17:聖女は、遺跡を崩壊させる
戦闘用ゴーレムとの熱戦――という名の相撲――を制し、再びブリガンディアの街を救ってから一夜が明けた。
街は勝利の余韻に浸っていた。人々は破壊された南門の修復作業をしながらも、口々に私の活躍を語り合っている。その顔は一様に明るい。
私は宿屋のバルコニーでのんびりと朝食のパンをかじりながら、そんな賑やかに行き交う街の人たちを眺めていた。
ああ、平和だ。
昨日の相撲でかいた汗も、心地よい疲労感となって、筋肉を喜ばせている。このまま今日一日はうたた寝をして過ごそう。
そんな至福の計画を立てていた時だった。
私の隣で、真剣な顔をして地図を広げていたカインが、ぽつりと呟いた。
「セレス様。昨日のゴーレムですが……やはり、あの『忘れられた神々の遺跡』から来たものではないでしょうか」
「……そうかもしれませんね」
私は特に興味もなさそうに、相槌を打つ。正直、ゴーレムがどこから来ようが知ったことではない。私の昼寝の邪魔をしないのであれば、それでいいのだ。
しかしカインは、私のそんな態度などお構いなしに話を続けた。
「もし、そうだとするなら……。あの遺跡には、まだ他にも同型のゴーレムが眠っている可能性があります。一体目が何らかの理由で目覚めて、外に出てきたとすれば。二体目、三体目が現れないとも限りません」
「…………」
カインの言葉に、パンを口元に運ぶ私の手が、ぴたり、と止まった。
二体目、三体目。
その言葉が、私の平和なスローライフ計画に暗い影を落とす。
また、あの面倒な石の巨人が、この街に現れるかもしれない。そういうことか。
そのたびに、私はうたた寝を中断させられ、相撲を取らなければならない、と?
それは断じて許されない。
私の安眠は、何よりも尊重されるべき神聖な権利なのだ。
「……はぁぁぁ……」
私は、天を仰ぎ。深く、ふかーく、ため息をついた。
「分かりました、カイン。面倒ですが、確認しに行きましょう」
「え?」
「あの遺跡です。もし、まだゴーレムがいるようなら、面倒の種は根こそぎ絶っておくに限ります。場合によっては、遺跡ごと生き埋めにしてしまいましょう」
私が、にっこりと、過激な提案をする。
カインの顔が、ひと目で分かるくらいに引きつった。
「い、生き埋め!? セレス様、あれは歴史的な遺産で……」
「歴史より、私の昼寝の方が大事です」
「なんという暴論……!」
カインは頭を抱えていた。
だが、私の決定を覆せないことを悟っているようだった。
彼は諦めたように立ち上がると、旅の準備を始めた。
こうして私たちは再び、あの忌々しい遺跡へと向かうことになった。
私の輝かしい、うたた寝タイムを犠牲にして。
◇ ◇ ◇
数時間後。私たちは因縁の遺跡の前に立っていた。一度通った道で慣れていたせいか、前回の道中よりスムーズに到着できた。
遺跡の前に立ち、私たちは現状を把握する。
前回、私たちが脱出した際に、入り口は完全に崩落したはずだった。だがその巨大な岩の山の脇に、新たな穴がぽっかりと口を開けている。
穴の周囲には、巨大な足跡が残っている。間違いなく、昨日のゴーレムはここから這い出してきたのだろう。
「……どうやら、カインの予想通りだったようですね」
「はい……。やはり、他にも個体が存在する可能性が高いかと」
私たちは顔を見合わせて頷くと、その不気味な穴の中へと足を踏み入れた。
中は、以前にも増して荒れ果てていた。
崩落した岩や瓦礫がそこら中に散乱し、足場が不安定で仕方がない。
それらに足を取られないように気をつけながら、慎重に奥へと進んでいく。
しばらく進むと、開けた広間に出た。
その広間は、以前、私たちが黒装束の密偵たちを発見した、あの禍々しい祭壇のある部屋だった。
そして、その部屋には先客がいた。
「……何者だ?」
低い声が響く。
広間の奥の暗がりから、十数人の男たちが姿を現した。
彼らは全員、統一された黒い戦闘服に身を包んでいる。その手には特殊な形状の武器を持っていた。その統率の取れた動き、そして瞳に宿る冷徹な光は、ただの傭兵や暗殺者とは明らかに一線を画していた。
おそらく、あの宰相が送り込んだ直属の精鋭部隊――証拠回収部隊の生き残り。あるいはその第二陣だろう。
「我らは、王の命を受けし者。この遺跡の調査を行っている。貴様らは何者だ? このような場所で、何をしている?」
リーダー格の男が、一歩、前に出て言った。
その声には有無を言わせぬ威圧感がこもっている。
もちろん、その程度で怯む私ではないけれど。
「私たちは通りすがりの冒険者です。少し、忘れ物を取りに来ただけでして」
私がにこやかに答えると、男は眉をひそめた。
「忘れ物、だと? ふざけるな。この遺跡は現在、我々の管理下にある。速やかに立ち去れ。さもなくば実力をもって排除する」
またこのパターンか。
私は心底、うんざりした。
なぜ宰相の手下というのは、こうも相手の話に耳を貸さず、それでいて自分の話は長い上に高圧的なのだろうか。貴重な私のうたた寝タイムを奪ったゴーレムのことで、ただでさえ機嫌が悪いというのに。
「……カイン」
「は、はい」
「やっぱり面倒なので、遺跡ごと埋めてしまいましょうか。この人たちも一緒に」
「無茶苦茶言わないでください!」
私の物騒な提案に、カインが悲鳴を上げる。
物騒だという自覚はある。でも私のスローライフに比べれば些事に過ぎない。
そんな私たちのやり取りを聞いて、部隊の男たちの雰囲気が一変した。
「……貴様。その声、その話し方……。まさか、偽りの聖女・セレスティアか!」
リーダーの男が驚愕の声を上げ、武器を構える。
どうやら、私の正体がバレてしまったらしい。
「見つけ次第、確保せよと厳命を受けている。全員かかれ! 生け捕りにしろ!」
その号令を合図に、十数人の精鋭たちが一斉に、私たちに襲いかかってきた。
シリアスな集団戦の始まりだ。
――キンッ! カンッ!
