死にゆく奴は一体どんな奴だったのか。
燃え盛る豪華の中、俺、井伊 奴哉は今日が自分の命日であるということを悟った。
それは急に起きた。
俺が今いる、歴史博物館。
ゴールデンウィーク中びの今日、俺は数年ぶりの再会となる幼馴染と呼んでもいいのかと思うほどこの数年手紙のやり取りしかしていない幼馴染と約束してこの建物へと足を運んだ。
幼馴染が遅れるという連絡を受け俺は先に博物館の中へと足を運んだ。
歴史ある刀やら甲冑やらのレプリカやら模造刀やら中には古代の秘宝?とか書かれたよくわからん金色の球みたいなのもあった、そんな展示物をを眺めながらのんびりと博物館をぶらついていた。
幼馴染が好きな化石だの恐竜だのの展示物は後で一緒に見ようと思って。
巨大な音と光が俺の鼓膜と視界を支配した。
それが何かしらの爆発音だと気がついたのは意識を取り戻した時であった。
先程まで丁寧に展示されていた展示物は無惨に散らばり、周りは豪華に包まれていた。
朦朧とする意識の中、俺は逃げなければと立ちあがろうとしたが足が動かなかった。
正確には右足が瓦礫の下敷きになっていたのだ。
それに気がついた瞬間、声にならないほどの痛みが全身に駆け回る。
終わった。
俺は仰向けのままその場で寝っ転がった。
あとは救助の人が助けてくれることだけを祈ろう。
炎の勢いは先ほどよりも威力を増し、酸素濃度が減っていっているのかぼーっとしてきた。
意識があったまま焼け死ぬよりはマシか、なんて考えてしまう。
働かない頭にフラッシュバックのように過去の映像が頭に流れてくる。
こういうのなんだっけ?そうだ走馬灯っていうんだっけ?なっつかしいな。
ついでに俺が物心着く前に俺を見捨てた両親の顔を拝んでみたいぜ。
いろんな家を盥回しにされた幼少期だったな。
結構な数、転校、転入を繰り返したから交友関係は広く浅くが基本だったな。
謎に幼馴染のあいつだけは手紙のやり取りがずっと続いたが、遊ぶ機会なんてまったくなかった。
中学になってボロいアパートに押し込められた。
ボロいし狭いしカビ臭いし、でも俺にできた初めてくつろげる居場所だった。
ようやくできた自分の家だった。
その頃になって初めて交友関係の深い友人が一人、いやニ人もできた。
楽しかったな、初めてだった部活も休日に誰かと遊ぶのも。
まぁ、男二人、女一人でその女子が中学生に似つかわしくないほどの美人さんとなれば恋心とかも芽生えるわけでよく男友達から恋愛相談を受けていた。
相談といっても特に俺からアドバイスできるわけもなくただ聞き役に徹するだけだったが。
ある日、女子の両親に呼び出されてこれ以上娘と関わらないでくれと頼まれた。
理由は言えないと言われたがおそらく名家のご令嬢の友人に俺みたいな男がいるとダメなのだろう。
俺は勝手に自分でそう納得し、女子から距離をとった。
向こうは俺と関わろうとするが俺が意図的に避けているのを察したのか両親から何か言われたのかわからないが必要最低限の会話以外することはなく、ギクシャクとした気持ちのまま俺たちは中学を卒業した。
ニ人は同じ私立の聞いたことのない高校にスカウトされた。
どういった理由なのかは知らんけどな。
スカウトもされず私立に行く金がない俺は無難な公立高校へと進学した。
高校に入学して一ヶ月、慣れない環境だが何とかクラスのグループもできてきてこれから友達になれるかも?とか思っているやつも数人できた頃に入ったゴールデンウィーク。
そして今日博物館にて何かしらの爆発に巻き込まれて俺は死にかけている。
こんなもんだったか俺の人生。
仰向けになりながら涙を流す。
やだなぁ、死にたくないなぁ。
俺こんなやつで終わりたくなかったなぁ。
もう何も考えられないほどに薄れゆく意識の中、ふと何かが手にあたる感触があった。
それは展示されていた金色の球だった。
はじめ見た時は何の下ネタだよと思ったが何を思ったが俺はそれをゆっくりと胸に抱き寄せた。
無意識だったし、体が勝手に動いた。
何か心臓に流れてくる気がする。
なんだ、これは?
