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【完結】追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第1章「追放聖女、旅に出る」

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02:聖女は、ラリアットをお見舞いする

 魔の存在を通さない聖域であるはずの大神殿は、今や恐怖と混乱に満ちていた。

 美しいステンドグラスは無残に砕け散り、床にはガラスの破片がキラキラと、しかし不吉に輝いている。神官たちの悲鳴と、ミノタウロスの咆哮が、荘厳だった空間に不協和音を奏でていた。要するに大パニック状態ってことよね。


「に、逃げろぉぉっ!」

「聖女様! あなたも早く!」


 数人の神官が私の腕を引こうとするが、私はその場から一歩も動かなかった。いや、動けなかった、というのが正しいかもしれない。私の足は、まるで大地に根を張った大木のようにびくともしないのだから。


「う、動かない……!?」

「なんて強靭な信仰心なんだ……! 魔物を前にしても、一歩も引かぬとは!」


 私を逃がそうとしてくれた殊勝な神官さんたちが驚愕の声を上げる。

 違う。そうじゃない。これは信仰心ではなく、純粋な物理だ。

 私の身体は、私がその気にならなければ、屈強な騎士が数人がかりで押しても引いても動かないようになってしまうのだ。神様が授けてくれたこの脳筋ボディは、時として非常に不便で、何度となく困った事態に遭っている。おのれ。


 そんな私の心中を知る由もなく、神官たちは「さすがは聖女様だ……」と謎の感動に打ち震えている。危機的状況にも取り乱さないすごい聖女、みたいな感じで拝まれた。もうどうにでもなれ、という気分になってしまう。


「グオオオオオオオオオオオ!!!!」


 目の前では、襲撃してきたミノタウロスが巨大な戦斧を振りかぶっていた。狙いは祭壇の中央に鎮座する魔水晶。あれが破壊されれば、王都を守る結界は永遠に失われる。面倒事がホイホイやってくることになるだろう。


「――グオッ?」


 ミノタウロスが、ふと動きを止めた。その血走った目が、私を捉える。

 他の人間が逃げ惑う中、ひとりだけ悠然と立っている私。実際は動けないだけだが、立ち尽くす私の姿が気に障ったらしい。ターゲットを魔水晶から私へと変更し、鼻息荒くこちらへ向かってくる。


「せ、聖女セレスティア! お逃げください!」


 祭壇の陰から、アークビショップ・オルコットが悲鳴のような声を上げた。その顔は恐怖で真っ青だ。さっきまでの威厳はどこへいってしまったのやら。


 逃げる? それができれば苦労はしない。

 それに――。


 私は、目の前のミノタウロスをじっと見つめた。

 荒い息遣い。涎を垂らす口元。そして、巨大な斧。

 ああ、もう、面倒くさい。

 こいつがいるせいで、私の平穏な午後は台無しだ。祈祷の時間が終わったら、お気に入りのハーブティーを飲みながら、窓辺でうたた寝する予定だったのに。

 祈祷も面倒、説教も面倒。そして、魔物との戦闘は輪をかけて面倒だ。

 さっさと終わらせてしまおう。


「――ふぅ」


 私は小さく息を吐くと、聖女の務めである祈りのポーズ――ではなく、両腕を広げる構えをとった。

 前世では、深夜のプロレス中継を見るのが数少ない楽しみだった。疲れた心に、鍛え上げられた肉体と肉体がぶつかり合う様は、なぜか妙な安らぎを与えてくれたものだ。


「聖女様、何を……?」


 誰かの呟きが聞こえた。

 ミノタウロスが、地響きを立てながら突進してくる。ドスンドスンズシンズシン。その速度はさながら暴走する鉄塊のようだ。普通の人間なら気圧されて動けなくなるか、あるいは衝撃でミンチになっているだろう。