カインが錆びついた剣で、必死に敵ふたりの攻撃を受け止める。
しかし、相手は精鋭。じりじりと押し込まれ、防戦一方だ。
「くっ……! こいつら、強い……!」
私はそんなカインを横目に、自分に向かってくる三人の男を相手取っていた。
彼らの動きは洗練されている。ひとりが正面から陽動をかけ、その隙に左右のふたりが死角から連携し、攻撃を仕掛けてくる。見事なコンビネーションだ。
だが。
「――甘いですね」
私は、正面の男の大振りの一撃を最小限の動きでかわす。
その勢いを利用し、男の身体をコマのように回転させて、盾にした。
左右から迫っていた敵ふたりの刃が、仲間である男の背中に突き刺さる。
「ぐはっ!?」
「なっ!? しまっ……!」
一瞬の、連携の乱れ。
私にとってはそれで十分だった。
私は盾にした男を蹴り飛ばし、呆然とするふたりの懐へ一瞬で潜り込む。
左右の男たちの鳩尾に、寸分違わぬタイミングで、同時に掌底を叩き込んだ。
「ごふっ……!」
ふたりの男は白目を剥き、崩れ落ちた。
あっという間に、三人を無力化。
だが敵は、それでも怯まなかった。
「散開しろ! 距離を取れ! 奴は近接戦闘の化け物だ! 魔導班、援護を!」
リーダーの男が的確な指示を飛ばす。
残りの男たちが素早く、私から距離を取る。
その中から数人の魔術師らしき男たちが、前に出て詠唱を始めた。
「『風の刃』!」
「『炎の矢』!」
魔法の完成も速い。あっという間に詠唱を終え、生み出された攻撃魔法が彼らの手から放たれる。紛れもなく精鋭だ。
数々の攻撃魔法が、私に向かって殺到する。
私はそれらを、走りながら紙一重でかわしていく。
床がえぐれ、壁が焦げ付く。
彼らの狙いは、私を倒すことではない。私の動きを封じることだった。
そして、私が魔法を避けることに集中しているその隙に、前衛の男たちが、いやらしいヒットアンドアウェイを仕掛けてくる。
斬りかかっては、すぐに離れる。
私が反撃しようとすれば、すかさず魔法の援護射撃が飛んでくる。
チッ、チッ、と、私のワンピースの裾が斬り裂かれ、頬を熱風が掠める。
ああ、もう!
イライラする!
なんて面倒くさくて、姑息な戦い方だ!
