血の復讐
「だ~か~らぁ! さっきから言ってんだろ、全身が黒っぽい服装の男に暴行されたって。アンタら警察だろ? さっさと捕まえてくれよ!」
「そう言われてもねぇ。一緒にいたお友達は見てないんでしょ? くだらない嘘なんかついてないで、帰って真面目に勉強しなさい」
「いや、そうじゃなくって――」
「本官は忙しいの。ほら、帰った帰った」
「――っておい!」
俺は竹内正午。高二の……まぁ不良って奴だ。同じクラスで同類の仲間5人とつるんでる。
遊ぶ金が欲しくてクラスメイトの里見彩音に 援交させようとしたんだけどよ、浮浪者みたいな奴が現れて追い払おうとしたら返り討ちにあっちまった。3対1だってのに情けねぇ話だよなったく。
いや、それはまだいい。問題は仲間2人がボコられた時の記憶を丸っと無くしてやがるところだ。お陰で察へのたれ込みも不発に終わるわ、援交現場に乗り込んで金を巻き上げる作戦も全てパーだ。
「お前ら、いったいどうしちまったんだ? ついさっきの出来事だろうが」
すると仲間2人は互いに顔を見合わせて、呆れたように吐き捨ててくる。
「お前こそどうしたんだよ? 今日は何も決まってなかったろ。――なぁ?」
「ああ。いつもの場所でテキトーにダベるかって話してたよな」
おかしい、やっぱコイツら何も覚えちゃいない。
「それは朝の話だろ。昼休みん時に里見に援交やらせる話になってさっきまで見張りしてただろうがよ」
「だから知らねぇって」
「だいたい肝心の里見だって居ねぇだろ」
「そりゃアイツはさっきのビルで――」
そうだ、里見と魔由子たちはあのビルの中に居たはずだ。
「待ってろ、いま魔由子にも聞いてやるからよ――――クソッ、出やがらねぇ!」
逃げた時にLINEを送って作戦失敗を知らせたはずだ。なのに既読スルーだと? あの女、どこほっつき歩きてやがる。
「こうなりゃ仕方ねぇ、今から全員で俺ん家に集合だ!」
俺は乱暴にスマホを動かし、LINEで全員に流した。里見にも送っちまったが……まぁいいだろう。
「なんだよ正午、いつもの溜まり場じゃダメなのか?」
「いいから付いて来いって!」
「「…………」」
呆れる2人を強引に引っ張り、自宅へと急ぐ。途中で数台のパトカーが後ろから来たのにはビビっちまったが、素通りしてくれてホッとした。てっきり隣街の連中をカツアゲしたのがバレちまったかと思ってよ。
「おい正午、あれ……」
だがホッとしたのも束の間、さっきのパトカーが俺の家の前で止まってやがる。まさかホントにカツアゲがバレたのか?
ともかくこんな状況で帰れるわけがねぇ。
「自宅はマズイな、場所を変え――」
「正午ーーーっ!」
ヤベッ、お袋に見つかった! しかもデケェ声で叫びやがって!
でもってお袋の声で気付いた察が俺たちの方へと走ってくる。
「この中に武内正午君はいるかい?」
「俺……だけど?」
「そうか、キミが……」
「な、なんだよ?」
俺が武内正午だと知るや察の表情が険しくなり、俺を見据えて予想外なことを吐きやがった。
「キミの部屋で佐野魔由子さんが遺体となって発見された」
「はぁ!?」
「詳しい事情を聞きたい。署まで同行願おうか」
き、聞き間違いじゃないよな? 魔由子の遺体がどうのって……。それに俺の部屋に死体で――だと? んなわけあるか!
「どういう事だよ、何だって魔由子が死ななきゃならねぇんだ!」
「それはキミがよく知っているのでは?」
「い、いや、俺は知らねぇよ。だいたい魔由子とはさっきまで一緒にいて――なぁ?」
俺は仲間2人に同意を求めた。が、またしても予想を裏切る台詞が返ってくる。
「だからさ、魔由子たちとは学校で別れただろ? 俺らも別行動してて、正午と合流したのもついさっきじゃねぇか」
「はぁぁぁあ!?」
またしてもすっとんきょうな声をあげてしまった。だっておかしいだろ? 俺たち6人は放課後も一緒だったんだ。その記憶が2人とも無い? あり得ねぇだろ!
俺は思わず仲間の1人に掴みかかろうとする。だがここでも思わぬ反撃が。
「そういえば正午、お前確か魔由子と喧嘩してたよな? すんげ~剣幕で怒鳴ってたのを覚えてんだけどよ」
「お、おい!?」
コイツ、察の前で余計なことを!
