14:聖女は、遺跡内をショートカット(破壊)する
遺跡の崩落が本格的に始まった。
ゴウゴウという地獄の釜が開いたかのような轟音と共に、天井から巨大な岩が次々と降り注ぐ。床も大きく避けていき、巨大な口を開けて私たちを飲み込もうする。何千年も静寂を保っていた古代遺跡は、今や断末魔の悲鳴を上げているかのようだった。
まぁその原因を作ったのは九割九分、私なのだが。
「セレス様! こちらです! 急いで!」
カインが私の手を取りながら、必死の形相で先導する。彼の顔はススと恐怖で真っ黒だ。それでも走る足を止めない。元騎士としての勘が、かろうじて安全なルートを導き出しているらしい。
「大丈夫ですよ、カイン。慌てなくても、まだ崩れるまでには時間があります」
「どこをどう見たらそんな楽観的なことが言えるんですか! 天井なんてもう半分くらい落ちてきてますよ!」
「半分も残っているじゃないですか。ポジティブに考えましょう」
「無理です!」
カインの悲鳴をBGMに、私は小脇に抱えた石版のかけらを抱え直した。ずっしりとした重みが心地よい。これは絶対に良い文鎮になる。今回の宝探しは空振りではなかった。そう思うと、少しだけ気分が浮上してきた。
私たちが来た道を必死に引き返していると。突然、目の前の通路が巨大な岩で塞がれてしまった。これもトラップなのか、完全に足を止められる。
「くっ……! 道が……!」
カインが絶望の声を上げる。すごいな、遺跡の罠。逃げる人の先手先手を打ってくる。その熱意、もっと違うところに使えば滅びなかったんじゃなかろうか。
「回り道を探しましょう! 確か、あちらに別の通路が……!」
「いえ、カイン。その必要はありません」
私は彼の言葉を遮り、目の前の巨大な岩――というより、もはや壁の一部――に向き直った。
「こういう時こそ、ショートカットの出番です」
「ショートカット……? こ、この状況でどこにそんな道が……」
カインが訝しげに周囲を見回す。
私はそんな彼に、にっこりと微笑みかけた。
「道がなければ、作ればいいんです。昔の偉い人も、そう言っていました」
「言っていません! どこの世界の偉人ですかそれは!」
カインの的確なツッコミを華麗にスルーして。
私は目の前の岩壁に向かって、大きく拳を振りかぶった。
「――邪魔ですっ!」
気合一閃。私は渾身の拳を振るう。
ブォンッ!
ドグァッ!!
轟音と共に、拳が分厚い岩盤を貫いた。まるで紙でも突き破るかのように、いとも簡単に貫通してしまった。
そして、そこから力任せに穴をこじ開けていく。
バリバリバリッ! という、凄まじい破壊音。
ものの数秒で、岩壁には、大人ふたりが余裕で通り抜けられるほどの巨大な穴が開いた。穴の向こうには、先ほどまでいた通路とは別の、まだ崩落していない新しい通路が見える。完璧な、物理的ショートカットだ。
「……」
カインはその光景を、何の感情も浮かんでいない、虚無の瞳で見つめていた。
彼の口が、小さく、動く。
「……ショートカットの、概念が。私の知っているショートカットと違う……」
「さあ、カイン! ぼやぼやしていると生き埋めになりますよ!」
私は、彼の襟首を掴んで無理やり、その穴の中へと引きずり込んだ。
その後も、私たちの脱出劇は困難を極めた。
道がなくなれば、壁を壊して新しい道を作る。
床が抜ければ、天井を突き破って上の階層へ移動する。
古代の賢者が知恵を絞って設計したであろうこの遺跡の、複雑で、入り組んだ構造は、私の単純明快な脳筋理論の前にはまったく意味をなさなかった。
おそらくこの遺跡の設計者は、まさか壁や床を物理的に破壊しながら進む侵入者が現れるなど、夢にも思わなかっただろう。哀れなことだ。
そんな行き当たりばったりの破壊的ショートカットを繰り返しているうちに、私たちは奇妙な部屋へと迷い込んだ。
その部屋は、今まで見てきたどの部屋とも雰囲気が違っていた。
壁一面に不気味な文様が描かれ、中央には黒い石でできた禍々しい祭壇が鎮座している。いかにも何かありますよ、といった雰囲気。
そして、その祭壇の上には、数人の黒装束の男たちが倒れていた。
「……これは……?」
カインが、警戒しながら男たちに近づく。
「セレス様、こいつら、生きてはいますが意識を失っているようです。服装からしておそらく、どこかの暗殺者か、あるいは特殊な任務を帯びた密偵の類かと」
「ふうん。私たち以外にも侵入者がいたんですね」
私は特に興味もなさそうに、相槌を打った。
彼らの足元には、壊れた罠の残骸や、魔術的な結界が解かれた跡が残っている。
どうやら彼らは、この部屋に仕掛けられていた高度な罠にかかってしまったようだ。それで全滅してしまったらしい。
