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【完結】追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第2章「陰謀、粉砕祭り」

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11/29

11:聖女は、拳で景気回復させる

 オルトロス商会の本部を、文字通り物理的に半壊させた。カチコミをかけてからまだ三十分も経っていない。

 豪華だったはずの商会長室は、今や見る影もなかった。壁には人間型の穴がいくつも空き、床には気絶した用心棒たちが折り重なるようにして転がっている。悪趣味な調度品はことごとく粉砕され、金貨や宝石がそこら中に散らばっていた。まるで巨大な竜が暴れ回った後のようだ、と、どこか他人事のように思う。まぁ暴れたのは私なのだが。


「さて、と」


 私は散らばった金貨を一枚拾い上げ、指で弾いた。チリン、と軽い音がする。


「カイン。後片付け、お願いします」

「……はっ! 承知いたしました、セレス様」


 私の背後で、ずっと虚無の表情を浮かべていたカインが、ハッと我に返ったように敬礼した。彼の精神もだんだん私の破天荒ぶりに慣れてきた……というより、麻痺してきたらしい。非常に良い傾向だ。


「それで、後片付けとは、具体的に何をすればよろしいでしょうか? 全員を縛り上げて衛兵に突き出す、とか……」

「いえ、そんな面倒なことはしなくて結構です」


 私はきっぱりと、首を横に振った。


「衛兵も、こいつらとグルだったのでしょう? 突き出したところで、どうせすぐにもみ消されてしまいます。それに、この人たちを牢屋に入れたところで、街の人たちのお腹は膨れません」

「では、どうするのですか?」

「決まっているじゃないですか」


 私はにやりと笑い、部屋の床を指差す。正確には、もっと下にあるところを。


「私たちが、ここに何をしに来たか、忘れたのですか? 腹ごしらえですよ」


 私たちが向かったのは、商会の地下にある巨大な倉庫だった。

 厳重な鉄の扉も、私の前ではバターのように柔らかい。軽く蹴りを入れるだけで、扉は丸ごと吹き飛んでしまった。

 広い倉庫の中には案の定、街で馬鹿みたいに値上がりしていたあらゆるものが、たっぷり保管されていた。うず高く積まれた小麦粉の袋、塩の樽、干し肉、高級なワインやチーズなどなど。よくぞここまで、と感心するくらいだ。

