表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

1話 巻き込まれ召喚


「勇者ならびに聖女、よくぞ参られた。我が国デラグロスは度重なる戦争と魔物の被害により疲弊しておる。その力をふるい民を助けよ」


 俺たちを召喚した国の王が、玉座からこちらを見下ろしながら言った。

 高校生の男女が顔を見合わせる。

 おそらくこのふたりが『勇者および聖女』だろう。

 そして、高校生の隣で居心地の悪そうな顔で立っている男が『巻き込まれた異世界人』

 深見 誠司26歳、会社員。


 そう、俺である。



 巻き込まれ召喚ね。

 ネット小説なんかではずいぶん楽しませてもらったけど、こうして当事者になってみるといたたまれないものだ。

 ずば抜けて能力の高い若者と並んで謁見する無能なアラサー男性の俺、針の筵すぎない?

 そんで「民を助けよ」って何?

 あちらからすれば呼んでないのに来ちゃった雑魚だから、俺が舐められるのは100歩譲って理解できる。でも了承もなく召喚されて労働を請われる高校生カップルはとんだ災難だろう。

 ちらりと気遣う視線を隣に向けると、意外にもにこやかな表情だった。


「そういうことなら」


「がんばります」


 まんざらでもないのかよ。まあ勇者様と聖女様だもんな。

 俺としては断ることをオススメしたいが、ふたりの輝かしいステータスでは国側も逃がさないだろう。


「うむ。よく励むように」


 たっぷりと腹に脂肪を蓄え、ゴテゴテした宝飾品で全身を飾り立てた王様が、満足そうに頷く。これが疲弊している国の王か。俺が民なら革命軍入っちゃうね。

 高校生カップルには悪いけど、俺は全力で逃げよう。


 ここはろくでもない国だ。


 神様の言葉を思い出しながら、俺はひっそりと拳を握った。



 今朝、俺は小走りで駅に向かっていた。

 飼い猫のミイちゃんによる猛烈な引き留めに遭い、毛だらけになったスーツを粘着テープでコロコロしていたら、家を出るのがギリギリになってしまったのだ。

 離乳したての子猫の頃から溺愛してるミイちゃんとの朝のイチャイチャは、成猫になった今もルーティンと化している。まあ、成人男性と成猫のオスだけど。

 そんなわけで俺は常に滑り込み出社である。


 前を並んで歩いている高校生カップルを追い抜こうとした時だった。

 突如、足元が円状に光り、目の前に居た高校生カップルがフッと消えた。

 道路の崩落か!? とよぎったところで足元の光る円が魔法陣だと気付いたが、魔法陣への対抗策なんてあるわけもなく、無情にも俺の体は光に飲まれていった。


「異世界召喚じゃん! そんで俺、巻き込まれた一般人じゃない!? ネット小説でやったとこだ! それがわかったところでどうすりゃいいのー!?」


 真っ白な空間を落下しながら平泳ぎのごとく手足をバタつかせていると、ふいに体が止まった。

 そして頭に声が響く。


「おお、よかった。間に合ったわい。お主が抵抗してくれたおかげじゃな」


 優しく理知的なおじいちゃんって感じの声だ。

 なんだかよくわからないが、おじいちゃんによると俺の不格好な平泳ぎも案外、功を奏したらしい。


「そうじゃな。よくぞ耐えてくれた。正式に謝罪したいところだが、時間がない。手短に話そう」


 俺の思考を読まれているとしか思えない返答……。だがそんなところにツッコミを入れている場合じゃない。

 俺はコクコクと頷き、おじいちゃんの声に全力で耳を傾けた。


 おじいちゃんの説明でわかったことがいくつか。


 おじいちゃんは俺が召喚される世界の神で、召喚先は俺が読んでたネット小説に似た世界だってこと。

 召喚者はろくでもない国なので逃げた方がいいこと。

 ステータスが高いと国に囲われてしまうし、そもそも俺を引き留めてるこの短時間では有用なスキルはつけられない。

 そして元の世界に投げ返すことも不可能。


 え? 詰んでますよって宣告?


