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ノヴァリスの憂うつ〜第一発見者という理由で犯人扱いは解せません〜

掲載日:2026/06/20

「第一発見者、ノヴァリス。この部屋の主人クドュチを殺害した犯人はお前だな」


 部屋の外に群がっていた野次馬の視線がこの一言でわたしに注がれた。

 わたしは大きくため息をついた。



 時は一時間前に遡る。

 小さな古びたアパルトマンの一室を訪れた時だった。

 外は日差しが温かく小春日和の昼下がりで、多くの人が昼ごはんを食べていた。


 わたしは身元保証人から持たされた住所の一つであるアパルトマンを見つけた。

 管理人だと言う初老の女性に声をかけ部屋番号を聞く。


 古びたアパルトマンには小さな中庭があった。

 楓の木は青々と葉が茂り、春に咲く宿根草がピンクや紫と色とりどりの花を咲かせていた。

 

 二階へと上がった角部屋に紹介したい人がいると言われていたので、ノックをした。

 鍵はかかっていなかった。

 ゆっくりドアを開けるとどうか。


 昼下がりの陽光が射す窓には鍵がかかり、窓際には葉のない薄紫の釣り鐘の花びらの花が花瓶に飾られていた。中庭に咲いていた花と一緒のようだ。


 テーブルの上は乱雑に絵の具用の鉱物が転がり、どこで食事をしていたのか不思議なくらい散らかっている。


 床には無数の絵が立て掛けられ、奥にある絵は色彩色豊かな風景画、手前になるほど黄色や緑を使った二色使いの風景画が並んでいた。


 散らかった部屋の中心にヒゲがのび放題の中年男性が一人、上半身裸で青白くなって床に倒れていた。

 

 目を見開き苦悶の表情のまま息絶えていた。

 この亡くなり方はきっと――。


 管理人に状況を伝え、二人の警吏が呼ばれた。


 管理人はことの経緯とこの亡くなった人物のことを説明していた。



 わたしはただ、玄関に立ち竦むしかなかった。

 だってわたしは今日初めてこの国に来て、初対面の人が既に亡くなっていたという事実しかない。

 死因は憶測だが大体分かった。

 あとはご遺体を運び出して終了だと思っていた。


 それがどうだろう。


 年配のコポッヘ警吏は殺人罪という罪状をわたしにぶちかましたのだ。


「どうしてそうなるのでしょう」


 努めて平静を装うが、冗談ではない。

 警吏歴何年の見解なのかと問い詰めたい衝動に駆られた。

 死因が分かれば、わたしが冤罪というのはすぐに分かるだろう。

 大丈夫、ちゃんと調べて貰えれば分かること。


「お前のような異邦人が現れてから死体となって倒れていた。今朝まで元気にしていた被害者に死因は分かるというお前の証言。これらの状況からお前に殺害されたからに決まっている!!」


 被害者って⋯⋯⋯⋯。

 えっ、これって犯人にされようとしているのかしら。

 

「コポッヘ警吏、ちゃんと調べてて下さい」


「では何しにここへ来た?この者との関係性は?」


「わたしは、ただの派遣社員です。わたしの身元保証人からこのお宅ともう一つこちらの下宿先の住所に行くよう言われて⋯⋯紹介で来たんです」


 住所が書かれた紙を二枚渡すと、警吏はわたしの頭の先から足の先を嘗め回すように眺め、頭、胸、腰へとピンポイントでじとりと見てくる。


 この家に辿り着くまでにもいろんな人に仮住まいの住所を尋ね歩くが、同じような反応だった。


 そうだ。


「この街の門番に聞いて下さい。この下宿先の住所を聞き回っていたら、今のあなた方のような反応をしていました。きっと記憶に残っているはずです。わたしにはアリバイがあります!!」



「異邦人の言葉を鵜呑みにできん。まず、署に帰ってゆっくり話しを聞こうじゃないか」


 あっこれ揉み消されるやつなのではと脳裏をよぎる。


「二人きりで」


 なぜ二人きり?

 このコポッヘ警吏、わたしの腰に手をまわしてくる。顔も近いし、なんならやらしい目でこっちを見てくる。

 思わずブルリと悪寒が走り、粟肌になってしまった。


 完全に拒否反応がでた。

 突き飛ばす?殴る?

