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殴れリリアス  作者: 紅葉
第一章 神殿事件編
3/103

2.『怠惰でぐうたらなリリアス』

 コツコツ、と窓ガラスが叩かれる音で目が覚めた。


 太陽の光が憎い。恨めしい。消えてしまえ。そんなことを思いながらも、寝ぼけ眼をこすってふわりとあくびをする。

 時計は()()()を指している。


「なに……?」


 自室は二階である。朝っぱらから窓ガラスを叩いてくるなんて常識外れにもほどがある。

 窓ガラスを開けると降り立ったのは、黒々としたカラスだった。嘴には新聞。新聞配達の使役獣だ。


 ブラックデッド家相手に人間を使うような愚かな配達業者はいない。昔、新聞配達員が一族の不興を買って肉塊になって戻ってきてからは家にやってくる配達員は全て使役獣になってしまった。

 まったく、困ったものである。


「おつかれさま」


 ふと、カラスの翼に目を向けると一部がボロボロになっていた。たぶん雨風が強い昨日の晩に必死にここまで飛んできたんだろう。


 痛々しくて見ていられない。わたしは心優しい平和主義者であり聖人君子なのだ。……なにやらカラスのつぶらな目がじっとりとこちらを見ているような気がするが、きっと気のせいだろう。


「【代行者たる我が名はブラックデッド 慈悲の祈りよ 彼の者に一筋の雫を】」


 小等魔法【回復】。手のひらをかざすと淡い光が漏れて、カラスの傷に染み込んでいく。


「どうだ、すごいだろ?」


 傷が塞がって見る見るうちにカラスが元気になっていく。やがて翼をばさりと広げて空の向こうに吸い込まれてしまった。


「ちぇっ……お礼もなしかぁ。光り物くらい集めてきてくれてもいいのに」


 聖人君子にあるまじき言葉を呟きながら窓を閉めて、カーテンも引いて完全防備体制に移行する。


 長時間窓を開けていると日差しが入ってくる。長い間引きこもりだったわたしは、日差しを浴びるとくらくらと目眩を起こして倒れてしまう。日焼けなどもってのほかだ。


「ふんふ~ん……新聞新聞……の、これだ! 確か今週のクロスワードに、最新のゲーム機が……」


 熊のぬいぐるみに猫のぬいぐるみ。お気に入りのペンギンの抱きまくらなどを、ベッドのすみに退けて──ダイブっ!

 あー、幸せ。最高っ。

 うつ伏せに寝っ転がって新聞を広げる。


 ──皇帝がまた新しい戦争を始めた。──三大将軍、ドーラ・ブラックデッドが単騎で敵軍主力をなぎ倒した。──りんごとぶどうのパフェがルクセンネリア城下街の喫茶店で限定セール中。──歴代最年少の三大将軍、アリス・ブラックデッドが隣国の王の首を討ち取った。──近年増えている魔物、魔族に対抗するために勇者召喚の儀を行う。──それに付随し、王城にて聖女を募集する。


 新聞には様々なニュースが載っていた。相変わらずブラックデッドの名はあちらこちらで見かける。これがわたしの姉と妹だというのだから恐ろしい。

 血なまぐさい戦争の話題の隣に、クロスワードがあった。懸賞の一等はなんと最新のゲーム機だ。


「ふふっ、戦争なんぞ勝手にやってろ! わたしはこのゲーム機をもらうぞ!」


 高らかに叫び、クロスワードを解くために用意したマジックペンをきゅぽんと抜いた時だった。


「どっせぇええええええいっ!」

「ひやぁああああああああっ!?」


 死ぬかと思った。


 野太い男の声が、わたしの神聖なる領域を侵犯してきたのだ。そのまま衝撃が打ち付けて、自室の扉は粉微塵に破壊され、部屋の反対まで吹き飛ばされる。


 マジックペンが顔にべっとりとついてしまったじゃないか。油性なんだぞ、わたしの美貌になんてことをしてくれる。

 ベッドでエサを取り上げられた猫のように固まったわたしをよそに、のっそのっそと父が部屋に入ってくる。


 見事な黒髪と豊かなヒゲを生やした大柄な紳士服の男、テオラルド・ブラックデッドである。

 数年前、妹に喧嘩を挑んで(まずこの時点で意味分かんない)逆に二回ぶち殺されて、三大将軍の座を妹に渋面で明け渡した負け犬だ。


「父さんな、そろそろ人生に疲れてきたんだ」


 いきなりこの父は何を言い出すんだ。


「だから、ブラックデッド当主の座をリアに譲ろうと思うんだ」

「え、ちょっと……待って! どういうこと? 説明、説明をもっと! 詳しくっ!」

「これから父さんと母さんは隠居するから、ドーラ、おまえ、アリスの三人四脚でがんばってくれ」

「ストップ、ストップ、ストーップっ!」


 三人四脚って真ん中の人かわいそう……いやいや、そういうことではなくて。


「なんでわたしが当主をやらなくちゃいけないのさ! よりによってこんな、バーサーカー一家の!」

「ふむ。リアは引きこもりだろう?」

「……だからなんだよ」

「もうすぐ八年になるか」

「…………だからなんだよ」

「めでたいなぁ」

「だからなんなんだよっ!」


 いい加減にしろよ、クソ親父!