負の感情とデモ言うべきだろうか?
決して気持ちのいいものではないしこれは俺が今思っている感情でもない。
何に対して怒ってる?何に対して嫉妬している?何にそんな不満を抱いている。
この金の玉からなのかよくわからないが、ちょうどよかったじゃん。
何かしらに不満を抱いているならここに今死にかけの都合のいい奴がいるから、そいつに全てぶちまけちまいな。
俺、どんな話でも誰かの話聞くの好きだからさ。
声にならない、いや思いにならない思いが心臓から全身に駆け回る。
ヘドロ如くドロドロとした負の感情。
なるほど、なるほど、それは苦しかった、辛かった、なんて軽々しくは言わないさ。
さっきの走馬灯のような幻聴で、幻覚かもしれない。
それでもよかった、一人寂しく人生に幕を閉じるなんて真っ平ごめんだから、誰かと死にたいわけじゃないけど誰かに一緒にいてほしい、それが得体の知れない物体だとしても。
その時間は永遠のように感じた。
不快感が全身を駆け回ったが俺はそれを全て受け止めた。
受け止めたというより、ただその負の感情に身を任せたといってもいい。
ただ、何もせず怨念の声に耳を傾けた。
気がつけば不快感はなくなり、見たこともない真っ白な空間に俺はいた。
ここが天国?
もう暑さも息苦しさも痛みさえも感じない。
こんなあっけなく、終わるもんなんだな人生って。
何もない真っ白な空間、しかし目の前に小さな小さな男の子が泣いていた。
なんだ?あれが天使か?それとも神様?
輪郭もはっきりせずぼやけた視界でそのこが男の子だということだけが何となくわかる。
あぁ、わかった。最近流行りの異世界転生ってやつか。
これからチートもらって異世界で無双するってか。
もし生まれ変わるなら、あたたかい家庭にでも生まれたいもんだぜ。
何つってな、そんなご都合主義、俺には似合わない。
それにしても、何で泣いているのだろうか。
男の子に声をかけようとしても、声が出ない。
手足の感覚もないし、自我も曖昧である。
ろくな意識もなく、ただそっと男の子に俺は近づけたようだ。
俺はその子を抱きしめてあげる。
大丈夫、大丈夫だよと。昔、自分がそうしてもらいたかったように俺は感覚のない両手で頭を撫でてあげる。
一瞬、だったかも知れないし長いことそうしていたのかも知れない、男の子が泣き止む。
ボヤのかかった視界でもわかるほどの赤色の瞳に黄金の髪色。
眩しくて目が潰れちまいそうだぜ。
男の子が何かボソボソと呟くが全く聞き取れない。
すまないな、君が何者なのか全くわからないがもう死んじまった俺にはこれくらいしかできないんだ。
できればもっと生きて、やりたいことたくさんあったんだけどな。
男の子はそっと、瓦礫で潰れた方の右足に手を触れるとその足をゆっくりと抱きしめる。
いや、潰れた足の部分には黒い靄がかかっており、俺から切り離されたようであった。
その黒いモヤを男の子は抱きしめる。
何がしたいんだ、と思ったが俺は体の自由が効くわけではないので無抵抗のままである。
男の子は大切なもののようにギュッとそのモヤを抱きしめる。
その瞬間、俺の保っていた意識は急激に薄れていく。
完全にこれは終わったな。
そう悟った俺は、人生最後の言葉を口にする。
目の前のよくわからん男の子に。
幻想か、お迎えの天使か、はたまた俺の魂を刈り取りに来た悪魔かわからんがその子にひとつ尋ねた。
「君から見た俺はどんな奴かな?」
言葉になっているかも危ういその質問に男の子はで答えてくれた。
「僕を救ってくれた、いいやつ、かな?」
ぼやけている視界の中そのこの少し疑問じみた黄金の笑顔。
なるほど、そいつは俺に対してぴったりな答えだ。
俺の名前、いいやつかな、って言うんだぜ。
救ったつもりなんてこれっぽっちもなかったが最後の最後、寂しいという感情とは無縁で死んでいけるのは、俺がいいやつだったからに違いない。
俺の意識は完全に途切れた。