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【完結】追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第2章「陰謀、粉砕祭り」

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16/29

16:聖女は、ゴーレムと相撲を取る

 かっこいい文鎮(別名:神々の記憶が宿りし石)を手に入れてからというもの、私のブリガンディアでの生活はますます快適なものになっていた。

 あの石版のかけらは時折ぼんやりと光った。街の人たちにはそれが神々しく見えるようで、私が本物の聖女である証拠だと信じ込んでいるらしい。それによって、私への崇拝の念をさらに深めているようだった。


「おお、セレス様! 今日も、その聖なる石は美しく輝いておられますな!」

「セレス様がこの街にいてくださる限り、我々は安泰だ!」


 彼らは、私がただのニート生活を謳歌しているだけだとは夢にも思っていないようだ。私が街の守護者として常に目を光らせていると、盛大な勘違いをしてくれている。おかげで、毎日三食昼寝付き、至れり尽くせりの生活が保証されていた。素晴らしい。これぞ私が理想とする完全なるスローライフだ。


 しかし、そんな平和な日常は、やはり長くは続かなかった。私の人生はどうやら面倒ごとに愛されているらしい。やれやれ。


 ある日の昼下がり。私が宿屋のバルコニーで気持ちよくうたた寝をしていた時のことだった。


 ドオォォォンッ!!


 突如、街の外れの方から、地響きを伴う巨大な爆発音が轟いた。

 私はその音で、心地よい眠りから無理やり引き剥がされた。


「……んん……? なんですか、今の音……」


 眠い目をこすりながら、音のした方角を見る。すると、街の南門の辺りから黒い煙がもくもくと立ち上っているのが見えた。なんだあれ。

 街がにわかに騒がしくなる。街の人の悲鳴や怒号が、ここまで聞こえてくる。


「セレス様!」


 下の階から、カインが血相を変えて駆け上がってくるのが聞こえる。

 ああ、もう。せっかく気持ちよく寝ていたのに。


 私は心底、面倒くさい、と思いながら重い腰を上げた。

 それと同時にカインが飛び込んできて、慌てた様子で報告してくる。


「大変です! 街の南門に巨大なゴーレムが現れました! 門を破壊し、街の中へ侵入しようとしています!」

「ゴーレム、ですか」


 ゴーレム。それは魔術によって、土や石に仮の命を吹き込まれた自動人形だ。通常は遺跡や重要な施設を守るために配置されることが多いと聞く。

 そんなものが、なぜ、こんな街中に現れたのか。


「衛兵たちが応戦していますが、まったく歯が立たないようです! このままでは街が……!」

「分かりました、カイン。行ってみましょう」


 私は、大きくため息をついた。

 私の安らかな昼寝を妨害する、不届き者がいるらしい。

 これはお仕置きをしてやる必要がありそうだ。


 私とカインが南門に駆けつけると、そこは戦場もかくやという惨状だった。

 体長五メートルはあろうかという巨大な石の巨人が、その太い腕を振り回して暴れている。ブリガンディアの堅牢なはずの城門は既に半壊し、周囲の建物も無残に破壊されていた。


 衛兵たちが必死に矢を放ち、剣で斬りかかっている。だがゴーレムの硬い岩の身体には傷ひとつ、ついていない。逆にその巨大な拳の一撃で、衛兵たちは鎧ごと吹き飛ばされていた。


「ひぃぃっ! ダメだ、こいつ硬すぎる!」

「攻撃がまったく効かん!」


 街の人々は恐怖におののき、逃げ惑っている。

 私は腕を組み、じっと、そのゴーレムを観察した。


 全身が黒光りする硬質な岩でできている。

 その目にあたる部分は不気味な赤い光を放っていた。

 胸の中央には、複雑な魔術的な文様が刻まれている。

 おそらくそこが、ゴーレムの動力源であるコアなのだろう。


「セレス様。あれはおそらく、古代遺跡に封印されていた戦闘用のゴーレムです。通常のゴーレムとは比較にならないほど強力ですぞ」


 カインが私の隣で、冷静に分析する。


「弱点はおそらく、胸のコアでしょう。しかし、あの硬い装甲をどうやって破壊するか……。普通の武器ではまず不可能です。衛兵の矢や剣はまったく通じていませんでしたから、強力な破壊魔法でもなければ……」