 少しでも父親の自覚があるなら、娘の傷をほじくるのは止めてほしい。

 ……いや、父じゃないのかもしれないのか。


「ちなみにリアの心配していることに関しては、私のほうで調べておいた。橋の下で拾ってきたわけじゃない。おまえは紛れもなく私の娘だ。……だから、安心して受け入れてほしい。私は、おまえの父さんだ」


 ……なんだろう。ちょっぴりうるっと来てしまった。そっか。そうなんだ。

 わたしはちゃんと家族の一員だったんだ……。


「だから、安心して当主の座を継いでほしい」

「うん、うん………………………………うん?」


 感動的な雰囲気に流されそうになったが、待ってほしい。つまるところ、わたしにはこのバーサーカー一族の血が流れていると? そして、こんな家のために身を粉にして働けと?


「そうかそうか、リアならやってくれると思ったよ、ハッハッハ! これで安心して母さんと隠居できるな。そうだ、もう一人作るならやっぱり妹がいいよな」


 一瞬で涙が引っ込んだ。ドライアイになった。


「待ってよ、まだ理由を聞いていないんだけど! 父さん、どうして引きこもりのわたしに当主の座を譲るの? わたし、力もないし魔法もダメダメだし、ドーラ姉さんのほうが……」

「理由……? リアはこの家が好きだから、引きこもっているのだろう? ブラックデッド家を愛している者にこそ当主の座はふさわしいと私は思うぞ」

「なあっ」

「それに、リアはやれば出来る子だと、父さん母さん家族、親族みんな信じているからな! ああ、やれば出来る子だとも。リアは()れば出来る子だ……」


 最後の言葉は、イントネーションが何やら違う気がしたが……。ともかく、これが父、テオラルドである。

 大の子煩悩であり、親バカであり、八年間も引きこもっている娘の可能性(意味深)を最大限に信じている愛すべき父なのだ。


 このままでは、あっという間に父の流れに乗せられて当主の座についてしまう。

 読書とゲームという最大の趣味を奪われて殺人が強制的に趣味になってしまう。


 そのうち、ブラックデッド家に染められたわたしはサディスティックな笑みを浮かべながらムチを片手に逆らった者たちをしばき回るに違いない。変わってしまったわたしの高笑いが聞こえてきそうだ、ああ、恐ろしい。


「どうせ家にいてもやることは何もないだろう?」


 やめてくれ、全引きこもりの急所を突くような言葉は。泣くぞ、泣いてごろごろわめき散らすぞ。


 わたしは打開策を見つけるために、辺りを見渡す。そして、最初に目についたものを引っ掴んで父の目の前に差し出した。


「わ、わたし……これになるから!」

「…………」


 ペンギンの抱きまくらだった。

 慌てて放り投げて、今度こそ新聞を掴む。

 そして、ごろごろしている時に()()()()()()()()()に全ての望みをかけて、叫んだ。


「わたし、聖女になるからっ!」


 ──王城にて聖女を募集する。


 差し出された新聞に目を通した父は、低く唸った。目が鋭くなり、ブラックデッドにふさわしいバーサーカーの側面が見え隠れする。

 すごく怖い。おしっこもれそう。


「わ、わたしみたいに可愛くて綺麗で、それでいて平和主義者にはぴったりな仕事でしょ! わたしは心優しい聖人君子なんだから!」

「武の頂を堅持してきたブラックデッド家が、将軍ではなく聖女として、おまえを王城へ行かせろと?」

「だ、ダメ……?」


 ここはわたし、リリアス・ブラックデッドが生涯(十六年)かけて編み出した必殺技を使う時っ!


 両手を神に祈りを捧げるがごとく真摯に組み合わせ、目線を上げて瞳をうるうると(星を浮かべるようにするのがポイントだぞ!)見つめる。


 背が低く、ブラックデッドにしてはイマイチ迫力がなかったわたしでも──いや、だからこそ効果的な会心の一撃!

 これで落とせなかった人は、妹を除いて他にいない。父などイチコロだろう。

 絶世の美貌を持つわたしに従うといいっ!


 ……従うよな? 頼むからお願い、お願いします。


「──素晴らしい! 何たる()()、そして()()()! 流石、竜の血を分けた私の子にして、ブラックデッドの最高傑作だ!」

「……え?」


 父の喜びように、たまらなく不安を覚える。

 大丈夫だよな? 聖女って人の傷を癒すとか、王城でちやほやされる仕事だよな? 聖女は、殺戮の覇者の言い換えとか、そういうんじゃないよな?


「さあ! 善は急げ、頭より手を動かせ、考える前に殺しておけ! 今すぐ皇帝に取り次いでおこう! リアは支度をすませた後、王城に直接向かうといい!」

「いや、あの……」


 テンションアゲアゲな父を見てわたしは躊躇してしまう。何やら盛大な勘違いをしているような……歯車がまったく噛み合っていないような……?

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