私の怒りのゲージがどんどん上昇していくのが、自分でも分かった。
「正々堂々、かかってきなさい!」
イラつくあまり、思わず私は叫んでしまう。
それに、リーダーの男が鼻で笑った。
「馬鹿め。我らは任務を遂行するのみ。貴様のような化け物に、真正面から挑むほど愚かではないわ」
「……そうですか。あなたたちは、私が一番嫌いなタイプです」
私の我慢が限界に達しようとしていた。
その時だった。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
突如、遺跡全体が激しく揺れ始めた。また崩れるのか、と肝が冷える。
しかし、それは崩落の揺れではなかった。
何か巨大なものが、地中から這い上がってくるような、不気味な振動だった。
「な、なんだ……? 地震か?」
回収部隊の男たちが戸惑いの声を上げる。
そして、次の瞬間。
私たちがいた広間の壁が、内側から爆発するように、吹き飛んだ。
「――グルルルルルルオオオオオッ!!」
そこに姿を現したのは、巨大なゴーレムだった。
昨日、私がブリガンディアの街で倒したゴーレムと同型のもの。
しかし一回りも二回りも巨大な、石の巨人だった。
身体は黒曜石のように黒光りし、両腕は巨大なドリルのような形状をしている。
胸のコアは、街を襲ったやつよりも遥かに大きい。
さらにもっと不気味で、禍々しい紫色の光を放っていた。
新型ゴーレム。いや、おそらくこいつが隊長格なのだろう。
その紫色の目が、広間にいるすべての生命体を、敵と認識した。
「……侵入者ヲ、排除スル……」
地響きのような、合成音声が響き渡る。
ゴーレムは手始めに、一番近くにいた回収部隊の男たちをロックオンした。
両腕のドリルアームを振り下ろし、すさまじい暴力性を見せつける。
たった一撃。それだけで、攻撃を受けた男の身体はあっけなく四散した。
「う、うわあああああっ!」
「に、逃げろ!」
男たちが悲鳴をあげる。
理性ではなく、込み上げる本能からの恐怖が勝った、というところだろう。
しかし、逃げる暇はなかった。
無造作に振るわれたゴーレムの両腕、ドリルアームの一撃が大地をえぐった。そして容赦なく、数人の男たちを肉片すら残さず消し飛ばす。
まさに、圧倒的な破壊力だ。
統率の取れていた精鋭部隊は、この予期せぬ乱入者の登場で一瞬にしてパニックに陥った。
「怯むな! 隊列を立て直せ! 目標をゴーレムに変更!」
リーダーの男が必死に叫ぶ。不測の事態でも、現状打破のためにすぐさま状況を把握し、部下に命令を下す。紛うことなき実力者なのだろう。
だが、手遅れだった。
ゴーレムは暴走する重戦車のように、部隊の中へと突っ込んでいく。その巨体によって、兵士たちは次々と踏み潰され、薙ぎ払われていった。
魔法も剣も、この新型ゴーレムの前にはまったく通用しない。
その様相はまさに、怪獣大戦争。
シリアスだった集団戦闘から一転、一方的な虐殺ショーへと変貌した。
私はその地獄絵図を、少し離れた場所から冷静に眺めていた。
そして、好機を待った。
集団のリーダーが、最後のひとりとしてゴーレムに捕まってしまう。
そして、その巨大な手で握り潰そうと、動きを止めた。
その瞬間。
「――お昼寝の恨み、思い知りなさいっ!」
私は床を蹴り、砲弾と化して、ゴーレムの背後へと跳んだ。
そして、その巨大な背中に着地。そのまま駆け上がる。
「グルルッ!?」
ゴーレムが、ようやく私の存在に気づく。
だが、もう遅い。
私はゴーレムの肩まで駆け上がり、再び跳躍。
縦に回転し、さらに勢いを増幅させる。
そして、胸の紫色のコアに向かって、渾身の踵落としを叩き込んだ。
「――砕けろぉぉぉっ!」
ドゴォォォンッ!!
私の踵が、ゴーレムの分厚い装甲を貫く。
手応えあり。
その一撃は狙いを過たずコアに直撃し、粉砕した。
しかし、ゴーレムはまだ倒れない。
コアを失ったその巨体は、最後の暴走を始めた。
間一髪、私は踵落としの回転に身を任せながら着地。その勢いのまま転がるようにしてゴーレムの足元から離れる。
案の定、ついさっきまで私のいた場所へ、ゴーレムの腕のドリルが叩きつけられた。少しでも回避が遅れていたら、と考えるとさすがにゾッとする。
討ち損ねたことが分かったのか、ゴーレムはさらに激しく暴れ始めた。両腕のドリルを無茶苦茶に振り回し、遺跡の壁や天井をやみくもに破壊する。
「侵入者……排除……シス、テム……最終、段階……移行……」
ゴーレムは、途切れ途切れに何か呟く。
嫌な予感がする。
思うや否や、ゴーレムは巨体を震わせた。
さらに、全身からまばゆい紫色の光を放ち始める。
「まずい! セレス様、こいつ自爆します!」
カインが叫ぶ。やっぱり自爆か!
さすがにあの爆発に巻き込まれるのはごめんだった。
「逃げますよカイン! 今度こそ本当に生き埋めになります!」
「だから言ったじゃないですかぁぁぁっ!」
私たちは再び始まった遺跡の大崩落の中を、全力で駆け抜けた。
遺跡の出入口はもう目の前、というところで。
置き去りにしたゴーレムが大爆発を起こした。
背後からすさまじい衝撃波と熱風が、私たちを追い掛けてくる。
「うひゃあぁぁぁぁぁっ!」
「どわあああぁぁぁぁっ!」
私たちはその爆風に背中を押されるようにして、遺跡の外へ放り出された。
そして、私たちの目の前で出入り口の穴が崩落していく。
忘れられた神々の遺跡は、今度こそ完全に、跡形もなく崩れ去った。
巨大な瓦礫の山となって、沈黙した。
もう二度と、ゴーレムが這い出てくることもないだろう。
同時に、宰相の部隊が現れることも。
結果的に、私の当初の目的は達成されたわけだ。
緊張の糸が切れたのか、私はその場にへたり込み、寝転がってしまった。
「はあ……。もう二度と来ません、この場所には……」
地面に大の字になって、荒い息と一緒に悪態を吐き出す。
さすがに、今日は疲れた。
私の安らかなうたた寝タイムは、一体どこへ行ってしまったのだろうか。
蒼く広い空を見上げながら、深く、深く、ため息をつくのだった。
-つづく-
※誤字報告、ありがとうございました。