 でも、私にはスローモーションに見えた。


 踏みしめられる床の軋み。

 斧をふりかぶる太い腕の動き。

 迫りくる斧の軌道。

 飛び散る涎の一滴一滴。

 すべてはっきりと認識できる。


 私の思考は、極限の集中状態にあった。

 面倒な事態を、最短・最速で解決するために。


 ――タイミングは、今。


 ミノタウロスが私の目の前に立ち、戦斧を振り下ろそうとした、その瞬間。

 私はステップを踏み、その巨体をかわす。

 同時に、コマのように素早く身体を回転させた。

 その勢いに任せて、広げていた右腕を、ヤツの首めがけて叩きつける。


「せいやっ!」


 ――ゴッ、という鈍い音が、神殿内に響き渡った。

 それは、骨と肉が砕ける音だった。

 私の、渾身のラリアット。神によって押し付けられた尋常でない身体能力、パワーを凝縮した、まさに必殺の一撃。

 私の剛腕をまともに食らったミノタウロスは、「グエッ」と蛙が潰れたような悲鳴を上げて、綺麗に宙を舞った。そして数メートル先の壁に叩きつけられ、大きな亀裂を生み出しながら、ずるずると床に崩れ落ちる。


 ピクリとも動かない。おそらく、即死だろう。


「…………」

「…………」

「…………」


 大神殿は、先ほどとは打って変わって、水を打ったように静まり返った。

 神官たちは皆、開いた口が塞がらない、という心持ちなのだと思う。唖然とした顔で、私と、壁にめり込んだミノタウロスの亡骸を交互に見ている。アークビショップ・オルコットに至っては、白目を剥いて泡を吹きかけていた。


「ふう。これでよし、と」


 私はパン、と両手を打ち鳴らし、服についた埃を払う。

 ああ、スッキリした。やっぱり、身体を動かすのは気持ちがいい。

 これでようやく、面倒ごとから解放される。

 あとは後片付けを誰かに任せて、私は自室でゆっくりお茶でも……。


「せ、せ、聖女様……」


 震える声で、若い神官が私に話しかけてきた。さっき、私を避難させようとしてくれた人。ところが今の彼は、自分が見たものが信じられないとでもいうような、引きつった顔をしている。


「い、今の技は……一体……?」

「技?」

「はい……。まるで、天から舞い降りた女神の一撃かと……。神聖なる光が、邪悪なる獣を打ち払う様は、まさに奇跡……!」


 なんか、ものすごく勘違いされている気がする。

 あれはただのラリアットだ。前世のプロレスラーが見せてくれた、シンプルかつ破壊力抜群の技。美しいという意見には同意するけれど、女神とか奇跡とか、そういう大層なものではない。

 しかし、ここで「プロレスラーの真似です」と言ったところで、誰も理解してくれないだろう。面倒な説明をする羽目になるのは目に見えている。


「……ええ。神への祈りが、私の腕に聖なる力を与えてくださったのです」


 嘘は言ってないよ。神様とやらが与えたらしい身体能力の賜物だからね。

 私は、再び完璧な聖女スマイルを浮かべた。

 思考停止。これに限る。


 私の言葉を聞いた若い神官は、「おお……!」と感涙にむせび始めた。周りの神官たちも、恐怖から一転、尊敬と畏怖の入り混じった眼差しを私に向けている。

 うん。一件落着だ。


 と、思っていたんだ。この時は本気で。

 私の平穏なスローライフ計画は、この一件で大きく狂い始めることになる。

 思っていた以上に、この「聖女のラリアット事件」は大きな波紋を呼んだのだ。


 噂は尾ひれがついて広まった。


『聖女様は、祈りの言葉の代わりに、その身をもって神の怒りを体現された』

『聖女様が腕を振るうと聖なる光の刃が放たれ、魔物を一刀両断にした』

『いや、聖女様は指先ひとつで魔物を消滅させたと聞いたぞ』


 話がどんどん大きくなっていく。もう原型を留めていない。

 結果として、民衆からの私の人気は爆発的に上がった。これまでの「お淑やかで美しい聖女様」というイメージから、「力強く、頼りになる聖女様」へとシフトしたらしい。


 それはそれで悪い気はしなかった。しかし、新たな問題が起こる。

 王宮――特に、宰相をはじめとする貴族たちの反応がよろしくなかった。

 彼らは、私のその「規格外の力」を、明らかに危険視し始めたのだ。


 聖女とは、民の心を癒し、国のために祈る、か弱く清らかな存在であるべき。それが彼らの理想だった。岩を砕き、魔物をラリアットで屠る聖女など、前代未聞である。うん、私もそう思う。


