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【完結】追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第2章「陰謀、粉砕祭り」

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13:聖女は、遺跡の謎に挑む

 宝の地図を頼りに、険しい山道を登ること丸二日。

 私とカインは、ついに目的の場所にたどり着いた。


 そこは鬱蒼とした森の奥深く、巨大な岩壁に囲まれた、隠された谷のような場所だった。谷の中央には、苔むした石造りの建物が静かにたたずんでいる。その様はまるで、悠久の時の流れから取り残されたかのようだ。


 あれが、伝説の「忘れられた神々の遺跡」に違いない。

 私の黄金の未来が、あの建物の中に眠っているのだ。


「おお……! これが、古代遺跡……!」


 カインが感嘆の声を漏らす。彼は元騎士だけあって、こういう歴史的建造物にはロマンを感じるらしい。


「すごい……。何千年も前に、人の手でこれほどのものを……。セレス様、見てください、あの柱の彫刻! 失われた古代文明の様式です! 歴史的価値は計り知れませんぞ!」

「価値があるのは結構なことです。ですが、カイン。私たちが求めているのは、歴史的価値ではなく、換金価値です。あの柱が金塊でできていれば、もっと良かったのですが」

「……セレス様は、相変わらず夢がございませんな……」


 カインは呆れたように肩をすくめた。失礼な。

 むしろ私ほど夢に満ち溢れた人間はいないんじゃないだろうか。なにしろ『黄金のベッドで、毎日、昼寝をする』という壮大な夢を抱いているのだから。


 そんな会話をしつつ、私たちは遺跡の入り口へと足を踏み入れた。

 入り口には巨大な石の扉が設けられていた。固く閉ざされていてびくともしない。その表面には、何やら複雑な模様と、見たこともない古代文字がびっしりと刻まれていた。


「……これは、封印のようですね」


 カインが、石の扉を注意深く観察しながら言う。


「この古代文字はおそらく、何かの謎解きになっているのでしょう。『太陽が、月の影に重なる時、賢者の道は開かれる』……などといった、詩的な文章を解読し、特定の仕掛けを正しい順番で動かさなければ、この扉は開かない仕組みだと思われます」

「謎解き……」


 私の脳が早くも拒絶反応を示し始めた。

 面倒くさい。

 宝を手に入れるために、なぜそんな回りくどいことをしなければならないのか。


 私は前世から、パズルや謎解きといったものが大の苦手だった。会社の研修でやらされたグループディスカッション形式の謎解きゲームで、私ひとりだけ、まったく貢献できなかった。そのせいで上司に「君は協調性だけでなく、論理的思考能力も欠如しているのか」と、三時間にわたって説教された苦い記憶がある。


「カイン。あなた、これ、解けますか?」

「いえ、さすがに専門的な知識がなければ無理でしょう。古代文字の解読には、何日、いや、何週間もかかるかもしれません。それに、ひとつでも手順を間違えれば、恐ろしい罠が作動する可能性も……」

「そうですか」


 私は、静かに頷いた。

 そして、おもむろに拳を握りしめる。


「セ、セレス様……? ま、まさか……」


 カインが顔を引きつらせる。

 私が何をしようとしているのか、彼は正確に予測したらしい。


「ええ。その、まさかです」


 私は、深く、息を吸い込んだ。


「謎が解けないのなら」


 そして、固く閉ざされた石の扉に向かって。

 渾身の力を込めたストレートを叩き込む。


「――扉ごと、壊せばいいじゃないですか!」


 ドッゴオォォォンッ!!


