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1章 7

瓦礫の街を歩く鴉の足音が静寂の中に響いている。

先ほど医療キットで処置した腹部の痛みに注意を払いながら歩を進める。

ふと風が吹き抜け、どこからか焦げ臭い匂いが微かに漂った。 鴉の視線が遠くを見つめる。


「……くだらない」


冷たい声で呟くが、その表情は微妙に硬い。

ミナ――。彼を刺した少女。

彼女の涙と震える声を思い出した鴉は、わずかに眉をひそめる。


「信じられないなら、最初から近づくなよ」


冷淡な声がさらに低く響く。だが、その言葉には少しだけ後悔が混じっているようにも思える。

鴉は再び視線を瓦礫の街に戻し、足を踏み出した。


「だが、あれで分かった。馴れ合いは死に直結する」


冷たい風が吹き抜け、ミナの記憶は彼の心の奥底にしまい込まれる。

鴉は何もなかったかのように進み続けた。

鴉はバッグを肩に担ぎ、鉄パイプをゆるりと揺らしていた。持ち物の重さを感じることもなく、冷たい風の中を淡々と進む。


「……くだらない争いばかりだ」


そう呟いた鴉の耳に、遠ざかるはずの静寂に紛れて、かすかな足音が混ざる。

彼は歩みを止め、警戒心を露わにその方向に視線を向けた。


瓦礫の隙間から姿を現したのは、やせ細り、ぼろぼろの服を身にまとった一人の少年だった。

怯えきった目で立ち尽くす少年と無言で見つめ合う。


「……誰だ」


鴉の声は冷たく、容赦のない響きだった。 少年は身体を震わせながら、それでも必死に言葉を絞り出す。


「た、助けて……追われてるんだ……」


しばらく鴉は少年の様子を黙って見据えていた。

“追われている”――その時点で、関われば面倒な争いに巻き込まれる可能性が高い。

彼は微かにため息をつき、鉄パイプを肩から下ろす。


「俺を巻き込むつもりなら、ガキでも容赦しない」


その刹那、遠くから複数の影が瓦礫の間に現れた。

数人の男たち。自動小銃を構え、険しい顔でこちらをじっと見据えている。

彼らは少年を追ってきたようだった。


「またくだらねぇ連中か」


肩をすくめながらも、鴉は鉄パイプを握る手に力を込める。

男たちの一人が怒鳴った。


「おい、そいつを渡せ!」


鴉の目が一瞬だけ少年に向く。

少年は鴉を恐れながらも頼るように見上げ、小さく呟いた。


「俺、物資を盗んだんだ……」


鴉は顔色一つ変えず、そのまま問い返す。


「盗んだ?それで追われてるってわけか」


少年はうなずく。そして、すがるように続ける。


「でも、あいつらが先に俺の家族を襲ったんだ。みんなの物を全部、奪って……だから、取り返しただけなんだ」


鴉は無言で追手たちを睨みつけた。


「くだらねぇ。どっちもどっちだな」


男たちは銃をこちらに向けながら叫ぶ。


「そいつが盗んだ物資は俺たちのもんだ!返せ!」


鴉はふいに少年の肩をぐいっと掴むと、そのままひょいと前に押し出した。そして冷ややかに言い放つ。


「その銃、俺に向けてる暇があるなら、先にこのガキ撃てばいいだろ」


静寂の中、鴉の無造作な態度と言葉が、男たちの心にじわりと恐怖を広げていく。


「ほ、本当に撃つぞ……?」


男の一人が強がりながらも声を震わせて言った。

鴉は容赦なく少年をさらに押し出す。


「撃てよ、こいつを撃て」


少年は怯えきった目で鴉を振り返る。だが、鴉の表情には何一つ感情が浮かんでいない。

対峙する男たちは銃を構えつつも明らかに動揺していた。


「おい、お前が撃てよ」

「いや、俺の残弾少ないから、お前が撃て――」


互いに顔を見合わせ、迷いを露わにした次の瞬間、鴉は静かに鉄パイプを握り直し、一気に彼らとの距離を詰めた。


「迷ってる暇あるのか?」


鉄パイプが唸りを上げ、容赦なく振り下ろされる。


メキャッ――!


一人目の男が呻き声もあげず、地面に崩れ落ちた。

鴉は冷たく告げる。


「次は誰だ?」


その声に、男たちの手はさらに激しく震え始める。


グチャッッ! ゴキャッ!!


二人目、三人目。

鴉の動きは淡々として、まるで機械のように迷いがなかった。

周囲に再び静寂が戻る。

少年はその場にへたり込み、震えた手で顔を覆っていた。


鴉は鉄パイプを肩に担ぎ直し、少年を見下ろす。


「俺を巻き込むなら、覚悟くらい決めとけ」


冷たい風が瓦礫の隙間を鋭く吹き抜け、朽ちかけた焚き火の残光がかすかに揺らめいた。

少年はなおもその場で座り込み、嗚咽混じりに顔を覆っている。


「何やってんだよ」


鴉の声は沈着で、冷たく響く。

少年は泥と涙で汚れた顔を上げた。


「ご、ごめんなさい……俺、ただ生きたかっただけで!」


鴉はしばし無言で、少年をじっと見下ろしていた。

その視線の底に、情けも同情も浮かぶことはなかった。


「誰だって生きたいさ。……だが、他人を巻き込むなら、相応の覚悟くらい決めとけ。それすらできないなら、腹括って死んだ方がマシだろ」


言い捨てると、鴉は肩にバッグを担ぎ直し、無造作に歩き出した。


少年はその背中に向かって、声を震わせて叫ぶ。


「お願いだ!置いていかないでくれ!」


鴉の足が止まる。ゆっくりと後ろを振り返ると、その鋭い眼差しが少年を射抜いた。


「俺を頼るな。自分の身は自分で守れ」


少年の顔には、どうしようもない絶望が広がる。

鴉は一瞬、何かを言いかけたようだが、そのまま背を向け、瓦礫の街へと消えていった。


冷たい風だけがあとに残り、ずっと遠くまで吹き抜けていった。



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