「ア、アレはアレだ、ほら、アイツ最近付き合い悪かったからよ、俺の女だって分からせてやろうと思ってよ」
「いや、そのせいで魔由子の奴、正午との付き合いを考え直すとか言い出したんだろ。それでお前が逆上して……」
「――ってことは正午お前……」
仲間の2人からも疑惑の眼差しを向けられ、その横で察の野郎共もキッチリとメモを取ってやがる。
「ふむ、なるほど。動機はあり――っと」
「ま、待てって、俺は関係ね~し! 喧嘩っつっても只の痴話喧嘩だし!」
「その辺りは署で聞くよ。さぁ、パトカーに乗りなさい」
「やめろ、離せ、俺は違う、違うんだーーーーーーっ!」
抵抗する様をギャラリーに見られつつ、俺は警察署へと連行されちまった。
クソガ! いったい全体どうなってやがる? どうして俺がこんな目に! 俺が何したってんだ!
★★★★★
「へへんへっと♪ 見ろよ嬢ちゃん、地域の問題児がクラスメイトを殺害か!? だってよ。さすが新聞社、仕事が早いねぇ」
武内正午はいきり散らしてるヤンキーの1人で、親からも見放されていたと。
ま、そんな奴だからいざ弁明しても誰も信じねぇんだなこれが。
「どうでも良いけど嬢ちゃん呼びは止めてくれる? 普通にキモいから」
クゥ~~~、この辛辣な台詞も魂に響く~~~ぅ!
あ、言っとくけどMじゃねぇぞ? 中傷や罵倒といった負の台詞も俺にとっては糧になるんだ。だから下手なヨイショよりもこっちのが嬉しいってわけよ。
「負の感情全開だなお前。イジメの首謀者の内1人は死亡、1人はタイ~ホ、にも関わらず喜びを表さないとは」
「だって、元々のイジメてきた奴らとは別だから」
「はい? 別ぅ?」
「うん。最初のイジメは幼馴染みのクラスメイト。あの子が好きだった男子に私が告白されたのを切っ掛けに始まったの」
そうだそうだ、そうでしたっと。里見の記憶を読み取った時に幼馴染みの情報も有ったんだ。
そんでもって憎い幼馴染みのお名前は羽賀朱実。特に自分と仲のいいクラスメイトと一緒になって里見をイジメていたらしい。
「その日から私への嫌がらせが始まった。最初のうちは物を隠されたりとか上履きの中に画鋲を入れられたりとかソフトなやつばかりだったけれど、学校の掲示板に根も葉もない事を書かれるくらにエスカレートした。そんな時よ、佐野や武内に誘われたのは。孤立している私を見て、俺たちが護ってやるとか言っても結局はクズな連中だったけれどね」
つまりは野郎を巡ったトライアングル――っと。これまた泥沼な争いの予感!
しっかしクズから逃れた先にもクズがいるとか、世の中クズだらけだなぁおい。ま、俺様としちゃ大歓迎だが。
「そいじゃあその幼馴染みとやらも殺っちゃうか~い?」
「殺ったら私が疑われるでしょ。せめて病院送りで済ませないと」
「殺ることそのものは否定しねぇのな。ますます気に入ったぜ! ところでよ――」
里見がホットミルクを飲んでいるのを横目にテーブルへと視線を移す。そこには朝食と言えるものは一切なく、置かれているのは500という数字が刻まれた通貨のみ。つまりは500円玉だ。
「ソレはなんだ? 今月の小遣いか?」
「小遣いにしては少な過ぎでしょ。小学生じゃあるまいし」
「じゃあヘソクリか?」
「こんなに堂々と出してたらヘソクリにならないでしょ。今日の朝食と昼食よ」
何ぃ!? まさかコイツ……
「通貨を食うのか? そんな記憶は読み取れなかったが」
「…………」
「……バカなのアンタ? 通貨食べるとか人間止めた奴じゃん」
はい、バカで~す! だって俺様人間じゃね~もん。つ~かバカって言ったかコイツゥ!?
