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【完結】追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第2章「陰謀、粉砕祭り」

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10/29

10:聖女は、悪の商会本部にカチコミする

 諸悪の根源である、オルトロス商会の本部。カインの情報によれば、それはブリガンディアで最も大きく、最も豪華な建物だという。中央広場から北へ向かった一等地に、嫌味なくらい堂々とそびえ立っているらしい。


 私とカインは、その建物の前に立っていた。大理石で作られた巨大な柱、金色の装飾が施された重厚な扉、そして、その上には商会の紋章である「双頭の黒犬」が、威圧的にこちらを睨みつけている。

 なるほど、悪趣味なほどに金がかかっている。この建物のレンガ一つひとつが、街の人々の涙と汗でできているのだろう。そう思うと無性に腹が立ってきた。


「セレス様、どうされますか? 正面から乗り込むのは、あまりにも無謀かと……。まずは、裏口から潜入し、彼らの悪事の証拠を……」

「カイン」


 私は、彼の言葉を遮った。


「あなたはまだ、私のやり方を理解していないようですね」

「え?」

「面倒なことは嫌いなんです。裏口を探すのも、こそこそ潜入するのも、証拠とやらを探すのも、全部面倒くさい。一番早いのは、何だと思いますか?」

「……まさか……」


 カインの顔が、引きつる。

 私は、そんな彼ににっこりと微笑みかけると、目の前の重厚な扉に向き直った。

 そして、深呼吸一つ。


「ごめんくださーい!」


 礼儀正しくノックをする。入室前の常識だ。

 ただし、普通のノックではない。

 私の全神経を集中させた、渾身の、一撃必倒のノックである。


 ドッゴオォォォンッ!!


 凄まじい破壊音と共に、金色の装飾が施された重厚な扉が吹き飛んだ。あまりの衝撃に蝶番から破壊され、建物の中にいた用心棒らしき男たち数人を巻き込みながら奥の壁に突き刺さった。


 一瞬の静寂。

 建物の中にいた全員が、何が起きたのか理解できず、呆然と私を見ている。


「……どうも。少し、お話がありまして」


 私は何事もなかったかのように、埃を払いながら建物の中へと足を踏み入れた。カインは背後で「ああ……やっぱり……。俺の立てた潜入計画が、開始三秒で……」と、頭を抱えていた。


「な、何者だ、てめえら!」


 ようやく我に返った用心棒たち――おそらく、噂の『黒犬ブラックドッグ』とやらだろう――が、剣や棍棒を手にわらわらと集まってきた。その数、二十人以上。誰も彼も、ろくでもない人生を送ってきたのだろうな、という人相の悪い男たちばかりだった。


「私は、セレス。こちらは、私の護衛のカインです」

「ふざけるな! いきなり人の家の扉をぶち壊しておいて、何の用だ!」


 リーダー格らしき、ひときわ体格のいい男が、唾を飛ばしながら怒鳴る。しかし意外と言っていることは常識的だった。ひょっとすると、話が通じるか?

 私は、あくまで穏便に、対話での解決を試みることにした。暴力は、最後の手段。これは私の揺るぎない信条だ。


「単刀直入に言います。あなたたちがやっている、小麦や塩などの買い占め、やめていただけませんか? 街の人たちが、とても困っています」

「……はあ?」


 男は、何を言っているんだこいつは、という顔をした。周りの用心棒たちも、キョトンとしている。


「買い占め? それが、どうしたってんだ? 俺たちは、商会長の命令で仕事をしてるだけだ。文句があるなら、ガノッサ会長に直接言え。まあ、お前みてえな小娘が会ってもらえるとは思えねえがな!」