 遺跡全体が、激しく、揺れた。

 何千年もこの場所を守り続けてきただろう巨大な石の扉が、私の拳の一撃で破壊された。まるでビスケットのように粉々に砕け散ってしまった。実は時間が経ちすぎて脆くなってた、とかいうオチでも不思議じゃない。


 舞い上がる粉塵の向こうに、遺跡の内部へと続く暗い通路が見えた。

 同時に、ピシリ、と。

 どこかで何かが、ひび割れる音がした。

 おそらく、扉と連動していた何かの仕掛けが壊れた音だろう。

 まあ、些細なことだ。


「……」


 カインは、もはや何も言わなかった。

 ただ、天を仰ぎ、その手で顔を覆っている。


「さあ、カイン、行きましょう! お宝が、私たちを待っていますよ!」

「……古代の賢者が、もし、この光景を見たら、泣いて詫びを入れるに違いありませんな。何千年もの知恵と労力が、たったひとりの脳筋によって、わずか三秒で無に帰したのですから……」


 彼は何かぶつぶつと呟いている。

 よく聞こえなかったが、私の素晴らしい判断力を褒め称えているのだろう。

 私は意気揚々と、遺跡の内部へと足を踏み入れた。


 遺跡の中は、ひんやりとした空気に包まれていた。

 壁には等間隔で松明が掲げられていて、青白い炎を揺らめかせている。どういう仕組みなのだろう。何千年も経っているのに、松明は灯りっ放しなんだろうか。

 その灯りで微かに見える通路の先。見える範囲で考えるならば、まるで迷路のように複雑に入り組んでいそうだ。


「セレス様、お気をつけて。このような遺跡には、様々な罠が仕掛けられているのが常です」


 カインが注意深く周囲を警戒しながら、私の後ろをついてくる。

 彼の言う通り、通路の床にはところどころ不自然な、色の違う石が埋め込まれていた。おそらくそれを踏むと、矢が飛んできたり、床が抜けたりする、古典的な罠が仕掛けられているんだろう。

 私は、そんな石を一つひとつ、丁寧に避けながら進んだ。

 ……というのは、嘘だ。


「えいっ!」


 私は怪しい石を見つけるたびに、それを力強く踏みつけた。


 ガコン! という音と共に、壁から勢いよくいくつもの毒矢が射出される。

 私はそれらをあっさり叩き落とした。飛んでくるハエを手で払うかのように。


 次に、床がガラガラと音を立てて抜け落ちる。

 私は落下する寸前で、空中を、ぴょん、と跳び。軽々と向こう岸へ着地した。

 目の下に広がる無数の槍の穂先を見下ろしながら、私は、カインに手を振る。


「カイン! 大丈夫ですかー?」

「……大丈夫なわけが、あるかぁぁぁっ!」


 カインは、落とし穴の淵に必死でしがみついていた。

 私は、彼の腕を掴んで、まるで軽い荷物でも引き上げるかのように、ひょいと、引っ張り上げてやる。


「……もう、いやだ……。家に、帰りたい……」


 カインはその場にへたり込み、子供のように泣き言を言っている。

 本当に手のかかる護衛だなぁ。


 その後も、私たちの前に、古代人の悪意に満ちたトラップが立ちはだかった。

 左右の壁が迫ってくる罠。

 天井が落ちてくる罠。

 幻覚を見せる毒ガスが噴出する罠。


 しかしそのすべてが、私の圧倒的な物理能力の前には何の意味もなさなかった。

 迫ってくる壁は、両手で押し返して止めた。

 落ちてくる天井は、頭突きで粉砕した。

 毒ガスは、息を止めて走り抜けた。


 古代の賢者たちが知恵を絞って作り上げたであろう、シリアスな殺人トラップの数々。それらはすべて、私ひとりの能天気な脳筋ムーブによって次々と無意味なものにされていく。もはらそれらは、ちょっとしたアスレチックへと成り下がっていた。


 やがて私たちは、遺跡の最深部と思われるな場所に到着した。

 そこはひと際、大きな広間。その中央には巨大な台座が設置されている。

 そして、その台座の上には――。


「……あれは……?」


 宝箱ではない。

 金銀財宝の山でもない。

 そこに鎮座していたのは、一枚の巨大な石版だった。

 石版の表面には、入り口の扉と同じ古代文字がびっしりと刻まれている。


「……お宝は、どこですか……?」


 私は愕然とした。

 黄金のベッドは? 宝石のドレスは? 毎日食べ放題の高級肉は?

 私が求めるスローライフに繋がる財宝はどこ?