 いや、殴ったら公務執行妨害で捕まる理由を与えてしまう。



「わたしは今日初めてこの街に来たんです。この方とも初対面ですし!!」


 ウルリと瞳を潤ませ、たじろいだ隙にグイッとコポッヘ警吏の手を外し、間合いをとる。



「先程申し上げた通りです。わたしじゃありません。信じて頂きたいのですが」


「異邦人を信じられるか!!」


「どうして亡くなられたかは察しがついています。これは犯人とかではなく⋯⋯」


「不審死イコール殺人と相場は決まっている!」


 勝手に決めつけられ、わたしも流石に頭に来た。

 まさか酔っ払ってるんじゃないでしょうね。


「違いますって!!」

 ヤケクソで叫んだ時だ。


「何を騒いでいる?」

 

 涼やかな声と一緒に見目麗しい中年男性がその場に割って入ってきた。

 

 一目みて貴族だとわかる出で立ちだった。

 わたし達の一連の様子を見ていたのか、言い合う様子を見て冷静な表情は崩れなかった。


「ロルフォード卿⋯⋯なぜこちらに?」


 コポッヘ警吏がゴクリと生唾を飲み込んだのがわかった。


 ロルフォード卿⋯⋯、聞いたことがある。

 大貴族にも屈せず容赦なく断罪する司法の帝王!裁きは冷酷無慈悲と噂され、国王ですら恐れ慄く人物。

 次期宰相と名高いこの国の重鎮ではないか。


「通りがかりに人だかりが出来ていたのでな。トラブルかと思い来てみたのだ。報告書で読むより実際の現場を見た方が、状況を把握しやすい」


 仮面のような無表情の顔に鋭い眼差しがコポッヘ警吏のテンションを下げさせた。

 蛇に睨まれたカエルのようだ。

 張り詰めた空気へと、がらりと変わった。


 ロルフォード卿は立ったまま状況を確認し事情聴取を始めた。


「なるほど。ノヴァリス嬢は身元保証人からこの国で仕事をするよう言われ二件の住所を渡された。一件は下宿先でもう一件はこの家主。ノヴァリス嬢はなぜこの家主に会いに?」



「身元保証人から彼の絵を見て来いと言われてきました」


「それだけ?」


「はい、それだけです。身元保証人とは旧知の仲だったようで」


「それで、何か分かったのか?」


「ご遺体の死因はもしかしたら⋯⋯という心当たりのあるものでして」


「ロルフォード卿!この娘、死因が分かるということは殺害したと自供したも同然です」


「動機は?コポッヘ警吏、君はなぜこのお嬢さんが犯人だと思ったんだ?」


 コポッヘ警吏は胸を張って声を荒げる。


「この娘は画家の情婦で、迫られて殺した、もしくはこの娘の言うことが事実で派遣社員というならこの男に仕事を頼まれ、腹上死でも狙ったとしか考えられませんな」


 さっきから情婦だとか腹上死だとか、他国から来た人間をそういうやましい目でみないで欲しいんですけど。


 ロルフォード卿はふむと頷く。


「近所の者からは基本家から出ることは少なく客人もあまりなかったとか。アパルトマンの中庭の掃除を日課にし、声をかければ元気そうな顔をしていたそうです。その彼に客人しかも他国から来たという人間が会いにくるのは不自然です」

 もう一人の若いイーマンシ警吏がコポッヘ警吏を援護する。


「つまり、今朝まで健康体の成人男性が不審死を遂げたところをみると、今日他国から来たこの娘は実に怪しいのです」

 コポッヘ警吏はロルフォード卿に詰め寄る。


「争った形跡は?血痕や打撲痕はあったのか?死後硬直が始まった時間とノヴァリス嬢の行動時間と照らし合わせたのか?」


 ロルフォード卿は当たり前のことを確認しているだけなのに、コポッヘ警吏は目を白黒させながら汗が噴き出していた。

 


「いえ⋯⋯ありません。しかし、魔女ということも」


 情婦だとか魔女だとか何を根拠にそんな不確かな情報をいれてくるのか分からない。


 まず犯人と断定する前に確認しないといけないこと、たくさんある気がします。

 

「いい加減にして下さい!!」

 温厚篤実なわたしでも流石に怒りを覚える。


「反抗するということは犯人だと言っているものだぞ!!」


 堪らず反論するとコポッヘ警吏はすかさず上げ足をとってきた。


「閣下」

 ロルフォード卿の部下と思われる制服を来た男性がロルフォード卿に耳打ちする。


「そうか。分かった。コポッヘ警吏、確かにこのお嬢さんは今日来たばかりだ。城壁の門番に確認をとったが、この住所を聞くお嬢さんを確認している。このご遺体の死後硬直は今首回りまできている。大体死後二時間から三時間程だろう。二時間前のお嬢さんは城壁の外だ。どうやって殺せる?」