「帰れないし、危険な世界のやばい国に行くけど、強いスキルはないと……」

「誠に申し訳ない。せめて謝罪と、わずかな力添えをしたいと思う」


 おじいちゃん改め神様の声には、本当に申し訳なさが滲み出ていて、下々のやらかしに対応する上司のつらさを垣間見た気がする。


「謝罪は受け取ります。それで、お力添えとはどういったものでしょうか」

「うむ。お主の世界から持っていきたいものをひとつ選んでくれるか。多少の力を付与してお主の近くに落とそう。大したことができず申し訳ないが、これが手出しできるギリギリのラインなのじゃ」


 持って行きたいものか。

 強いスキルがないなら武器や情報は必要だよな。触ったことないけど銃とか、スマホなんかもいいよね。

 通常ならそう考えるところだ。

 

 しかし俺の頭を占めていたのは、愛猫ミイちゃんだった。


 土壇場でつきつけられたたったひとつの選択肢にテンパってる感は否めない。でもここで最愛の家族が一切出てこない人間でなくてよかったとも思う。


 だってあんなに小さい頃からなにもかもお世話して、甘えん坊で、ふわふわで、毎日一緒に寝て、トイレにまでついてきちゃう、あの最強に可愛い俺のミイちゃんが、俺の帰りを待ちながらたったひとりで餓死するかもしれないんだぞ!?

 そんなの死んでも受け入れられないだろ!


 といっても、本当に連れていくとなったら、それはそれで問題だらけだな。

 可愛いミイちゃんを危険な目に遭わせたくないし、そもそも猫って環境が変わるとストレス感じるデリケートな生きものだし、まともなキャットフードは期待できないし、迷子になっちゃうかもしれないし。


 ぐるぐるとミイちゃんのことばかり考えていると、俺の思考を読んでいるおじいちゃん神様が「ふむ、縁のある小動物か」と、明るい声を出した。


「お主、それはなかなかよい考えかもしれんぞ。やってみる価値はある」

「え? どういうことですか?」

「すまないが時間切れじゃ。ミイちゃんとやらに関しては、お主が城を出た後に会えるよう取り計らっておくとしよう」


 固定されていた体が自由になり、またしても落下が再開した。


「よろしくお願いします! おじいちゃんとか言ってすみませんでしたー!」


 俺はどうにか声を振り絞って非礼を詫びた。

 厳密にはおじいちゃんと口に出したわけではないけど、考えてること筒抜けだったから、一応ね。

 遠くで「ホッホ」と笑い声が聞こえた気がした。



 デラグロスに召喚された後はまあ、大方予想通りというか、神様の「ろくでもない国なので逃げた方がいい」という助言に納得しきりの対応だった。

 鑑定で俺に大した力がないと知るやいなや横柄な態度になってたし。

 ステータスは一般人よりやや高いらしいが、飛びぬけて強い奴よりも、自分よりちょっと強い奴の方がライバル的な立ち位置になってしまい煙たがられるんだろう。


 ちなみにスキルは【鑑定】【アイテムボックス】のみ。


 鑑定の魔道具を持ってきた貴族らしき人が言うには、職にあぶれるほど無能でもなく、国を挙げて囲い込むほどの希少性はないそうだ。可もなく不可もなし。さすが神様。いい線狙ってくれたなあ。

 謁見の後、数人の貴族が俺の処遇を話し合っていたが、俺を活用するにあたってポストを奪われる貴族子息への配慮をいかにするかがメインのようだった。

 こちらとしては出ていきたいわけだから、大いに煙たがってもらいたいところだ。

 鑑定はともかく、アイテムボックスで前線への物資搬入なんてさせられちゃたまったもんじゃないからね。

 俺はこの国を出てミイちゃんと楽しく暮らすぞ。

 神様がどうにかするって言ってくれたんだから、ここさえ切り抜ければ会えるはずだ。

 生意気な態度でもとって捨ててもらおうか……と考えていると、ひとりの貴族がこちらを向いた。

 意見がまとまったようだ。


「貴様のような異物を王宮に留めておくのは品位に関わる。よって国外追放を命じる。悪く思うな」


 勝手に呼んでおいて異物と来たか。

 悪く思わないのは無理ですね。でもありがとう。俺もお前らみたいな俗物と関わると心身を損なうよ。

 心の中で悪態をつきながら俺は「はあ」と短く返事をした。


 よかった。とりあえず城を出るという第一関門は達成だ。



 いや……そう順調には行かないらしい。

 国境まで送るという名目で乗せられた馬車は、全方位が木で覆われていて窓もない。

 荷物の運搬用にしては手狭すぎるし、まさに囚人の移送目的といった造りだな。


 容赦なく揺れる荷台の中、尻にダメージを受けながら俺は最悪の事態を予感していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