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【完結】追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第2章「陰謀、粉砕祭り」

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19/29

19:聖女は、シリアスな秘密会談をぶち壊す

 国家転覆を目論む悪党たちの秘密会談。そんなシリアス極まりない場に、私がドアを蹴破って乱入してから、体感時間で約三十秒が経過した。


 その間、部屋の中は奇妙な静寂に包まれていた。いや、正確には、暖炉で肉の塊がジュウジュウと音を立てている。脂が滴り火に焼ける音も聞こえる。美味しそうで仕方がない。

 私のお腹が、ぐぅぅぅ、と鳴った。

 そんな私を、宰相閣下をはじめとする、十数名のいかにも悪そうな顔をした貴族たちが見つめている。いきなりのことで理解が追いつかず、開いた口が塞がらないという様子だ。

 あと、私の隣でなぜか甲斐甲斐しく肉を切る準備をしているカインにも目を向けていた。なんだコイツ空気を読まねえな、みたいなことを思っているのかもしれない。私が言うのもなんだけど。


 彼らのシリアスな密談は、完全に中断されていた。部屋の空気は、緊張と混乱、そして何より、香ばしい肉の匂いで満ち満ちている。


「……貴様」


 沈黙を破ったのは、やはり宰相デューク・ヴァルトだった。

 最初こそ驚愕一色だった彼の表情は、徐々に怒りの色へと変わっていった。銀縁の眼鏡の奥の瞳が、殺意にも似た冷たい光を宿していた。


「……偽りの聖女、セレスティア! 一体、何のつもりだ……! なぜ、この場所が分かった!」

「さあ? 道に迷ったら、たまたまここに」

「道に、迷った、だと……? ふざけるのも大概にしろ!」


 宰相が激昂し、テーブルを強く叩く。その衝撃で、高価そうな銀の食器がガチャガチャと音を立てた。

 どうやら彼は、私が陰謀をすべて見抜いてこの場所に乗り込んできた、と思っているらしい。勘違いにも程がある。まぁ面倒なので、訂正はしないでおこう。


「宰相閣下! こいつは我々の計画を嗅ぎつけたに違いありません!」

「生かして帰すわけにはいかぬぞ!」


 その他大勢な貴族たちもようやく我に返り、口々に物騒なことを叫び始める。

 部屋の隅に控えていた護衛の騎士たちが、一斉に剣を抜いた。

 じりじりと、私たちを取り囲むように包囲網を狭めてくる。


 まさに一触即発。

 カインは肉切りナイフを握りしめたまま、ゴクリと、唾を飲み込んだ。


 しかし、私の関心はそんな剣呑な雰囲気よりも、別の一点に集中していた。


「カイン」

「は、はい!」

「お肉が焦げます。早く切り分けてください。ミディアムレアが好みです」

「……今は、そんな場合では、ないかと……!」

「いいえ。お肉を最高の状態でいただくこと以上に、重要なことなどこの世にはありません」


 私の真剣な眼差しに、カインは一瞬怯む。

 そしてすぐに、諦めたように頷いた。


「……承知いたしました。セレス様のお食事を邪魔する者は、このカインが……」


 彼はそう言ってなぜか、肉切りナイフを構えて、戦闘態勢になる。

 何が何だか分からない。私は「肉を切ってほしい」と言ったはずなのに。


「貴様ら……。この状況で、まだふざけるか……!」


 宰相が、こめかみに青筋が浮かべて唸るような声を上げた。

 故国を知性でもって裏から動かし続けていた彼は、長く黒幕的な人生を送ってきたことだろう。その中でも、私のような脳筋聖女は出会ったことがないに違いない。自分で言うのもなんだけど。


 おそらくは宰相が練りに練っていたであろう、シリアスな陰謀の舞台。

 それは私の食欲の前に、滑稽な茶番劇と化していた。


「――かかれ! あのふたりを捕らえろ!」


 宰相の怒号を合図に、護衛の騎士たちが一斉に、私たちに襲いかかってきた。


 私は、カインに「お肉は、任せましたよ」と一言だけ告げると、向かってくる騎士たちの集団へと身を躍らせた。

 もはや、対話は不要。

 私の食事を邪魔する不届き者には、鉄拳制裁あるのみだ。


「せいやっ!」


 私はまず、先頭の騎士が振り下ろした剣を受け止める。白刃取りの要領で、指二本でつまんでみせた。


「なっ!?」


 騎士が驚愕の声を上げる。

 彼の反応を意に介さず。私はその剣を、パキリ、と小枝でも折るかのようにへし折った。さらにそのまま、騎士の鳩尾に強烈な拳の一撃を叩き込む。


「ぐふっ……」


 騎士は、短い悲鳴と共に部屋の奥まで吹っ飛んでいく。壁の豪華なタペストリーに身体が突き刺さり、まるで人間標本のようになってしまった。


「ひ、ひるむな! 数で押せ!」


 他の騎士たちが、私を取り囲む。

 しかし、それは悪手だった。


 私はその場で、コマのように高速回転を始める。ただでさえ強力なパワーに、遠心力が加わって、私の手足の先が目に見えない速さの鈍器と化す必殺技。

 そう、「聖女サイクロン」を披露したのだ!