「破壊魔法、ですか。なるほど」


 私は頷いた。確かに、カインの言う通りだろう。

 あの分厚い岩の身体をどうにかしてこじ開け、中のコアを破壊する。そうしなければ、この巨人は止まらない。


 それは非常に、面倒くさい作業になりそうだ。

 もっとこう、シンプルで、分かりやすい解決方法はないものか。


 私はゴーレムの堂々とした佇まいを見つめていた。

 その分厚い胸板。

 どっしりとした腰つき。

 そして何より、その圧倒的な重量感。


 私の脳裏に、あるひとつの競技が浮かび上がった。

 前世の日本で、古くから神事として行われてきた、男と男の魂のぶつかり合い。


 そうだ。

 これしかない。


「カイン」

「は、はい!」

「私、あのゴーレムと、少し相撲を取ってきます」

「……はい?」


 カインが、間抜けな声を上げた。

 彼の目が点になっている。「今、この人、何を言ったんだろう」という純粋な疑問が、その顔に浮かんでいた。


「ですから、相撲です。日本の国技です。ご存じないですか?」

「存じません! というか、今はそんな冗談を言っている場合では……!」

「冗談ではありません。私は大真面目です」


 私はきっぱりと言い放った。

 あのゴーレムを指差しながら、私はとうとうと述べる。


「見てください、あの立派な体躯。あれはまさしく横綱級です。力士として、その胸を借りないわけにはいきません」

「横綱? 力士? あなたは聖女ですよね!?」

「細かいことはいいんです。とにかく、私は彼と、力比べがしてみたい。弱点をちまちま狙うなんて、面倒なことは性に合いませんから」


 私はそう言って、おもむろにワンピースの裾をまくり上て準備運動を始める。

 そんな私を見て、カインは頭を抱え、その場にしゃがみ込んでしまった。


「ああ、もう……。分かっては、いた……。分かってはいたけど……。まさかゴーレム相手に力比べを挑む聖女が、この世に存在したとは……」


 カインはもはやツッコむことすら放棄したらしい。

 私はそんな彼を尻目に、ゴーレムに向かって堂々と歩み出た。


「おおっ! セレス様だ!」

「セレス様が、来てくださったぞ!」


 私に気づいた街の人々から、歓声が上がる。

 ゴーレムも、私という新たな敵を認識したらしい。その赤い目が私を捉え、威嚇するように巨大な拳を打ち鳴らした。その様はまるで大一番の前に自らを鼓舞する振る舞いのようにも見えた。


「――はっけよい」


 私はその姿を見て、不敵な笑みを浮かべる。

 いい度胸だ。


「のこった!」


 誰に言うでもなく、叫ぶ。

 同時に、地面を強く蹴った。


 一直線に、ゴーレムの懐へ。

 ゴーレムは、私を蠅でも払うかのように、その巨大な腕を薙ぎ振るう。

 私はそれを屈んで躱し。

 そのままゴーレムの分厚い胸板へ、構えた腕を叩きつけるように激突した。

 立ち合いからの、ぶちかまし。かち上げである。


 ――ゴォンッ!!


 教会の大鐘をついたかのような、重い衝撃音。

 さすがのゴーレムも、私の渾身のぶちかましには怯んだらしい。

 その巨体が、ぐらり、とよろめいた。


「おおっ! ゴーレムが、よろめいたぞ!」

「す、すごい……!」


 観客(街の住人たち)からどよめきが起こる。

 だが、私の意識はゴーレムから離していない。

 私は、体勢を崩した相手の隙を見逃さなかった。


 すかさず、ゴーレムの腰に両腕を回す。

 相手もよろけた巨体を整えるように、私の腰を大きな手で掴んできた。


 私の身体は、やや小柄といえる女性の体格。

 向こうは五メートルはあろう巨体のゴーレムだ。

 体格差があり過ぎる、私とゴーレムが、がっぷり四つに組んだ体勢になる。


 傍から見れば、小さすぎる私の方に勝ち目なんてないだろう。

 しかし実際には、体格差をものともしない力比べとなった。

 体格故の不利どころか、互角の勝負となっている。


 何の因果か、神とやらから授かった怪力。それが今、全力を出せていた。

 ズシリ、と腕に伝わる、圧倒的な重量感。

 素晴らしい。

 これぞ私が求めていた手応えだ。


「グルオオオオッ!」


 ゴーレムが怒りの咆哮を上げた。私を力任せに押し込もうとする。

 ミシミシ、と、私の足元の地面がひび割れていく。

 だが、私も負けてはいない。

 足腰に、ぐっと、力を込める。

 その圧倒的なパワーを、正面から受け止める。


 一進一退の、攻防。

 それはもはや、聖女と魔物の戦いではなかった。

 東の横綱たる聖女と、西の横綱・ゴーレムの、世紀の大一番だった。


「がんばれー! セレス様ー!」

「押せ押せー!」


 街の人々の声援が、私の力になる。

 私は歯を食いしばり、さらに腰を落とした。

 そして、好機を待つ。

 ゴーレムが、私を吊り上げようと、一瞬、重心を浮かせた。

 その瞬間。


 ――今だ!


「――食らいなさい! 必殺、上手投げーっ!」


 私はありったけの力を込めて、ゴーレムの巨体を担ぎ上げた。

 そして、美しい弧を描くように、その身体を地面に叩きつける。


「せいやあああああああああっ!!」


 ズウウウウゥゥゥンッ!!


 街全体が揺れるほどの、衝撃が響く。

 地面には、巨大なクレーターができた。土煙がもうもうと立ち上る。


 土煙が晴れた時。

 そこには、仰向けに倒れ、ピクリとも動かなくなったゴーレムの姿があった。

 その胸の中央にあったコアは、地面に叩きつけられた衝撃で、粉々に砕け散っていた。不気味な赤い光も消えている。


 勝負あり。

 私は巨大なゴーレム相手の異世界相撲で、完璧な白星を掴み取ったのだ。


「…………」

「…………」


 南門は、水を打ったように、静まり返った。

 街の人々も、衛兵たちも、そして私の忠実な護衛であるカインも。

 誰もが、目の前で起きた、信じがたい光景に言葉を失っていた。

 やがて、誰かが、ぽつり、と呟いた。


「……今のが、スモウ……なのか……?」


 その一言を皮切りに。広場は、爆発的な大歓声に包まれた。


「うおおおおおおっ! 勝った!」

「セレス様、万歳!」

「ブリガンディア、最強!」


 人々は、もはや何がどうなって勝ったのか、よく分かっていないようだった。

 だが、勝った。それだけははっきりしている。


 セレス! セレス! セレス!! セレス!!


 人々はとにかく勝利を喜び、私の名前を連呼する。

 私はそんな彼らに、にこやかに手を振る。そして満足げに息をついた。


 ああ、良い汗をかいた。


 やっぱり、弱点をちまちま狙うよりも、正々堂々、力と力でぶつかり合う方がずっと気持ちがいい。


 面倒ごとは、相撲で、解決する。

 私はまたひとつ、この世界で生きていくための重要な哲学を見出したのだった。



 -つづく-

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