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【完結】追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第2章「陰謀、粉砕祭り」

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21:聖女は、噂になる

 賞金稼ぎと化した村人たちとの壮絶な鬼ごっこに勝利し、豪勢な宿と食事を勝ち取った私たち。望まぬ騒動だったとはいえ、幸先のいい旅の始まりと言えなくもない。それが呼び水になったのか、私たちの旅は比較的平穏に過ぎていった。


 私の手配書はどうやら王国の全域に広まっているらしく、立ち寄る村や町で何度か賞金に目がくらんだ人々に囲まれそうになった。

 しかしそのたびに、私が近くにあった岩を小指で粉砕してみせたり、素手で鉄の棒を飴細工のように捻じ曲げてみせたりすると、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 金貨百枚は確かに魅力的だろう。だが自分の命と天秤にかけるほどの価値はない。絡んできた人たちはすぐに、その単純な真理にたどり着くようだった。


「どうやらセレス様の噂が、手配書よりも早く広まっているようですな」


 街道を歩いている最中、カインが感心したように言った。


「噂ですか?」

「はい。『偽りの聖女は人の姿をした竜のようなものだ』、『下手に手を出せば街ひとつ消し飛ばされる』などと……」

「……心外ですね。私はもっと平和的な解決を望んでいるというのに」


 私は心底うんざりしながら、ため息をついた。

 私を取り巻く印象のようなものは、自分の意思とはまったく関係のないところで、とんでもない方向へと暴走しているらしい。望んでいるのは、ささやかで穏やかな生活だというのに。いつまで経っても達成されないスローライフ計画に、「どうしてこうなった」と思わずにいられない。