 呆然とする私をスルーして、カインは興味深そうにその石版へ近づいていく。


「セレス様、これはすごい発見ですぞ! この石版にはおそらく、この王国の成り立ちに関する重大な秘密が記されたものです! これこそ金銀財宝にも勝る、歴史的な『宝』です!」

「……いりません、そんなもの」


 私は、がっくりと肩を落とした。

 歴史的な秘密など、一円にもならないではないか……。


 私の輝かしいニート生活の夢が、ガラガラと音を立てて崩れていく。

 どうやらあの古物商の老人の話は、ただのガセネタだったらしい。


 私が失望に打ちひしがれていると、カインが何かに気づいたように声を上げた。


「セレス様! この石版の文字……。『闇の血族、古の契約により、王権を簒奪せし時、天は裂け、地は……』。これは、まさか……!」


 カインの顔が驚愕に染まる。

 どうやら彼は、石版にとんでもないことが書かれているのに気づいたらしい。

 おそらく、あの宰相が探し求めていたという「遺物」の正体は、この石版のことなのだろう。この石版に書かれた情報こそが、彼が王国を転覆させるための切り札だったに違いない。


 なるほどなるほど。

 シリアスな、陰謀の匂いがプンプンする。


 だが。

 そんなことは、今の私にはどうでもよかった。

 私が求めているのは小難しい陰謀論ではない。

 私が求めているのは、ただひとつ。


 ――宝だ。


「……カイン」

「は、はい!」

「この石版の下に宝箱が隠されている、という可能性はありませんか?」

「え? い、いえ、それは、おそらく……」

「確かめてみましょう」


 私はそう言うと、巨大な石版を、軽々と持ち上げた。


「せ、セレス様!? その石版は歴史的な遺産で……! 丁重に扱わないと……!」


 カインの悲鳴をBGMに、私は石版を台座からどかす。

 しかし、その下に宝箱は、なかった。

 あるのはただ、石でできた冷たい床だけだ。


「……ちっ。ハズレですか」


 私は思わず舌打ちをしてしまう。

 脱力してしまうのを感じつつ、持ち上げていた石版をその場に放り投げた。


 ――ガッシャアァァァン!!


 何千年もの歴史の重みを湛えていた巨大な石版は、興味を惹かれない私によって、無残にも真っ二つに割れてしまった。


「ああああああああっ! 人類の宝がぁぁぁっ!」


 カインが目を見開いて絶叫する。しかし未来のニート生活を支える財宝が手に入らなかった私には、その悲愴さは少しも届かない。


 その時だった。

 石版が割れた衝撃のせいか、あるいは何かの罠のスイッチが入ってしまったのか。広間全体が激しく揺れ始めた。今にも落盤するかのように、天井からパラパラと砂が落ちてくる。


「……ん? なんだか、嫌な予感がしますね」

「予感ではありません! これは現実ですセレス様! あなたが、遺跡の、重要な部分を、破壊したせいで、崩落が始まったんですよ!」


 カインが涙目で叫ぶ。ひと言ひと言を、私に言いくるめるように。いやいや、そんなことを言われても。


「早く逃げましょう! ここにいたら生き埋めになります!」

「ええー……。でも、お宝、まだ見つかってないのに……」

「命と、宝、どっちが大事なんですか!」

「もちろん、宝です」

「即答しないでください!」


 押し問答をしている間にも、遺跡の崩落はどんどん激しくなっていく。

 もはや一刻の猶予もなさそうだ。

 私は仕方なく、この遺跡から脱出することにした。

 もちろん、ただで帰るつもりはない。


 私は、真っ二つに割れた石版の片割れ――模様が、かっこよかった方――を、ひょいと小脇に抱えた。


「せめてこれは持って帰りましょう。いい文鎮になりそうです」

「もう……好きに、してください……」


 カインはもはやツッコむ気力もないらしい。

 私たちは崩れ落ちてくる岩や瓦礫を避けながら、全力で遺跡の入り口へと引き返すのだった。



 -つづく-

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