 男たちが、ゲラゲラと下品な笑い声を上げる。

 なるほど。こいつらはただのチンピラ。話をするだけ無駄なようだ。


 私は深くため息をついた。

 ああ、もう、面倒くさい。

 前世の会社にもいた。上司の言うことだけを聞いて、自分の頭で何も考えない、指示待ち人間。そういう手合いは結局、根本を叩かなければ何も変わらない。


「分かりました。では、そのガノッサ会長とやらに会わせていただきましょうか」

「だから、会えねえって言ってんだろ! 耳が悪いのか、このアマ!」


 リーダー格の男が業を煮やしたように、棍棒を振りかざして殴りかかってきた。

 カインが「セレス様!」と叫び、剣を抜こうとするが、私はそれを手で制する。


「大丈夫です、カイン。これは、対話の一環ですから」

「対話……?」


 カインに答えるの一端保留して、私は振り下ろされる棍棒を、ひらりとかわす。そして男の腕を掴むと、そのまま一本背負いの要領で、軽々と投げ飛ばした。


「ぐわっ!?」


 男の巨体は綺麗に宙を舞った。近くにあった豪華な壺を粉々にしながら、床に叩きつけられ、無様に転がっていく。


「さて。これで、少しは話を聞く気になっていただけましたか?」


 にっこりと微笑む私。

 すると残りの用心棒たちの顔から、血の気が引いていくのが見て取れた。


「ひ、ひいっ! こ、こいつ、化け物だ!」

「リーダーが一撃で……!」


 彼らは恐怖に駆られ、蜘蛛の子を散らすように奥の部屋へと逃げていった。「会長に知らせろ!」という叫び声が聞こえる。

 これでよし。手間が省けた。

 私とカインは、彼らが逃げていった先――おそらく、商会長室だろう――へと、ゆっくりと歩を進めた。


 豪華な絨毯が敷かれた廊下の突き当たりに、大きな両開きの扉があった。

 中から、怒鳴り声が聞こえてくる。


「何事だ、騒がしい! たかが小娘ひとりに何を手こずっている!」


 不摂生なデブ特有の、脂の乗った声だ。ガノッサ会長に違いない。

 私は「また扉を破壊するのも芸がないな」と思い、今度は静かに扉を開けた。


 部屋の中は、これまた悪趣味なほどに豪華絢爛だった。壁には金糸で織られたタペストリーが飾られ、机や椅子は高級な黒檀で作られている。

 その中心にいるのは、部屋の主であるガノッサ会長らしき人物。私の想像を遥かに超える、見事なまでの肥満体だった。

 巨大な肉塊が、悲鳴を上げている椅子にめり込むようにして座っている。指にはこれでもかと宝石のついた指輪がはめられ、その顔は長年続いたであろう暴飲暴食によって、醜く歪んでいた。

 あぁいった顔立ちの人間を前世でも見たことがある。べちゃくちゃと食っちゃ寝を続けた結果、醜悪な外見が生まれてしまう。これまた異世界でも変わらないらしい。人間は愚か、とか言ってしまう気持ちがちょっとだ分かってしまった。


 そんなガノッサ会長の周りには、先ほど逃げ出した用心棒たちが震えながら控えていた。


「……ほう。貴様が、セレスか」


 ガノッサは、私を見ると、その小さな目でねめつけるように言った。


「噂は聞いているぞ。王都から追放された、偽りの聖女だと。そんな奴が何の用だ? 俺は今、機嫌が悪いんだ。手早く済ませろ」


 彼の態度は、ふてぶてしい、としか言いようがなかった。

 私はピキピキしてしまう内心を抑え、最後の対話を試みることにした。

 なぜなら、私は面倒ごとが嫌いだからだ。ここで、このデブを殴り飛ばすのは簡単だ。だがその後の処理を考えると、できるだけ穏便に済ませたい。


「ガノッサ会長。あなたに、慈悲の心はありませんか?」

「……は?」

「この街の人々は、あなたのせいで、日々の食事にも事欠くような生活を強いられています。子供たちは、お腹を空かせて泣いています。その状況を見て、何も感じないのですか?」


 私の言葉に、ガノッサは一瞬、きょとんとした顔をした。

 そして次の瞬間、腹を抱えて、けたたましく笑い出した。


「ぎゃはははは! 慈悲? 子供? 何を言い出すかと思えば! 聖女様は随分と頭の中がお花畑らしいな!」


 彼は涙を拭いながら、私を嘲笑う。


「いいか、小娘。よく聞け。商売とは、戦争だ。弱者は、強者に食われる。それがこの世の理だ。俺は自分の才覚と力で富を築いている。それに文句を言われる筋合いはない。腹を空かせたガキどもなんぞ、俺の知ったことか! 奴らが飢え死にしようが、俺の腹は痛まねえんだよ!」


 ガノッサはそう言って、机の上の焼き菓子を汚い手で鷲掴みにし、口の中に放り込んだ。


 ――ブチッ。


 私の頭の中で、何かが音を立てて切れた。

 ああ、もう、ダメだ。

 こいつは、話が通じないとかそういうレベルじゃない。

 人間として、根本的に何かが欠落している。

 前世のパワハラ上司もクズだった。でも、目の前で人が飢え死にしても構わない、と豪語するほどの外道ではなかった。


 私の脳が、思考を停止する。

 面倒な理屈は、もうどうでもいい。

 慈悲? 対話?