 そんなある日。私たちは少し大きめの宿場町にたどり着いた。食料も底をつきかけていたので、ここで少し補給をしていくつもりだった。


 町の掲示板には、案の定、私の手配書が貼られていた。

 しかしその似顔絵は、以前に見たものよりもさらにひどい出来栄えになっていた。

 金髪で青い瞳という特徴以外、何ひとつ私と似ていない。

 それどころか、頭からは角が生え、背中には悪魔のような翼が描かれている。

 もはや人間ですらなかった。


「……カイン。私はいつの間にか、魔王にでもなったのでしょうか?」

「……宰相閣下のあなた様に対する恐怖心が、絵師に伝わった結果でしょうな」


 カインが呆れたように呟いた。

 これならもう、顔を隠す必要もなさそうだ。この魔王の似顔絵と自分は無関係です、という顔で堂々としていれば、誰も気づかないだろう。


 とりあえずお腹を満たそうと、私たちは町の広場に面した一軒の酒場に入った。

 昼間から多くの客で賑わっており、活気がある。私とカインは隅のテーブル席に座り、簡単な食事を注文した。腹が減ってはなんとやらである。


 料理が来るのを待っている間に、隣のテーブルで飲んでいた商人風の男たちの会話が耳に入ってきた。


「おい聞いたか? あの『豪快聖女』様の新しい噂を」

「豪快聖女? ああ、あの偽りの聖女とか呼ばれてるセレスティア様のことか」


 私は思わず、飲んでいた水を噴き出しそうになった。

 ごうかいせいじょ。

 破壊聖女とか魔王とか色々言われているのは知っていたが、また新しいふたつ名が増えているらしい。


「なんでも、南の山脈で古代の邪神を復活させようとした悪の教団があって、それをたったひとりで壊滅させたらしいぞ」

「邪神!? そりゃ本当か!」

「あぁ。その時、聖女様は山を丸ごとひとつ拳で殴りつけて粉砕したそうだ。そのせいで邪神の神殿も一緒に埋まっちまったらしいがな!」


 ……話がとんでもなく大きくなっている。

 私が遺跡を潰した件が、いつの間にか邪神討伐の英雄譚にすり替わっていた。

 それでも大筋では、ある意味間違ってはいないのがタチが悪い。


「それだけじゃねえ。ブリガンディアの街を襲った山の神様と力比べをして、正面からぶつかった末に勝ったって話だぜ」

「山の神!? あれはただのゴーレムじゃなかったのか?」

「馬鹿言え! 聖女様と互角に渡り合える相手が、ただのゴーレムなわけねえだろうが! あれは間違いなく神の化身だ!」


 ゴーレムが山の神にクラスチェンジしている。なにがどうしてそうなった。

 あまりのことに、もはや訂正する気力も湧いてこない。

 私は頭を抱え、テーブルに突っ伏した。

 私の知らないところで、私の伝説が勝手に作り上げられていく。


 本当に、面倒くさい。

 本当に、どうしてこうなった?



  ◇   ◇   ◇



 同じ頃、王都にある宰相執務室。部屋の主であるデューク・ヴァルトは、各地から届けられる報告書を忌々しげに目を通している。


 彼は、森の中にあった魔術の屋敷から逃げ出すことに成功していた。

 かの屋敷を崩落させ、セレスティアたちと一緒に朽ち果てようと目論んだ。だが、謀略に長けた彼がそんな自暴自棄な行動に出るはずもない。実際には脱出ルートを確保した上での行動であった。

 彼にとって誤算だったのは、古代の魔術によって作られた屋敷の、物理的にも魔法的にも強固なはずの壁が、セレスティアの拳によって容易く破壊されてしまったことだろう。そんな常軌を逸した彼女の行動に歯噛みしながら、単身で王都へ戻った宰相。その胸中は苦々しいものでいっぱいだった。

 なお、共に屋敷内にいた貴族たちの消息は不明のままである。


 山となっている報告書に目を通すたび、宰相の不機嫌さは際限なく増していく。それら報告書のほとんどが、偽りの聖女セレスティアに関する噂話だった。


「……山の神と力比べ? 邪神を拳で封印? 馬鹿馬鹿しい!」


 彼は、報告書を机に叩きつけた。

 故国を裏から牛耳るための計画。それは問題なく進み、彼の権力は少しずつ、だが確実に強くなり、広がっていた。

 計画は完璧のはずだった。


 セレスティアを「国家への反逆者」として手配し、その権威を失墜させる。

 民衆はやがて彼女を恐れ、憎むようになる。

 そうなるはずだった。


 しかし、現実はどうだ。

 民衆は、彼女の破天荒な行動を恐怖するどころか英雄譚として熱狂的に受け入れ、今や娯楽のひとつとして楽しんでさえいる。

 手配書に描かれた悪魔のような似顔絵も、「聖女様の本当のお姿だ!」「悪を滅ぼす戦いの女神に違いない!」などと好意的に解釈され、もはや一種のお守りのように扱われている始末。厄除けの御利益を得ようと拝む者さえいるという。


 完全に、逆効果だった。


(……あの女。一体何を考えている……?)


 宰相は腕を組み、思考を巡らせた。

 彼は未だにセレスティアを「自分と同等あるいはそれ以上の知略を持った恐るべき策略家」だと勘違いしていた。彼女のすべての行動は計算し尽くされたパフォーマンスであり、民衆の心を掌握するための高度なプロパガンダなのだと信じ込んでいた。


 神出鬼没に現れては、宰相の計画の核心部分だけをピンポイントで叩き潰していく。それはとても、偶然で片付けられるレベルではなかった。


(……私の動きは完全に読まれていると考えた方がいい。どこかに内通者がいるのか? いや、それよりも、あの女自身の情報収集能力が異常なのだ)


 宰相はどんどん深読みの泥沼にはまっていく。彼の中でセレスティアは、能天気と脳筋を装いながらも、その実は深謀遠慮の知略を隠している老獪な人物になっていた。まさか彼女が、本当に道に迷ったりお腹が空いたりした結果、彼の計画にぶち当たってしまっただけだとは、想像だにしていない。