「それは⋯⋯⋯⋯」


「それに、お嬢さんは死因が分かるのだろう?異邦人というだけで犯人と決めつけるのは尚早。ちゃんと話しを聞こうじゃないか。ノヴァリス嬢、ご遺体の死因はなんだね?」


 ようやくわたしの言葉に耳を傾けてくれる人が現れた。

 わたしはこれ幸いと話し始めた。


「まずは⋯⋯わたしの身元保証人から聞いた話しでは身体は丈夫だけれど精神的に情緒不安定であったとか」


「そうなのか!?」

 コポッヘ警吏は管理人に確認する。


「あっはい。仕事に行き詰まったりストレスが強くなると暴れることがあって。でも中庭の手入れをすると気が紛れるからと言うので中庭はの管理は任せていました」


「なるほど。外見は健康体のようだが、内面の精神的な不安定さはあったのだな」

 ロルフォード卿は頷く。

 

 管理人の話しを聞き、わたしは確信した。


「このお部屋の様子から決して裕福な生活ではなかったでしょう。精神的に不安定な状態を落ち着かせるにはどうしたらいいか。このご様子だと医者にかかるお金はない。だから精神的に落ち着かせる薬効の草花を自分で煎じていたのではないかと」


「煎じていた?」

 ロルフォード卿の眼光が鋭くなった。


「はい」

 わたしは内心ドキドキしながら、平静を装っていた。


「一体何を煎じるというんだ?そんなものこの辺りでは」

「あります」


 コポッヘ警吏の話しを容赦なく遮る。

 コポッヘ警吏にこの事件を処理させてはいけない。

 言われない罪でわたしが罪人になってしまう。

 ならば話しが通じるロルフォード卿がいる今がチャンスだ。


「その窓辺に飾られた花瓶の花をご存知ですか?このアパルトマンの中庭にも植えられていました」


「これかい?」

 ロルフォード卿が窓辺の花を手に取る。

 薄紫に釣り鐘様の花弁を咲かせる花。


「この花はジギタリスです」



「「「ジギタリス?」」」


 皆が一同に声をあげる。



「ジギタリスは本来、強心剤として不整脈などの治療に使われています。一部の地域では精神安定剤として使うこともあります。葉が不自然にちぎられた跡があるので、きっと葉を煎じたのでしょう」


 そう、動悸を押さえるために。


「言われてみれば確かに⋯⋯」


 管理人は心当たりがあるようだった。


 わたしが思うに常々、精神的に不安定な状態を改善するため中庭を手入れするといいつつ自分の治療薬となる植物を植えては育てていたのだろう。


「つまり動悸が起こる度に煎じて飲んでいたのか」

 ロルフォード卿は顎に手をやり思案していた。


「たまたまかもしれんぞ!それを裏付ける証拠はないだろう?検死をすれば分かるだろうが、その場合家族の同意がいる。クドュチ氏は単身だぞ。どうやって証明する?」


 コポッヘ警吏はわたしの思考を遮るように反論する。

 

 検死の承諾がとれないならばと、わたしは負けじと一歩前に出る。


「まずこの絵をご覧下さい」


 イーゼルに立て掛けてある絵を見る。

 霧の中に緑の森と黄色い麦畑が描かれている。

 他に立て掛けられた絵もそうだ。

 緑や鮮やかな黄色を中心に描かれている。

 