 結局、自分たちのコントロール下に置けない危険因子だと判断したのだろう。

 事件から数週間後。

 思わぬ転機は、唐突にやってきた。


「聖女セレスティア。陛下がお呼びです」


 なんと、王宮から直々の召喚である。例え聖女とはいえ、この国のトップである王様の呼び出しを無視することはできない。面倒くささを必至に隠して、先導されるままに王宮へと上がった。


 王宮の謁見の間を訪れた私を待っていたのは、国王陛下と、アークビショップ・オルコット、そして、氷のような笑みを浮かべた宰相閣下だった。


 そして、彼らの隣には見知らぬ少女が立っていた。

 銀糸のような美しい髪に、慈愛に満ちた紫色の瞳。見るからに儚げで、庇護欲をそそるタイプの美少女だ。いかにも「聖女」という雰囲気を醸し出している。


「聖女セレスティア。これまで、国の為によく尽くしてくれた」


 国王が、重々しく口を開いた。

 嫌な予感がする。前世で、上司が私に解雇通知を渡してきた時と同じ空気だ。

 思考を止めろ、私。面倒なことになるぞ。


「しかし、先日、我々は真の奇跡を目の当たりにした。ここにいる少女、リリアナこそが、神に選ばれし『真の聖女』であると」


 宰相が、リリアナと名乗る少女の肩に手を置いた。

 彼女はおずおずと一歩前に出ると、深々と頭を下げた。


「リリアナと申します。私の力は、傷を癒し、病を浄化することしかできません。セレスティア様のように、魔物を打ち払うような大それた力はございませんが……」


 まぁ、そりゃあそうでしょう。聖女というのは普通、腕力だけでミノタウロスをノックダウンさせたりしない。後にも先にも私しかいないんじゃないかな、という自覚はある。


 でも、彼女のその言葉は、明らかに私への当てつけだった。それくらいは分かる。

 いや、それはこの際どうでもいい。

 真の聖女、と言ったか?


 どうやら彼女は完璧な治癒魔法を使えるらしい。それこそが、彼らの求める「聖女らしい奇跡」なのだろう。聖女が持つ力と言うのは、間違っても腕っぷしひとつでミノタウロスを吹き飛ばすようなものではないはずだ。私だってそう思う。


 国王は、私の顔色を窺うように続けた。


「リリアナの出現により、我々は確信した。セレスティア、そなたの力は聖なるものではない。あるいは、異端の力……。よって、これよりそなたを聖女の任から解き、王都からの追放を命じる」


 ああ、やっぱり。

 そうか、追放か。


 私は、なぜか不思議と落ち着いていた。

 怒りも、悲しみも湧いてこない。

 ただ、心の奥底から、じわじわと込み上げてくる感情があった。

 それは――歓喜だった。


(追放? ……ということは、もう面倒な祈祷もしなくていい? 長い説教も聞かなくていい? 王宮の窮屈な作法からも解放される?)


 最高じゃないか。

 これぞ、私が求めていたスローライフの始まりではないか!

 私の脳内は、田舎でのんびりと畑を耕し、昼寝をし、時々その辺の魔物を狩って食料にする、そんな理想の生活プランでいっぱいになった。


「……謹んで、お受けいたします」


 私はそう応えた。それはもう、満面の笑みで。

 そのあまりにも晴れやかな表情に、国王も宰相も、そしてリリアナまでもが呆気に取られている。彼らは、私が泣き喚き、許しを乞うとでも思っていたのだろうか。残念だったな。私にとって、この追放はご褒美でしかない。


 こうして、私は『偽りの聖女』の烙印を押され、その日のうちに無一文で王都から追放されることになった。やったぜ。


 私の脳筋な振る舞いが、ついに最悪の結果を招いた、ということなのだろう。

 だが、私自身は、これから始まる自由な生活に胸を躍らせていた。

 面倒なことは、もう何もない。

 平穏な日々が、私を待っている。


 私は、心からそう信じていた。この追放劇の裏に、王国を揺るがす巨大な陰謀が渦巻いていることなど、知る由もなかったのだから。



 -つづく-


ゆきむらです。御機嫌如何。


とりあえず書いたのはここまで。

短編小説がメインの私ですが、今作は長編のつもりでプロットを組みました。

とはいえ本文はまだまだ手付かずなので、次の更新は少し間が空くかと。

よろしければブックマークに入れてお待ちいただければ。

感想や評価などもいただけると嬉しいです。

引き続きよろしくお願いします。


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