おそらくあの宰相が、私とは別に、念のために送り込んでいた証拠回収部隊といったところだろう。彼らはきっと、正規のルートを慎重に、トラップを一つひとつ解除しながら進んできたに違いない。
その結果が、これだ。
なんとも皮肉な話である。
「……セレス様」
カインが、神妙な顔で私を見る。
「もし、私たちが、正規のルートを進んでいたら……。彼らのようになっていたかも、しれません」
「そうですね。面倒な謎解きは、やっぱり身体に毒です」
「……いえ、そういう意味ではなく……。あなたの、その、常識外れのやり方のおかげで、私たちは助かった、と、言いたいのです」
カインはどこか吹っ切れたような、晴れやかな顔でそう言った。
彼の瞳から虚無の色が消え、代わりに一種の悟りのようなものが宿る。
どうやら、私の仲間はまたひとつ、新たなステージへと進化したらしい。
「ふふん。私の判断が正しかった、ということですね。もっと褒めてもいいんですよ?」
「……調子に乗らないでください」
カインは、私の頭を軽く小突いた。
彼のツッコミに、以前のような悲壮感がなくなっている。
これも良い傾向と言えるだろう。
私たちがそんなやり取りをしている間にも、遺跡の崩落は容赦なく続いていた。
私たちは気を失っている黒装束の男たちをその場に残し――彼らの運命は、彼らの主神にでも祈ってもらうしかない――再び、出口を目指した。
そして、ついに。私たちは見覚えのある、入り口の広間へとたどり着いた。
私が粉々に砕いた石の扉の残骸が、そこら中に散らばっている。
その向こうには、久しぶりに見る、外の光が差し込んでいた。
「出口です! セレス様!」
「ええ! 最後まで気を抜かないでください、カイン!」
私たちは出口に向かって、最後のラストスパートをかける。
その時だった。
広間の天井が、メキメキと、嫌な音を立て始めた。
そして、私たちがまさに出口をくぐり抜けようとした、その瞬間。
――ガラガラガラッ!!
背後で、凄まじい轟音と共に、入り口の天井が完全に崩落した。
遺跡の入り口は、巨大な岩で完全に塞がれてしまったのだ。
私とカインは、間一髪、外へと飛び出すことに成功した。
「はあ……はあ……。助かった……」
カインが、その場にへたり込む。
私も久しぶりに全力で走ったせいで、少しだけ息が上がっていた。
私たちはしばらく無言で、荒い呼吸を繰り返した。
背後ではまだ遺跡の内部で、崩落の音が断続的に響いている。あの忘れられた神々の遺跡は、おそらく、もう二度と、人が足を踏み入れることはできないだろう。古代の秘密と、宰相の陰謀の証拠、そして彼の部下たちを道連れにして、永遠に地の底へと沈んでいくのだ。
まあ、私には関係のないことだが。
「……結局、お宝は、見つかりませんでしたね」
私は、小脇に抱えていた石版のかけらを地面に置き、残念そうに呟いた。
私の黄金のニート生活計画は、またしても振り出しに戻ってしまったのだ。
「……いえ、セレス様」
カインが、ゆっくりと、立ち上がる。
その顔はススで真っ黒だったが、なぜか、とても晴れやかな笑顔だった。
「私たちは、何物にも代えがたい宝を手に入れたではありませんか」
「え? そうなんですか? どこに?」
私はきょろきょろと辺りを見回す。
カインはそんな私を見て、優しく笑った。
「――生きて、帰ってこられた。それこそが、最高の宝ですよ」
「…………」
そのあまりにも真っ当で、綺麗なセリフに、何も言い返すことができなかった。
確かに、そうだ。
いくら金銀財宝があっても、死んでしまっては意味がない。
美味しいものも食べられないし、昼寝もできない。
そう考えると、このただの重い石ころも、なんだかとても価値のあるものに思えてきた。
「……そうですね。たまにはカインも、良いことを言いますね」
「たまには、というのは余計です」
私たちは顔を見合わせ、どちらからともなく笑い出した。
結局、宝探しは大失敗に終わった。
それどころか、歴史的な遺跡をひとつ、完全に破壊してしまった。
しかし、なぜか私の心は不思議と満たされていた。
ひとりきりの旅では決して味わうことのできないだろう、奇妙な達成感。
そんなものが、私の中に生まれている。
「さあ、帰りましょうか、カイン。ブリガンディアへ。美味しいご飯が、私たちを待っていますよ」
「はい、セレス様!」
私たちは、破壊し尽くした遺跡に背を向け、再び山道を下り始めた。
もちろん、私はこの一連のドタバタ劇が、結果として宰相の重大な計画を根底から粉砕してしまったことを知らない。あの陰険な宰相を、さらなる混乱の渦へ叩き込んだことなど、知る由もなかった。
私はただ、今日の夕食は何を食べようか、ということだけを考えていた。
-つづく-




