1章 14
鴉と綿花はあれから行動を共にしていた。
当てもなく物資を探すために、適当に歩いていたふたりは、血や色んなものが焼け焦げた臭いで充満してる濃い区域へ足を踏み入れていた。
倒れて原型を失った人々、乾きかけた赤黒い血、散乱する焼けて溶けた持ち物。
鴉は足を止めて、思わず息を詰める。
「……ひどいな、ここは」
そう呟く鴉の隣で、綿花は何でもないようにあたりを見渡した。死体を避けるときも、特に表情は変わらない。
「うっかり踏んじゃいそう。気をつけよ」
どこか明るい口調すら混じる。
鴉は綿花の様子を横目で見て、不思議そうに首をかしげる。
「お前、怖くないのか」
「うん。血も死体も、今は見ない日なんてないわ」
綿花は、死体の間をひょいひょいと歩いていく。
まるで、ただの障害物を避けるかのように。
「慣れってすごいよね。最初は怖かったんだけど今は何も感じない」
「……意外と肝が据わってるな」
「そうかな?でも臭いはちょっとイヤかな」
綿花は軽く肩をすくめて、また歩き出した。
ふたりの足音だけが、血に染まった路地に響いていた。
それから瓦礫の上を歩きながら、綿花がふと立ち止まって空を見上げた。いつもと同じ、鈍い灰色の空。
「……ねえ、鴉」
「なんだ」
「また、青空が見たいな。世界が終わる前の、本当の空」
鴉は歩を緩め、少しだけ綿花の横顔を見る。
「……そうだな」
「覚えてる?あの日の朝、雲ひとつなくてさ。すごく明るかったんだよね。今でも、あの青さ、忘れられない」
綿花は淡く笑って、鉛色の空を仰ぐ。
「戻らないってわかってる。でも、もう一度だけでいいから、見たいなって思っちゃうんだ」
鴉はしばらく黙っていたが、小さくうなずいた。
「生きていれば、いつか見れる日は必ずくる」
ふたりは黙って並んで歩いていく。
灰色の空の下で、青空の記憶だけが、ふたりの足元に残っていた。