 これだけの食料を独占しておきながら、あのデブは「民が飢え死にしようが知ったことか」と言い放ったのだ。思い出すだけで、また腹が立ってくる。


「カイン、手伝ってください。これを全部、街の広場に運びます」

「ぜ、全部、ですか!?」

「ええ、全部です。善は急げ、と言いますから」


 私は、小麦粉の袋を米俵のように、十数袋まとめて軽々と担ぎ上げた。カインは目を白黒させながらも、必死に塩の樽をひとつ、ゴロゴロと転がし始めた。

 私とカインは、何度も倉庫と中央広場を往復した。

 みるみる山積みになっていく、食料や物資の数々。私たちに気付いた街の人々は、いったい何事かと、遠巻きに私たちを見ている。

 やがて、広場には食料の山がいくつも築き上げられた。


「――ブリガンディアの皆さん!」


 広場に集まった人々に向かって大声を上げる。

 すると、ざわめきが一瞬、静かになった。


「私は、セレス。ただの通りすがりの旅人です! ここに積んである食料はすべて、あの悪徳商会、オルトロス商会が、皆さんから不当に奪い取ったものです!」


 私の言葉に、再びざわめきが立ち始める。


「今日、この日をもって、オルトロス商会は、私の手によって解体されました! もう、皆さんが、不当な値段で食料を買う必要はありません!」


 私は、高らかに宣言した。


「この食料は、すべて、皆さんのものです! 好きなだけ、持っていってください! ただし、ケンカはしないで仲良く分け合うこと!」


 私のその言葉を合図に、広場は、爆発したような歓声に包まれた。


「おおおおおっ!」

「本当か!?」

「小麦粉だ! 塩だ!」


 街の人々は、最初は半信半疑だった。だが誰かひとりがおそるおそる小麦粉の袋に手を伸ばすと、堰を切ったように、我先にと食料の山へ殺到した。

 母親が、子供を抱きしめながら、涙を流して食材を分け与えている。

 老人たちが、塩の樽を囲んで、喜びの声を上げている。


 今まで、街を覆っていた暗い空気が、嘘のように晴れていくのが分かった。

 人々は、ただ、お腹いっぱい食べたかっただけなのだ。ただ、明日の食事の心配をせずに、眠りたかっただけなのだ。

 そのささやかな幸せを、一部の悪党が、自分たちの欲望のために奪っていた。

 その理不尽さが、私は堪らなく嫌だった。


「セレス様……」


 隣に立っているカインが、感極まったような声で呟いた。


「あなたはやはり、本物の聖女様だ……。民を救うために現れた、慈悲の女神!」

「いえ、違いますよ、カイン」


 高評価過ぎる。勘違いも甚だしい。

 私は、彼の言葉を訂正した。


「私はただ、美味しいご飯が食べたかっただけです。街の雰囲気が悪いと、ご飯も不味くなりますからね」


 そう。私の動機はいつだってシンプルだ。

 自分の平穏なスローライフが脅かされるのは、許せない。

 ただ、それだけなのだ。


 時折起こる奪い合いや小競り合いを、私が拳で鎮圧して言うことを聞かせたりして。なんやかやで食料の分配が一段落した頃。

 ようやく、街の衛兵たちがぞろぞろと広場にやってきた。

 その顔には明らかに、困惑と恐怖の色が浮かんでいる。オルトロス商会が壊滅したという噂は、彼らの耳にも届いているのだろう。


「き、貴様ら! 一体、何者だ! この騒ぎは、何だ!」


 隊長らしき男が、震える声で、それでも虚勢を張って叫ぶ。

 私はそんな彼らの前に、ゆっくりと歩み出た。


「あなたたちが、オルトロス商会から賄賂を受け取っていた衛兵ですね?」

「なっ!? な、何を言うか! 我々はこの街の治安を守る、正義の……!」

「もう、その茶番は結構です」


 私は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。

 それは先ほど、商会長室を物色している時に金庫の中から見つけたものだ。オルトロス商会と、衛兵たちとの間で行われた、賄賂のやり取り。そのすべてが克明に記された裏帳簿だった。


「ここに、あなたたちの悪事の動かぬ証拠があります。これをどうするかは、あなたたちの、これからの働き次第です」

「……!」


 衛兵たちの顔が、真っ青になる。


「オルトロス商会の残党をひとり残らず捕らえ、街の秩序を取り戻してください。もし、それができないというのなら……」


 私は、言葉を切り、近くにあった衛兵の馬車の車輪を指先でつまむ。

 そして見せ付けるように。


 バキィッ!


 いともたやすく、粉々に砕いて見せた。


「……この街の衛兵は、全員、不要ということになりますね」


 私のにこやかな脅迫に、衛兵たちは何も言わなかった。

 彼らは互いに顔を見合わせると、一斉に、私に向かって深々と頭を下げる。


「わ、分かりました! ただちに、残党の捕縛に向かいます!」


 そして、蜘蛛の子を散らすように方々へ散っていった。

 彼らが真面目に仕事をするかどうかは知らない。でも少なくとも、しばらくは大人しくしていることだろう。


「……セレス様。あなたは、本当に……」


 カインが、呆れたような、しかし、どこか誇らしげな声で言った。


「悪党の扱い方を、知り尽くしておられる……」

「ちょっと前に少し、学びましたからね。理不尽な相手には理不尽で返すのが、一番効果的なんです」


 前世のパワハラ上司は、私にたくさんのトラウマと与えてくれた。

 同時にいくつかの、有益な処世術を教えてくれた。

 その点に関しては、少しだけ、感謝しているかもしれない。

 ……いや、感謝なんてしなくていいか。私は「ナイナイ」と手を振って、頭の中に思い浮かんだクソ上司の顔をかき消した。


 その日の夜。ブリガンディアの街はお祭りのような騒ぎになっていた。

 人々は手に入れた食料でささやかな宴を開き、歌い、踊っていた。

 私とカインは、街の宿屋の主人から「英雄様!」と崇められ、最高の部屋と豪華な食事を無料で提供された。

 温かいベッド、美味しい料理。

 まさに至れり尽くせりだ。


「いやあ、たまには人助けもしてみるものですね」


 私は熱々のシチューを頬張りながら言う。

 カインもそれに同調するように、しみじみとした表情で頷いた。


「はい。この光景を見ることができただけで、俺は、あなたについてきて、本当に良かったと、心から思います」


 彼の目には、いつの間にか、出会った頃のようなキラキラとした輝きが戻っていた。まぁその輝きも、次の私の奇行ですぐに失われることになるのだろうが。


 こうして、商業都市ブリガンディアに渦巻いていたシリアスな陰謀は、私ひとりの能天気な食欲と、圧倒的な暴力によって、たった一日で完全に解決した。


 景気は、拳で回復する。


 私はまたひとつ、この世界で生きていくための新たな真理を発見したのだった。


 これからしばらくは、この街でゆっくりと骨休めができそうだ。

 私はそんな甘い期待を抱きながら、久しぶりのフカフカなベッドに、たっぷりと身を沈めるのだった。



 -つづく-

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