1章 4
鴉の足音が瓦礫の間に乾いたリズムを刻む。
冷たい風が廃墟の街を吹き抜け、崩れた建物と瓦礫の山、色を失った空だけが果てしなく広がっていた。
彼は瓦礫をひとつ跨ぎ、ふと足を止める。
遠く、真新しい煙が空へと昇っているのが見えた。
「誰かが燃やしてんのか?」
低く呟きながら、鴉は再び歩き出す。
煙の先には、まだ形をとどめている建物がいくつか残っていた。
「飯の匂いなら歓迎だが……そうじゃなきゃ面倒なことになりそうだな」
周囲を慎重に見渡す。
この世界では、敵と味方を見誤れば命取り。
それが鴉自身の生存を支えてきた鉄則だった。
建物へと近づくにつれ、焦げた香りが鼻孔をかすめる。原因は焚き火だとわかった。
「ちっ、焚き火かよ。期待させやがって」
鴉は鉄パイプを握り直し、壁の影に身を潜める。静かに耳を澄ますと、焚き火を囲む数人の男たちの声が聞こえてきた。
がさつな笑い声。重い足音。
「女は置いてけ」
「楽しませてもらおうじゃねぇか」
下卑た笑い声が、焚き火の明かりの周りでけだるく響く。廃墟に潜む危険は、影だけに限らない。
そんな現実を、彼は忌々しげに見つめていた。
鴉は無言のまま眉をひそめ、鉄パイプをゆっくりと握り直す。
焚き火のオレンジ色の明かりが照らし出すのは、数人の荒くれ者野盗。
その前では、少女が怯えて身を縮め、若い男が血まみれで数人から無慈悲に刺されている最中だった。
「くだらねぇ」
低い呟きが夜気に溶ける。
鴉は瓦礫を蹴飛ばし、堂々と焚き火の前に姿を現した。野盗たちは不意を突かれたように振り返る。
「なんだぁ?お前」
「学ランのガキが俺たちに何の用だ?」
鴉は答えず、ただ鉄パイプを肩にかけたまま無造作に歩み寄る。その態度に、不気味さすら覚えた野盗たちは思わず身構えた。
「おい、何とか言えよ」
一人がナイフをちらつかせ、威嚇する。
鴉はぴたりと立ち止まり、その男をじっと見据えた。
「それ、本気で使えるのか?」
ひやりとする沈黙。
男の顔が引きつる。
そして次の瞬間、鉄パイプがうなりを上げて男の頭に振り下ろされた。
グチャッ!!
脳裏に響く鈍い音と共に、男は地面に沈む。
鴉の鋭い眼差しが次に野盗たちを順に射抜いた。
「次は誰だ?」
その静かな問いかけだけで、残る男たちが後ずさる。
たまらず、一人が叫びながら突っ込んできた。
「ふざけんな!」
だが、鴉はひるむことなく鉄パイプを振るう。
メコッ!!
たった一撃。
男は抵抗も虚しく地面に崩れ落ちた。
「さて、まとめて来いよ」
鴉が挑発すると、残った野盗たちは顔を見合わせ、持ち物も何もかも放り捨てて一目散に逃げていく。
追う価値など、まるでない。
「だから群れる奴は嫌いなんだよ」
独りごとも呆れたように淡々と、吐き捨てる。
鴉は怯える少女の前に歩み寄り、無言のままそっと手を差し出す。
「立てるか」
抑えた声。しかし、その眼差しの奥には微かな優しさが宿っていた。