芳山教授の日々道楽「電話屋」
芳山教授の日々道楽「電話屋」
ジリリリリーン、
ジリリリリーン、
我が家の黒電話が鳴っている。
漆黒のボディーに滑らか曲線。丸いダイヤルに時計状に示された数字たち。最新インダストリアルデザインにも引けを取らない秀逸なセンス。
電話という物とはこうでなくてはいけない。そういうものだ。
骨董品的品物だが、我が家では現役だ。
今日も、黒光りしたボディがベンツの様な貴賓を醸し出している。
ゆっくりと回るダイヤルが、一瞬、時を止め、戻るまでの時間で、相手への思いを叙情的な感情で味わせてくれる。
そこで一句、
「秋の夜の 鈴虫の様なベルの音 耳をすます我一人」
お粗末。
ジリリリリーン、ジリリリリーン、
ジリリリリリーン、
しつこいな、
ガチャ、
「はい、芳山だが」
「やっとでた。芳山先生ですね」
「ああっ、」
「せっかく、秋の夜の鈴虫のような音色に、聞き入っていたのに」
「えっ?」
「文芸親社の笹野ですが、」
「ああ、笹野君」
「先生の携帯、ずっと掛けていますが繋がりませんよ、『お客様の都合により通話出来ません』となっています」
「そうか?見てみよう」
ガラケーを出す。
「あー、電源が切れている。すまん、充電しとくよ」
「よろしくお願いします」
「ああ」
つい、さっき充電してた様な?
まあ、いい、
カチャ、ガラケーを充電する。
1時間経つ、
……まだ、充電中、
2時間経つ、
……まだ、充電中、
5時間経つ、
……まだ、充電中、
どうしたんだ、一体!
振ってみる。
……無反応、
叩いてみる。
ガン、
画面が消えた…
電話屋へ行く。
「お客様、本日はご予約はなされましたか?」
「いや、していないが」
「では、こちらにお名前をお書きして、少々お待ちください」
椅子に腰掛ける。店内を見回す。
数人が相談中だ。待っている人も2、3人いる。
私は待つのは嫌いではない。
待つ間、今後起きる色々なでき事を想像するのが楽しいからだ。
たまに、想像もつかない事も起きるが…
私の番が来た。
「お待たせしました」
「本日は、どの様なご用件ですか?」
「あー、ガラケーの電源が着かない。充電しても、すぐ切れる」
「そうですか」
「少々、携帯電話をお貸し下さい」
何やら、ガラケーと機械を線で繋いでいる。
「お客様、この携帯電話はバッテリーが劣化しておりますね。寿命が来ております」
「バッテリーの交換が必要ですね」
「この機種は、もう、バッテリーの生産が終了しております。在庫もありません。新らしい機種へのご買い替えをお勧めします」
なぬ!
私の愛用のガラケーが寿命?
「本当か、私が振ったからじゃないのか?」
「いいえ」
「私が叩いたからじゃないのか?」
「いいえ、」
「私が机にぶつけたからじゃないのか?」
「いいえ、寿命です!」(力強く)
うーん、
日頃、私はスマホは嫌いだと豪語している。そんな私が、急にスマホを持ったらどうなるだろう?
何とポリシーの無い男だと思われてしまう。ダンディーで通っている私のイメージが崩れてしまう。
困った、
「お客様、どっちにしろ、あと数年でガラケーは使えなくなりますよ。今が、替え時のチャンスではないでしょうか」(笑顔)
「いいですよスマホは、便利ですし」
実は、スマホの便利さは知っている。ただ、嫌いだと言い続けていたのがまずかった。こんな世の中になるなんて、想定していなかった。後悔、
うーん、
「こちらのスマホは、どうでしょう」
「お客様ぐらいの年齢の方には、お勧めですよ」
店員が、数台のスマホを見せる。
ボディーがでかい。文字もでかい。
思いっきりスマホだ!
「どうですか、お客様?」
「う〜ん、スマホっぽくないスマホはないか」
「スマホっぽくないスマホ?」戸惑いの顔。
「そう、スマホっぽくないスマホ…」
「ありません!」力強く答える店員。
うーん、
学生はiPhoneと言うものを持っている。実は、ちょっと興味がある。なんか、カッコイイ。どうせ買うなら、あれが…欲しい。
しかし、言えない。
「どうでしょう、お客様」笑顔。
「i……を見せてくれ」(小声)
「えっ、何ですか?」
「iPho……neが」(小声)
「えっ何ですか?」
「iPhone…がいいな」(小声)
「iPhoneですか!」(大声)
ザザッ、他の客が一斉に二人を見る。
「大きい声で言うな、恥ずかしい」赤くなる。
店員、驚きの顔。
「iPhoneは若者向けですよ、お客様にはラクラクホンがお勧めです」
「いや〜あの〜」
「難しいですよ、iPhoneは」
「いや〜あの〜」
「使えませんよ、iPhoneは!」
「いや〜あの〜」
「iPhoneは、無理です!」
何か、腹が立つ。
私を年寄り扱いしているな。何歳だと思っているんだ。まだ、65歳だ。まだまだ元気だ、現役だ!
iPhoneなどラクラク使える…はず。
私の年齢でもiPhoneを使っている者はたくさんいるはずだ。
「ラクラクホンがお勧めですよ〜」
ラクラクホンを目の前にかざす店員。
「iPhoneが…」
「悪い事は言いませんよ、ラクラクホンがお勧めですよ〜」
ササッ、色違いのラクラクホンを出す。赤、黄色、緑、青、
「いや、iPhoneが…」
「ラクラクホンが、お勧めですよ〜」
「iPhoneが…」
「ラクラクホンが〜」
「iPhone」
「ラクラク」
「iPhone、」
「ラクラク、」
「iPhoneーーー!」
「ラクラクーーー!」
ええい、面倒くさい、
「ラクラクiPhoneはないのか?」
……
……
「無いです!」笑顔。
結局、ラクラクホンを買ってしまった。
まあ、いい。
しばらく秘密で使おう、バレない様に。
一つ願い事がある。
Appleさん、
ラクラクiPhoneを作ってくれ、次の買い替えまでに間に合うように、
私のような、スマホ初心者のために頑張ってくれ、Apple!
帰り道、握りしめるラクラクホンは、
紅葉のような、
リンゴ色だった……