「……もはや小細工は通じん。次こそ確実に息の根を止める」


 宰相の瞳に、冷たい決意の光が宿った。

 彼は机の引き出しから、一枚の羊皮紙を取り出す。

 そこには、禁断の古代魔術に関する記述があった。


 彼の計画はもはや、セレスティアという規格外の存在によって達成不可能となっていた。通常の手段では挽回は難しいだろう。

 残された道は、ひとつ。

 国を、世界を巻き込むほどの大きな力で、すべてを塗りつぶす。

 宰相の思考は、半ば狂気に捕らわれ始めていた。



  ◇   ◇   ◇



 大神殿の一室。

 新たな聖女として担がれた少女・リリアナは、窓の外をぼんやりと眺めていた。彼女の美しい顔には、深い疲労と苦悩の色が浮かんでいる。


 彼女が持つ治癒の力は本物だ。王都では多くの人々が、彼女の奇跡によって救われている。リリアナは聖女としての役割を、この上なく真っ当に果たしていた。


 しかし、民衆が本当に熱狂しているのは自分ではない。

 彼女はそれを痛いほど感じていた。


 王都で聞こえてくるのは、セレスティアの噂話ばかりだった。魔物を拳で打ち倒し、悪徳商人を懲らしめ、山の神と渡り合う破天荒な聖女の物語。


 それに比べて、自分はどうだ。

 神殿の奥でただ祈り、傷ついた者を癒すだけ。

 宰相からは「お前は民衆を惹きつけるための美しい飾りに過ぎん。余計なことは考えるな」と冷たく言い放たれている。

 私は、ただの人形なのだろうか。

 そんな無力感と焦燥感が、彼女の心を苛んでいた。


(……セレスティア様……)


 リリアナは、初めてセレスティアと会った時のことを思い出す。

 追放を言い渡された時、彼女は絶望などしていなかった。それどころか、心から嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 あの時のリリアナは、彼女を狂っているのだと思っていた。

 だが、今は違う。

 あの笑顔はきっと、しがらみから解放された本物の喜びだったのだ。


 誰にも縛られず、自分の力で道を切り開いていく。その自由で力強い生き様は、宰相の傀儡として生きるしかない自分とはあまりにも対照的だった。

 嫉妬と、そして密かな憧れ。

 リリアナの心の中で、相反する感情が渦巻く。


(……私もあの人のようになれたら……)


 そんな叶わぬ願いを抱いてしまう。

 誰にも言えない心を隠し、彼女は今日も人形のように微笑み、祈りを捧げる。



  ◇   ◇   ◇



「……はあ。もう、この町も出ましょうか」


 私は酒場の喧騒から逃れるように席を立った。大袈裟過ぎる自分の噂話を聞きながら食事をするのは、能天気な私でもさすがに精神衛生上よろしくない。


「ええ。それがよろしいかと。もはやセレス様の知名度は、国王陛下を超えているやもしれません」


 カインが、冗談とも本気ともつかないことを言う。


「やめてください。そんな面倒なこと、考えたくもありません」


 私は心底うんざりしながら、酒場を後にした。


 あずかり知らぬところで、私の存在がどんどん大きなものになっていく。

 それはもはや、私ひとりの手には負えない、巨大なうねりのようだった。


 私の願いはただひとつ。

 静かに、穏やかに、スローライフを送ること。

 ただそれだけなのに。

 どうしてこうなってしまったのだろうか。


 私は空を見上げて、深く深くため息をつく。

 平穏な日々は、まだまだ当分訪れそうにない。



 -つづく-


ゆきむらです。御機嫌如何。


第21話にて、第2章は終了です。

次話から第3章に入るのですが、続きが全然書けていません。

そのため、次の更新までしばらく間が空きます。ご了承ください。


このお話以外にも、色々と小説を書いていますので。

次話が更新されるまで、よろしければそちらを読んでみるなど如何でしょうか。


また評価や感想などいただけると嬉しいです。

作者としては大変励みになります。

というか、評価や感想をください。(ストレートな願望)


引き続きよろしくお願いします。

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