきた。


 それは、宰相とリリアナのちょうど中間に着地する。

 勢いの強さに床は粉砕され、すさまじい衝撃波をまき散らした。

 激しく舞い上がる粉塵の中で、降ってきたなにかの影が動く。


「――まったく。人が気持ちよく長距離走をしているというのに。横から変な光で、呼びつけないでください。集中力が途切れるじゃありませんか」


 粉塵の中から聞こえてきたのは、少し不機嫌そうな声。

 しかし、どこまでも頼もしい、あの声。


 リリアナは、信じられない、という顔で、目を開いた。

 そこに立っていたのは、土埃にまみれながらも、仁王立ちで腕を組む聖女。


 彼女が最後の希望を託した、最強にして最凶の脳筋聖女。

 セレスティア、その人だった。



 -つづく-

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