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流行りだけを追い求めた末路

作者: 麺類




「もっと広い家に住みたいんだ。彼女もできたしさ」


 同居人のトゥライトが同居の解消を求めてきて、ローバストは「ついにか」と思った。


 この国トルアでは魔法による仕事の自動化が進んだおかげで芸術が盛んだ。芸術家の卵は己の作品を印刷屋に持ち寄って画集や本を作り、それを書店に売り込んで自費出版を行う。そしてそれが出版社や貴族の目に留まれば大々的な宣伝の後押しを得て売れっ子街道一直線だ。


「あんまり調子に乗るなよ、トゥライト。いつか痛い目見るぞ」


「なんだ。負け惜しみか? お前はいつまで経っても鳴かず飛ばずだもんなあ」


 売れっ子になって鼻が伸び切ったトゥライトに、無名作家のローバストの言葉は届かなかった。


 トゥライトは短編集を出し、その中の一作品が出版社の目に留まると一躍ヒット。長編化され劇にもなる大人気ぶりを見せた。

 それに味を占めたトゥライトは、民衆に人気のある流行りの作風を真似た短編をたくさん書き、それを再び短編集として出版。その中から一つでも人気作があれば長編化してもう一段稼ぐということを繰り返していた。


「流行りを追うのもいいが、自分を忘れるな。売れるためだけに書くことが楽しいのか? 俺はお前が好きなことを追求した昔の────」


「あーハイハイ、いいからいいから」


 トゥライトはひらひら手を振ってローバストの言葉を遮った。


「やっぱ売れなきゃ意味ないわけよ。好きだけじゃ食べていけねえんだから」


 売れるために流行りを調べるのも大事なことだ。しかし、流行りの題材を扱ったうえで、自分の好きを混ぜ込んで独自の作風にブラッシュアップするのが真の作家と言えるのではないか。

 今のトゥライトの小説には情熱を感じない。何が好きで、何が譲れない芯の部分であるかがわからない。昔の荒削りで最低限のルールもわかっていない文章の方がよっぽど好きだった。


「んじゃ。まあ達者でやれよ。お前もその古臭い頑固な作風やめた方がいいぞ」


 そう言ってトゥライトは高級ブランドの大きな鞄を手に出て行ってしまった。

 床材の剥げたおんぼろの借家に、ローバストのため息が大きく響いた。






 ローバストは前よりさらに安い借家に引っ越した。おんぼろさも割り増しだ。


 トゥライトの作品はまた劇になったらしい。小説のほうは読んだが、読み進めるごとに幻滅していった。流行りに沿って書いている。それだけだ。劇もたいていは2、3ヶ月で公演終了し、まさしく現代らしいスピード消費ぶりだ。

 ある大物作家が似たような流行りの題材で書いた作品は、文の筆致もさることながら最後のどんでん返しから結末への流れがあまりに美しくて感動さえしたものだったのだが。


 ローバストは古典派で、すこし堅苦しくも読み応えのある文章を書くのが好きだ。最近のキャッチーな作品の中では埋もれがちだが、固定のファンは少しずつ増えている。

 好きなものを好きなように書いて、それを人から評価してもらえる。こんなに嬉しいことはない。ローバストはファンから手紙が届くと、ますます創作にのめり込んだ。





「いやあ、ここまで長かったですね。ローバスト先生!」


 若い編集者の男がローバストにそう語りかけた。

 ローバストは人生も半分を過ぎた初老の男性になっていた。


「では先生、なにか一言」


「私が代表作であると自負するこの「竜の夜」が劇になるとは、これほど嬉しいことはありません。願わくばこの先長きにわたって、みなさまに愛される作品になっていってほしいと思います」


 他の作家に比べれば陽の目を浴びるのに時間のかかった遅咲きの作家であったが、ローバストは着実に作品作りに励み、とうとう舞台挨拶の場に呼ばれるまでになった。


 劇ではテイマーを呼び寄せて本物の竜に協力してもらい、魔法は鮮やかな演出を次々と繰り広げる。作者であるローバストでさえ劇には感動した。





「ローバスト!」


 まだ夢心地のまま自宅へのんびり歩いていたローバストは、聞き覚えのある声に振り返った。


「トゥライト……」


 かつての同居人はあの頃の若々しさを失って、ずいぶんとやつれた男になっていた。


「なあ、お前の作品劇になったんだろ!? 流行ってるんだよな? 今はどんな題材が流行りなんだ? 俺は何を書けばいい?」


 老いて時の流れを早いと感じるようになると、次第に人は時代に取り残されていく。老人ほど流行りを知らないものだ。

 トゥライトは若いころこそよかったが、老いていくにつれて生活も時代もめまぐるしく変わり、流行りに追いつけなくなっていった。金を得るためだけの執筆作業はつまらなくて筆が進まなくなっていった。そのくせ、過去の成功を忘れられなくてまだ流行りの小説を書けば売れると信じている。どんなものが流行っているのかすら、もはや把握できていないのに。


「トゥライト。私はお前が昔書いた「船上の夢」が好きだった。てんででたらめな文章だったが、お前が文章を書くことが好きだというその情熱が伝わってきたからだ」


「はぁ……? 「船上の夢」? ……そんなのもあったな。あれはぜんぜん人気出なかったから駄作だろ」


「……残念だよ。お前に好きなものを追い求める矜持は無かったのだな」


 彼は人気かどうかでしか作品の良し悪しを判断できなくなっていた。

 あれからトゥライトがどうしているのか、ローバストは知らない。かつてはその作風に魅せられた男だった。

 もしトゥライトが昔のように己の書きたいものを書きたいように書いてくれるなら、ローバストは援助を惜しまないだろう。いつか書店に彼の本が並ぶことを、ほんのすこしだけ期待した。






 その後、ローバストの作品は人々に長く愛された。代表作の「竜の夜」などの一部作品は子供向けの絵本も作られ、幅広い世代に普及した。多くの貴族子女が通う学園の教科書の中には彼の作品が掲載されている。劇は定番の演目になった。




 ある若い編集者は言った。


「ローバスト先生の作品にはブレがない。これが書きたくて書いたんだ、というのがハッキリわかるんです。僕はいつも小説を読む時、その瞬間に出会うのを楽しみにしています」





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