プロローグ
注意!
カクヨムでも連載しています。
今日のわたしは気分がいい。
独立して初の大型案件を受注したのだ。
『これを足掛かりに、国家プロジェクトに食い込んでやる。』
なじみの居酒屋で祝杯を挙げ、ほろ酔い気分で帰宅したのである。
スーツを脱ぎシャワーを浴びてベットに寝っ転がるのが気持ちイイ!
明日からの大型連休は何をしようかと、心膨らませながら寝落ちした。
――Zzz――
次にわたし『シキブ・タカシ』が目が覚めた時は、羊水に満たされたタンクの中だった。
――やがて”チーン”と機械音が聞こえ、タンク内の羊水が排出され扉がひらいた。
タカシは上体を起こし周囲を見渡すと、ボンヤリした意識がハッキリしてきた。
……おそらく、なにかの研究施設だと直感した。
そのまま下を見ると、至高の狂笑みを浮かべた白衣姿のオッサンが死んでいた。
「お目覚めになりましたか?ご主人様」
なんとも心地よい声色と、セミロングの灰金髪と瑠璃色の瞳が魅力的な女性がスッと現れた。
タカシは失礼かな?と思いつつ、目の前の女性をマジマジと見る。
――年齢は20代前半、白衣の上からでもわかる、健康的で熟れた肉体と上品な物腰は、控えめにいって美人である。……ウソ臭いほどの美人だ。――
タカシは不信感を営業スマイルで隠しながら話しかけた。
「すいませんが、あなたの名前を教えてくれますか?」
タカシは目の前の女性に運命的なモノを感じ、『ここはどこ?』でなく『あなたは誰?』と聞いてしまった。
「失礼いたしました、ご主人様。私の名はアイリスと申します。」
アイリスは微笑みながら答えてくれた。
「アイリスさんですね。……わたしはシキブ・タカシといいます。」
「……シキブ・タカシ様ですか?」
アイリスは怪訝な表情で私を見つめる…。
「なにか、おかしなことでも?」
「いえ、そのようなプログラミングはなされていないはずですが……」
「プログラム?……どういう意味ですか??」
タカシは動揺を隠すため、わざと聞き返した。
「そうですね……」
アイリスは、タカシの身に起こった事について説明してくれた。
足元で死んでいる狂的科学者(名前は割愛)は究極の生命体を生み出すための研究をしていて、アイリスはその過程で助手兼メイドとして生まれたそうだ。
……ただ魄(遺伝子を含む肉体の事らしい)の生成は実現しても、魂(感情とか意識といったモノの事らしい)の生成ができずに苦悩していたそうだ。
そして、今しがた魂が生成されたことに狂喜乱舞し、興奮しすぎて悶死したそうだ。
『……わたしの場合は《《生成》》されたわけではないんだが、……まぁ、それを口にするのはいまさらだな。……まてよ?アイリスさんはどうなんだ??』
タカシは気になったのでアイリスに質問する。
「すると、アイリスさんに魂はないのですか?」
アイリスはタカシの質問にニコっと笑って答える。
「はい。私は外部の刺激に対して反応しているだけです。……博士によれば哲学的ゾンビだそうです。――もちろん、それを証明することは不可能でしょうが。」
タカシは自分のいた世界より、遥かに進んだテクノロジーに驚いた。
『つまりアイリスさんは、人造人間みたいなものなんだ。……なら、この容姿も納得できるな……』
タカシは、改めてアイリスをまじまじと見つめる。
「たしかに。……いわれても信じられませんよ」
「恐縮です。ご主人様。」
どうやら、タカシは究極の生命体に転生?したようだ。……まさか自分が転生モノを体験するとは思わなかったが……。
「ところでご主人様。お召し物をご用意します。」
アイリスに言われてタカシは素っ裸であることに気づく。おまけに羊水まみれで気持ち悪い。
「///。よろしくお願いします。……あと風呂と食事もお願いします。」
いまいち理解できていないが――。取りあえず、今後のことはサッパリしてメシを食ってから考えよう。
「それでは、バスルームにご案内します。ご主人様。」
タカシはアイリスに案内されてバスルームに向かった。
「アイリスさん。わたしのことはご主人様でなくタカシと呼んでください。」
「?……承知しましたタカシさま。それと、私のことは呼び捨てでどうぞ。」
タカシはシャワーでこびり付いた羊水を洗い流し、アイリスに服を着せてもらった。(自分で着れるといったが拒否された)。
そのあとは夕食となったのだが、食に興味がなかった前主人のせいで、内容は残念なものであった。
『料理については今後の課題だな……』
夕食が終わり、タカシは客室に案内されるとベットにもぐり込み自分の状況を整理した。
まず、元の世界の自分とは容姿も年も違うことにショックを受けた。
――年齢は20代前半で人種不明の整った顔立ちに、ギリシャやローマだかの彫刻のような肉体は成るほど、究極の生命体にふさわしいのかもしれない。――
これは後で実感したのだが……、この体はハイスペックすぎて、今でも持て余している。
さすがに空を飛んだりビームを出したりはできないが……ひょっとしたら秘められた能力とかもあるかもしれない。
――翌日――
8時頃にアイリスが起こしに来たので、身支度を整え食堂で朝食を摂る。……シリアルだが。
タカシは朝食後のコーヒーを応接室で堪能(これは100点だ)しながら、卓上PCを操り、この島と世界情勢ついて調べている。
――イスラリカ――
太平洋に浮かぶ、キューバ島ほどの面積を持つ国連の信託統治領で、スペイン語の『裕福な島』が正式名称である。しかし、『カース・アイランド』の俗称で定着している。……その由来は、領有を試みた国家を不幸のどん底に叩き落したからだ。
結果、今ではあらゆる勢力の干渉を受けず、世界中の富の中継地として国際社会に不可欠な存在である。
しかし、光があれば闇もある。……つまり、地下経済はそれ以上に盛んであり、島民すべてが関わっていると噂されるほどである。
――表経済と裏経済の汽水域がこの島の本性である。――
このため、よく問題にされるが、税務署に申告する義務が生じない資金を得るには最適なので、そういった指摘は礼儀正しく無視されている……。
『……つまり、立ち回りかた次第では成功を掴むことができそうだ。』
外の世界が安定するのは、しばらくなさそうだし、……そう考えれば悪くないスタートだと思うタカシである。
『……ただ、スペイン領でもないのにスペイン語由来の地名が多いのはなぜだろう?それと、50年前以前の記録が全くないのと、頻発する怪異との関係も気になるな……。』
しばらくして、後片付けを終えてたアイリスが居間に戻ってくる。
「タカシさま。コーヒーのお代わりはいかがなさいますか?」
「うん?……もらいます、アイリス。」
アイリスは優雅な手つきで、タカシのカップにコーヒーを注ぐ。
「……ところで、タカシさま。一つ大事なことがあります。」
「なんですか?アイリス。」
タカシはコーヒーを一口飲み、アイリスの瞳を見つめながら聞き返す。
アイリスは見つめ返しながら衝撃の一言を発した。
「――この屋敷は研究費用捻出のために抵当に入っており、今週中の立ち退きを命じられています。」
タカシはコーヒーを吹きかけた。
「本当ですか?」
「本当です。」
これが、半年前の出来事である。