「この絵はある年を境に徐々に絵の具が二色使いになっています」


「それが何だ?絵師ならば作風が変わることはよくあることだろう」


 コポッヘ警吏は絵を見て何も感じないようだった。

 ロルフォード卿は絵をじっと睨むように見て首を傾げる。

 絵を見て察することができる人間はこの場にはいないようだ。


「コポッヘ警吏、この黄色い絵を使う作風が多いというのが問題なのです」


「というと?」

 ロルフォード卿はわたしの言葉に反応した。

 そう、わたしの身元保証人が見て来て欲しいと言われた絵。


「ジギタリス中毒は黄視症を発症させるという副作用があります」


 ジギタリス中毒の副作用として出る黄視症は物が黄色く見えたり靄がかって見える。

 作風が変わったのは副作用の影響で視界が変わったからなのだ。


「彼がジギタリスを飲み続けていたから作風が大きく変わったと?」


「はい。絵の裏に描かれた年号からすると三年前からでしょうか」


「では中毒死であり、事件性はないと?」

 ロルフォード卿は顎に手をやり思案していた。


「おそらく」


「嘘だ!!お前が犯人に決まっているだろう!!でまかせだ!!」


「ではお尋ねします。わたしが犯人とするのはなぜか」

 まだ納得しないコポッヘ警吏にわたしは反撃にでる。


「原因不明の不審死の処理があなたには難しかった。検死ができない状況、朝まで元気に生活していた人間の急逝、第一発見者が異邦人となれば、わたしが何かしたのだと結論づけた。これは犯人検挙率を上げ、街の治安を守ったという権威が手に入る絶好のチャンスだった。功を焦り、ろくな事情聴取をしなかったのはあなたの落ち度です。あなたは犯人と思う人間なら誰でもよかったのではないですか?」


「そういえば、もうすぐ実務評価の時期か」

 ロルフォード卿がぼそりと呟く。



 コポッヘ警吏は脂汗を流し力なく項垂れる。


「病歴がなく死因も不明。成人男性が不審死という不可解な現象がコポッヘ警吏には殺人事件と思いこみ、たまたま訪問したお嬢さんを犯人と決めつけたということか」


 コポッヘ警吏はぐうの音も出なかった。


「ノヴァリス嬢に詫びなさい」


 コポッヘ警吏は何か言いたそうに口を開けたが、ロルフォード卿の人を射殺すのではないかと思う鋭い視線に気圧され、力なく床に膝をつき、深々と頭をさげた。


「すまなかった。どうか、どうか許してくれ」

 コポッヘ警吏を見て、ロルフォード卿もわたしに向き直り頭を下げた。


「わたしからも謝罪しよう。他国から来たという偏見もあったのだろう。不快な思いをさせて悪かった」


「誤解がとけたなら、わたしからは何も言うことはありません。コポッヘ警吏、警吏という仕事をわたしは尊敬しています。だから辞職はせず、これからは先入観にとらわれず、いろんな情報から事件の真相を導いてください」


「ロルフォード卿、わたしはこれからどうすれば⋯⋯」


「今回はノヴァリス嬢に免じ不問にしよう。だが次はない。人々の模範になるよう功を焦らず、冤罪をつくらず誠実に客観的に物事を捕らえる努力をするよう」


「はっ」


「ではコポッヘ警吏とイーマンシ警吏はご遺体の安置と事後処理にあたれ。日も落ちてきた。ノヴァリス嬢はお詫びに下宿先まで送ろう。その住所は分かるからわたしの馬車で送ろう」


 馬車に乗り込み、ようやく一息ついた。

 災難な一日だった。


 身元保証人はクドュチさんが孤独死になっていないか心配だったのだろう。

 もし生きていたら中毒症状に気づいて病院へ行くよう説得することを見越して。

 今となっては手遅れになってしまったけれど。

 

 


 無事に身の潔白を晴らせたし、探していた下宿先に送って貰えるなんてラッキーだ。

 早く下宿先に行ってゆっくり身体を休めたい。

 馬車からみる景色はまるで城下を散策するお姫様気分だ。

 

 そう、わたしの憂うつはこれで晴れたはずだった。


 しかし、わたしがこの目的の住所に足を踏み入れることは決してなかった。


***


「高級娼館?」


「あぁ」


 向かい合わせに座るロルフォード卿から衝撃の事実を知らされた。

 まさか、探していた先が娼館だったとは!

 あのクソ身元保証人わたしに何の仕事をさせる気よ!? 


 コポッヘ警吏がやたらとタッチングが多かったり情婦だ腹上死だとか言ってる意味が繋がった。 

 街の人もこの住所を見て、違和感のある視線に変わったのはそういうことだったのか。


「てっきり孤児院か修道院なのかと」


「その身元保証人はなんと?」


「そういえば、色気がないから女の嗜みを学んでこいと」


「⋯⋯⋯⋯」


「やだ、無理!!逃げたい!!」


「なら提案だが、わたしの養女になるか?」


「⋯⋯⋯⋯」


「孤児院にいくつもりだったんだろう?妻も他界し、息子達も独立した。一人子どもが増えても差し支えない」


 後になって後悔した。

 わたしがこの時、イエスと言ってもノーと答えてもわたしの憂うつは変わることはなかったのだと。

※くれぐれもジギタリスを食べたりしないで下さい。


※参考にしたのは有名なゴッホさん。

ジギタリスを服用し黄視症を発症、鮮やかな黄色いひまわりなどはその影響らしい。

処方した医師の人物画にジギタリスが描かれているんですよ。意味深⋯⋯。

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