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金色のたま

「ただいま」


返事が返ってくるわけもないのに俺はそう言って部屋に入った。

俺は何事もなく我が家である、ボロアパートに無事帰還できた。


立地条件は災厄。

日当たりは悪く、夏は暑く、冬は寒い。

洗濯物は乾くのに時間がかかるし、壁も薄いから隣の部屋からの声も丸聞こえ。

風呂もついていないので、毎日湯船に浸かることもできない。


強いていいところを上げるなら、安いといったところだろう。

だが、こんなところでも俺にとってはすみ慣れた居心地のいい我が家なのである。

どれだけ豪華でも親戚たちのいるの息が詰まりそうなあの家にいるよりか、数百倍ましだ。


俺は帰るときに、俺を施設に送り届けるために運転していた軍の人からもらった鞄を無造作に置いた。

中身はもらった学校のパンフレットやらもう着れなくなったであろう焼けこげた私服、謎の金の球が入っている。

軍人の人は流のオネェさんから俺が車に乗って帰らないことを聞いていたのか、気を遣って用意してくれたみたいだ。

人ごみや電車の中で肩に金色の球を浮かべているやつは悪目立ちするだろうとのこと。

そこまで考えているなんて大人はさすがだなぁと思った。


俺は軋む床を歩きながらゆっくりと座布団の上に腰を下ろした。

今日はいろんなことがあったなぁと思い返す。


ただ、博物館で昔の友人と遊ぼうとしただけだったのに、火事にあうわ、足が黄金の義足になるわ、疎遠だった友人と再会するわ、異能バトルに巻き込まれるわで、俺が今まで生きてきた常識が根本からひっくり返った気分だぜ。


「常識とは今まで生きてきた偏見のコレクション、か」


「かっこいいね、誰の名言?」


「ん?あぁこれはかの有名なってえ?」


この部屋には俺以外いるはずがない。

隣人の声が壁伝えに聞こえたのだとしてもこんなにはっきりと聞こえるわけがない。

俺は声の下に顔を向けるとそこには男の子が立っていた。


まだ小学生低学年くらいだろうか?

小さい身長に幼い顔立ち。

日本人離れした顔の作りからして明らかに外国人と見て取れる。

目を細めたくなるほどの眩い金髪に瞳孔が開いているんじゃないかと思わせるほどの真っ赤な目。

透き通るような白い肌。


俺の焼けこげた私服をダボダボにきている少年がそこに立っていた。


「誰だ、お前。どこかで見た覚えがあるが?」


「ひどいね。命の恩人に対して言うセリフがそれかい」


言っていることの割には声のトーンは一定で表情も一切かわらない。

少年はトテトテと俺の方に近づくと義足になった黄金の脚に手を添える。


「これ、元は僕の体の一部なんだよ。うまく接合できているみたいで良かった。こんなことしたことなかったからね。運よく僕のアイデンティティーも君の体に複製できてるみたいだし、結果上場」


よしよしと俺の黄金の足を撫でる少年。

まるで小さな天使の様な雰囲気に包み込まれているが。


「つまり何か?お前は俺の足に宿った天使みたいなもんか?」


「全然違うよ」


はい違いました。

無表情のままプルプルと首を横に振る少年。

その愛らしい行動に保護欲とでも言うのか守ってあげたい気持ちになる。


「言ったでしょう?その足は元は僕の一部だって。と言っても僕も自分が何者なのか全て把握しているわけじゃないんだけど。昔、ある理由で体をドロドロに溶かされてなんかよくわかんない金属と融合させられたんだ。で、なんやかんやあって人々の邪な感情を一身に受け止めることになったんだけど、その邪念が溜まりすぎて暴走した結果、さまざまな人間に乗り移って、いろんな悪事をしているうちに邪神とか呼ばれてたんだけど、君が何やかんやで僕を正気に戻してくれたんだ」