「これはね、御飯くらい勝手に食べてろって言われてるのよ。中学の頃から父は他県に単身赴任で、それから少し経ってから母は私を気にかける事が減っていった。化粧に時間をかけるようにもなったし、最近は朝帰りもある。どうせ男と遊んでるんでしょ」
ウォウ!? こいつぁへビィな家庭環境だぜぃ。娘がイジメられてる傍らで自分は浮気ってやつか? そりゃ自殺も考えるわな。俺としちゃ儲けもんだったが。
「けどよ、たった500円で朝と昼は少なくね? そのまま衰弱されたら困るんだが」
「バイトしてるから大丈夫。お金を取られる心配も無くなったし、今後は楽になるよ」
ならいいや。
「そんなことより学校に行かないと。ほら、早くアレやって」
「アレ? 何の話だ?」
「私に憑依するやつ。アレで学校まで連れてってよ」
「ああ、それか。そんじゃあ――」
「――って、ちょっと待てぃ! テメェ、俺は召し使いじゃねぇぞ!?」
「でも有能じゃん。アンタの真似なんか、この世の人間じゃ不可能だし」
「そりゃオメェ、そこらの人間と俺様じゃ比較対象にすらならねぇって」
「うん。だからお願いザデビル、このままだと遅刻しちゃう」
「おう!」
快く承諾した俺様は、里見の中にスッと入り込む。この憑依スキルは契約者を直接護るのに重宝するんだ。
アレ? そういや俺って承諾すんのを躊躇してたような……ま、いっか。
「『へへ、そんじゃあ飛ばすぜぇ~~~と、その前に――』」
家を飛び出て周囲に誰も居ないのを確認する。
「『よし、誰も居ないな。透明化!』」
これは全身を透明化するスキルで、普通の人間にゃ視認できなくなる。
なんで透明化するかって? そりゃもちろん空を飛ぶからよぉ!
シュバ!
地を蹴り、住宅街の屋根から屋根への大ジャンプを披露する。飛行もいいんだが、俺様レベルならジャンプだけで雲を突き抜けるくらいは飛べるからな。
「フフ、凄く気持ちいい。風がこんなに心地好く感じたのは初めてかも」
「『さりげなくメスの顔すんな。性的に襲いたくなるだろうが』」
「……アンタ、契約相手を襲うの? 最低なんだけど」
「『まだ襲ってねぇだろ!』」
「まだってことは、いつかは襲う気でいるんだ?」
「『ダ~~~~~~モゥ! ああ言えばこう言う! 究極の悪魔である俺様を翻弄するとは生意気だぞぅ!』」
「フフ、冗談だよザデビル。窮地を救ってくれたアンタには感謝してるもの」
「『おぅ、崇め立てるくらい感謝するんだぞ! ――って違~~~ぅ! 俺の名前はザ・デビルだ、ザ・デビル! いいか、くっつけんなよ、絶対にくっつけんなよ、分かったか!?」(←フリですか?)
「はいはい」
よ~し、こんだけ念押ししときゃ大丈夫だろ。(←それはどうかな?)
スタッ!
「『へぃとうちゃ~~~く!』」
「うん、ありがと」
飛んできたお陰で余裕で間に合ったな。つっても慌てて駆け込んでくる生徒もチラホラ見えるが。
「キ、キミ、今しがた……とと、とんでもない大ジャンプをしてなかったか?」
「『あ……』」
ヤベッ、教師に見られてたわ。
けど里見の奴は表情1つ変えずに返しやがった。
「気のせいじゃないですか? 私って特に部活は入ってませんし。体育の成績だって5段階中の3ですよ?」
「え!? いや、そんなはずは……」
「それに先生、私を気にしてる暇はないんじゃない? ほら、もう時間が」
「おおっと、こりゃいかん!」
教師は慌てて校門を閉めに行った。ついでに記憶も消しといたし、粘着される心配もないだろう。
ガラ……
「あ、里見さん。――ねぇねぇ聞いた? 武内と佐野さんの話!」
「佐野さんが武内に殺されたらしいよ!? 昨日の夜に武内の自宅にパトカーが来たの、隣のクラスの子が見たんだって!」
「俺の友達も見たらしいぜ? 佐野の両親が武内んとこに怒鳴り込んで、まさに修羅場だったとか」
「里見って佐野たちと仲良かったよな? アイツら揉めてたのか?」
教室に入るなり、例の話で持ちきりだったクラスメイトが集ってくる。そんな中でも里見は冷静に切り返す。
「佐野さん、武内と口論したみたい。内容は知らされてないけど、どうしようって佐野さんから相談は受けてたんだ。こんな事なら真剣に話を聞いてあげれば……」
「じゃあやっぱり!」
「犯人は武内で決まりだな」
納得したクラスメイトたちが他の輪に戻って行く。
いや、それよりも俺は驚いたねぇ。
『お前、とんでもない演技力だな。いったいどんな心境でさっきの台詞を吐き出したんだ?』
『ざまぁって思いながらだけど?』
『いやお前、マジで最高だわ!』
そう感心していた時だった。また別の女子が1人、こちらに近付いてくる。それを見た里見は顔を強張らせ、恐怖と怒りの籠った感情が俺の方にも流れてきたぜ。
「おはよう彩音」
ニヤけ顔でやってきたのは羽賀朱実。来るなり里見の耳元で囁やいた。
「これで後ろ楯はなくなったね? クス♪」
「…………」
立ち去る羽賀の背中を凝視する里見。その視線に籠められているのは怒り、底知れねぇ怒りだ。
『デビル……』
『分かってるって。コイツはどんな刑にするか、今から楽しみだぜ!』