 ちなみに名前は今付けた。


 私の手足が、遠心力によって凶器と化す。単純な技かもしれないが、その威力は馬鹿にできない。振り回される手足が、鋭い回転によって、周囲の騎士たちを次々となぎ倒していく。


「ぎゃあっ!」

「ぐはっ!」

「あべしっ!」


 悲鳴が、断末魔が、部屋中に響き渡る。

 ものの十数秒で、屈強な護衛騎士団は床に転がり、倒れ伏す。意識を失ったのか、ぴくりとも動かなくなった。たぶん、死んではいないと思う。


「……」

「……」


 部屋は、再び静まり返った。残されたのは、腰を抜かしてガタガタと震えている貴族たち。そして、顔面を蒼白にさせて固まっている宰相閣下のみ。

 そんな惨状を背景に、カインは手際よく、焼いた肉の塊を切り分けている。実にシュールな光景が広がっていた。


「セレス様! お肉、切れましたぞ! 最高の焼き加減です!」


 カインが、皿に盛られた分厚いステーキを嬉しそうに掲げる。

 私は、パン、と、手を打ち鳴らし。喜び勇んで彼の元へと歩み寄った。


「ありがとうございます、カイン。いい仕事ですね」

「いえ! セレス様の戦いぶりに比べれば、まだまだ……」


 私たちは何事もなかったかのようにテーブルにつき、熱々のステーキを頬張り始めた。


「……うーん、美味しい!」


 口の中に広がる、肉汁の洪水。外はカリッと、中はジューシーな、完璧なミディアムレア。私は至福の表情を浮かべた。


 そんな私たちのマイペースな食事風景を、宰相たちはただ呆然と見つめている。

 彼らの国家転覆計画はどうなったのだろうか。まぁ、もうどうでもいいか。


「……お、おのれ……。おのれ、おのれ、おのれぇぇぇっ!」


 ようやく我に返ったのか、宰相が狂ったように叫び始めた。その顔は怒りと屈辱で真っ赤に染まっている。おぉ、すごい。


「私の、完璧な、計画が……! この私の、緻密な計略が……! こんな脳筋女ひとりの、せいで……! めちゃくちゃに……!」


 怨嗟の声を上げながら、彼は懐から小さな水晶玉を取り出した。何だ、と思う暇もなく、その水晶玉を床に叩きつける。


「もはやこれまでだ! こうなれば貴様らも道連れにしてくれる!」


 水晶玉が、甲高い音を立てて砕け散るや否や。部屋全体が激しく揺れ始め、壁や天井に亀裂が走り始める。


「な、なんですこれは!?」


 カインが驚きの声を上げる。

 しかし、私は冷静に状況を分析する。


「おそらく、自爆装置か何かでしょう。この屋敷ごと私たちを生き埋めにするつもりのようですね」


 やろうとしていることは、あの崩落した遺跡でゴーレムがしたことと同じだ。追い詰められた悪党のすることというのは、人も魔物も大差ないらしい。本当に、面倒なことをしてくれる。


「はははは! そうだ! この屋敷は古代の魔術で作られている! ひとたび崩壊が始まれば、誰にも止められん! 貴様らも、我々と共にここで朽ち果てるがいい!」


 宰相は狂気にも似た高笑いを上げている。しかしその足はガクガクと震えていた。普段は裏で悪だくみをするタイプだろうし、現場の混乱に巻き込まれることは想像したことがなかったのかもしれない。

 一方で、他の貴族たちは。


「い、嫌だ!」

「死にたくない!」


 誰も彼もがパニックに陥っている。いやはや、なんとも見苦しい悪役たちだ。


「カイン、食事は済みましたか?」

「は、はい! なんとか、平らげましたが……!」

「では、行きましょうか」


 私はナプキンで口を拭うと、ゆっくりと立ち上がった。


「ま、待て! どこへ行くつもりだ! もはや、逃げ場など……!」


 宰相の言葉を遮り、私は部屋の壁に向かって歩み寄った。

 そして例の如く、拳を握りしめる。


「屋敷が崩れるのが早いか。私が、壁を壊して脱出するのが早いか。勝負といきましょうか」

「なっ……!?」


 私の、あまりにも単純明快な脱出プランに、宰相は言葉を失ったようだ。彼は最後まで、私の行動原理を理解することができなかったらしい。


「せーのっ!」


 ドゴォォォンッ!!


 私が壁を一枚ぶち抜くと、そこには土砂降りの森の景色が広がっていた。

 ――あれ? 魔術云々と言っていた割には呆気なく出られたな。

 そんなことをひっそり思ったりしたけれど。まぁ些細なことだろう。


「さあ、カイン! デザートは街に戻ってからにしましょう!」

「は、はい!」


 私とカインは、宰相たちが呆然と見守る中、自分で開けた巨大な風穴から悠々と外へと脱出した。

 私たちの背後で、歴史ある(かもしれない)屋敷が、轟音と共に崩れ落ちていく。あの悪党たちがどうなったのか。まあ、きっと何人かは生き残るだろう。そして性懲りもなく、私に面倒な嫌がらせを仕掛けてくるに違いない。やれやれだ。


 私の平穏なスローライフは、一体いつになったら訪れるのだろうか。

 降りしきる雨の中、そんなことを考えながら、大きくため息をつくのだった。



 -つづく-

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