「肝心な部分があやふやすぎるだろ。明確にわかっていることはなんだ?」


「僕は君の命の恩人で、君は僕の人生の恩人。さっきから君の肩に浮いていた金色の球それが僕だよ」


そう言うと少年の体は人の形から段々と丸い球体になっていき最終的にはふわふわと浮かぶ金色の球になった。

そうして謎の沈黙の時間が始まる。


「え、説明終わり?なんか喋れよ」


俺がそういうと金色の球はまた形を変えて、少年の姿へと戻っていく。


「あんな、口も何もない状況で話せるわけないだろう。ぷんぷん」


怒った口調で言っている様だが、先ほどから表情も声色も一切動いていない。

すごく精密に作られたお面を被っているようだ。


「お前はスライム、みたいなもんと思えばいいのか?変幻自在に変身できるタイプの」


「スライムってのが何かは知らないけど、変幻自在に変身はできないよ。僕がなれるのは原型である人の姿とさっきの金の球の状態。金の球状態なら伸びたり、分裂したり浮いたりできるみたい」


「みたいって、自分のことじゃないのかよ」


「んーどうだろう。僕自身も自我っていうのが戻ったというかはっきりしたのがついさっきのことだったから。それまではずっと黒い沼みたいな意識の中にいたし」


考え込むポーズをとりながら、無表情で少年はそういった。

なるほど、この世界は俺が思っていた以上に不思議で溢れかえっているんだと納得することにした。


「さっき言ってたアイデンティティー?ってのはなんなんだ」


「アイデンティティーはアイデンティティーだよ。僕の地域じゃあそう呼ばれていたけど、異なった才能ってやつ?稀に生まれてくる進化の過程上あり得ないことができる才能。空を飛んだり、重力を操ったり、僕のようにありとあらゆる環境に『適応』できたりする単純にわかりやすいのもあれば、使用条件が複雑でルールに縛られてはいるもののこの世の秩序を根本から覆す様な物そう言ったものの総称をアイデンティティーって言ってたよ」


「なるほど、簡単に言えば異能力の別の呼び方ってわけか。というか金の球お前のアイデンティティーってのは、『適応』って言ってたけど、それって俺があの燃える炎の中急に息が苦しくなくなったのとかと関係しているのか?」


「もちのろんだよ。『適応』ありとあらゆる環境に順応する。酸素が薄かろうが苦しくなく、体に火がついても火傷することなく、氷付けにされても凍傷になることもなく、宇宙空間ですら防護服なく日常的に生きていける。それが僕のアイデンティティー『適応』だよ。その気が無くても死すらに適応できる。それは流石に多少の条件がいるけどね」


納得がいった。

どうして急にあの炎に焼かれた博物館でどこも以上なしで生きて戻ってこれたのか。

さっき金の球が自分のアイデンティティーが俺にも複製できていると言っていたし、確かに命の恩人ではあるわな。


はぁ、それにしても今日はいろんなことがありすぎて、頭がパンクしそうだ。


「というか、お前名前とかないの?ずっとお前よびか金の球呼びは嫌だろう」


非日常的な会話が続いたから一旦、日常的な会話に移行しようと思い俺は金の球に名前を尋ねた。

こういう時のお約束でまずは君から名乗るべきなんじゃないの?とかは言われず困ったかのように両腕を上げられた。


「名前か、いろんな呼ばれ方されてたけど僕名前ってないな」


「そりゃあ、また不便だな」


「君がつけてよ、僕の名前」


無表情で俺の方を指さしていう。

いや、そんなこと急に言われても困るんだが。


真っ赤な瞳が俺の方を無言でじっと見る。

名付け?俺が?


名前ってどうやってつけるんだ?

ペットも飼ったことないし、俺自身の名前もおそらくノリで親につけられたような名前だし。

字画とか、生まれた日に因むとかそういうのでつける人が多くいるって学校では聞いたことあるけど。


目の前の赤い瞳の少年は今すぐにでもつけてほしいみたいだしな。


苗字は俺の井伊でいいとして、名前か。

明らかに日本人じゃないこの外見に日本人みたいな名前つけてもいいのだろうか。


まぁいっか。初めに浮かび上がったこの金の球と一緒にいて俺が思ったことをそのまま名前につけよう。


「井伊、井伊 心地ここちなんてどうだ?ノリで考えたにしてはいいだろう」


「心地、いいねそれ。じゃあ僕は今日から心地。よろしくね、奴哉」


そう言って俺に飛びつく、心地。

本当にあの金の球が人型になっただけでこんなに人体の様に柔らかくなるのかと思うほど人の肌の感触に人肌の温もりを感じる。


あれ?俺こいつに名前言ったけ?まぁ知っているということは教えたんだろう。

こうして寂しいボロアパートの我が家に一人、金髪の同居人が増えることとなった。


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