 そんなものは、目の前の豚には必要ない。


「……そうですか」


 私は、静かに、一言だけ呟いた。

 その声は、自分でも驚くほど低く、冷たかった。


 弱者は強者に食われる?

 なら、私がこいつを食らっても文句はないよね。


「セ、セレス様……?」


 隣のカインが、私の様子の変化に気づき、心配そうに声をかける。

 私は、そんな彼に、ゆっくりと振り返り。

 にっこりと、完璧な聖女スマイルを浮かべた。


「カイン。少しだけ、目をつぶっていてください。今から、とても教育に悪いことが、起こりますから」

「え? あの……」


 返事は求めてない。一応、忠告しただけ。

 私は改めて、ガノッサの方へと顔を向ける。


「なんだ、その目は……?」


 ガノッサは、私の気配の変化に気づいたのか。警戒するように身構えた。

 だが、もう遅い。


「――お話は、もう、終わりです」


 私はそう告げた瞬間、床を蹴った。

 ガノッサが何かを叫ぶよりも早く、私は彼の目の前に到達する。

 そして、その醜く歪んだ顔面に。

 拳を、思い切り叩き込んだ。


 ――メゴォッ!!


 ガノッサの巨体が、椅子ごと派手に吹き飛ぶ。

 背後の壁にめり込み、人間型の形になって大きな穴を開けた。


 肉の潰れる音がした。

 骨が砕ける音もした。


 たった、一撃。

 すべての元凶は、それで沈黙した。


「か、会長ぉぉぉっ!?」

「ひ、ひぃぃぃっ!」


 用心棒たちが悲鳴を上げる。

 そんな彼らに、私はゆっくりと向き直った。

 私の顔にはきっと、鬼のような形相が浮かんでいたことだろう。


「さて。次は、あなたたちの番です」


 私のその言葉を皮切りに、阿鼻叫喚の地獄絵図が描かれていった。

 私は部屋の中を、嵐のように駆け巡った。逃げ惑う用心棒たちを捕まえては、ひとり、またひとりと、その身体に私の怒りを叩き込んでいく。

 ある者は、天井まで殴り飛ばされ、シャンデリアに突き刺さった。

 ある者は、窓から放り出され、はるか下の地面へと消えていった(もちろん、死なない程度には手加減している)。

 ある者は、床に頭からめり込み、大根のように引き抜かれるのを待つだけのオブジェと化した。

 部屋の中にあった悪趣味な調度品は、暴れまくる私の余波を食らってことごとく粉々になっていく。部屋の中を飾っていた金貨や宝石だったものが、雨のように降り注ぐ。


 時間にしてみたら、ものの数分。部屋の中には、気絶した用心棒たちのうめき声と、壁にめり込んだまま動かないガノッサの小さな呼吸音だけが響いていた。


 商業都市を牛耳るオルトロス商会の心臓部が、完全に沈黙したのだ。


「……ふう。スッキリしました」


 私は、パン、と両手を打ち鳴らし、満足げに息をついた。

 やっぱり、こうでなくっちゃ。面倒なことをごちゃごちゃ考えるよりも、元凶を叩き潰すのが一番早くて確実だ。


「うわぁ……」


 きちんと言いつけを守っていたであろうカインが、目を開けたらしい。

 彼の視界に入ってきたのは、目を覆わんばかりの惨状。カインは目の前の光景を見て、一言、ぽつりと呟いた。


「……ええ。とても、教育に悪い光景です……」


 カインの表情は無表情で、どこか遠くを見るような虚ろな目をしていた。


 それはともかくとして。

 商業都市ブリガンディアを支配していた闇。その根源は私ひとりの、能天気なカチコミによって、ほんの十分ほどで物理的に粉砕されたのだった。



 -つづく-

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