駆け込み乗船はご遠慮ください
『移民船最終便、間もなく離陸いたします』
役目を終えた人工の星から、最後の船が出る。
『星間航行船は最終となりますが、人工星中央部よりワープ移動も可能です』
あらかたの人々は乗り終え、離陸の瞬間を待っている。
『人工星は役目を終えましたが、星間航行船の特別中継地として維持されます』
百年前には科学調査の最前線だった人工星も、もっと遠くに作られた後進星に役目を譲った。
新しい航路から外れた場所にある人工星は、もしもの時の避難中継地となったのだ。
『主な業務はコンピュータとロボットが請け負いますが、人類の生存に必要な機能は常時維持されます』
ここに残るのは、終の棲家を見定めた技師ぐらい。
『慌てなくても大丈夫です。駆け込み乗船はご遠慮ください。
移民船最終便、間もなく……』
僕は慌てていた、走っていた。
乗る予定だった移民船最終便。
少しだけ、ほんの少しだけ寝坊してしまったのだ。
彼女の言う通り、離陸場近くのカプセルホテルに泊まるべきだった。
だけど、住み慣れた小さな部屋に、最後の晩まで居たかったんだ。
離陸場までのシャトルバスは、既に出発してしまった。
僕は、ありったけの水を、置いて行くつもりだったスクーターに注いだ。
水はタンクに入った瞬間、エネルギーになるべく分解され変換されていく。
そして、エネルギーは満タン。
僕は到着点を、離陸場に設定した。
スクーターは人工星の指示を仰ぎながら、最高速度で道路を爆走する。
既にほとんどの人類は移住してしまった。
ロボットは遠距離移動などしないし、道路はガラ空きだ。
飛ばして飛ばして、やっと着いた離陸場。
閑散としたバイク置き場にスクーターを放置し、慌てて階段を駆け上る。
『……駆け込み乗船はご遠慮ください』
繰り返されるアナウンス。
それを無視するように船に飛び乗る。
直後、扉が閉まった。
『予定の人員が全員乗り込みましたので、ただ今より、離陸いたします』
船は静かに動き出した。
ラウンジへ行ってみると、一人の中年女性がカクテルを飲んでいる。
僕の姿を見つけると、複雑そうな顔をした。
「菊池君」
「手毬」
「間に合ったんだね」
「うん、もう失敗できない」
僕と手毬は、同じ年に、同じ人工星で生まれた。
そして、職種は違うが、同じ最先端の人工星で働くことになった。
ところが、僕は船外作業中の事故で、しばらく宇宙を彷徨うことになった。
運よく運搬船に拾われたが、すぐに元の星には帰れず、そのまま運搬船を手伝うことに。
そして、やっと目指す人工星に戻った時には、ワープの影響で、同じ年生まれの手毬とは十歳の年の差が出来ていた。
それから五年。
僕は三十歳に、手毬は四十歳になった。
僕は手毬に執着したが、手毬は年上になったから、といつも素っ気なくする。
「来なくてもよかったのに」
「今度、離れ離れになったら、もう会えないかもしれない」
「……だから、来なくてもよかったのに」
「手毬」
「どうして、最後の夜に、自分の部屋に居たかったの?」
「手毬との思い出の部屋だから」
手毬は唖然としていた。
思い出と言っても、初めての……とかではない。
ただの幼馴染として、ただの友達として同じ星に来た手毬。
僕が移動直後、酷い時差ボケに苦しんでいた時、手毬がお手製のドリンクを持って来てくれた。それだけの話だ。
小さい頃から、ずっと好きだった女の子が、自分だけのために作ったものを、部屋まで差し入れに来てくれた。
それが、どんなに嬉しいことか、わかるかい?
それからしばらくして事故にあい、まともに付き合ったこともない僕たち。
でもせめて、君の側から離れたくはない。
「馬鹿ね」
そう言って、手毬は僕を抱き締めてくれた。
「もう君の側を離れたくないんだ」
「知ってる。もう、離さないで」
僕らは急いで婚姻届けを出し、カップル用コールドスリープ装置に入った。
万が一の事故にあっても、これなら一緒に逝ける。
「神様、お願いします!」
どこのどんな神様も信じていないくせに、こんな時には神頼みしか残らないのだ。
「そんなことより、キスをして」
可愛い手毬にねだられる。
僕らは三回キスをして、それから二人して装置内のスイッチを押した。