小児病棟のChristmas
24時間、365日。今日も誰かの命を救うために日夜働く人がいる。壁も床も、天井すらも清潔を思わせる白が続いている。病院特有の消毒液のにおいが充満している廊下を進むと今までとはまた違ったフロアにたどり着く。
そこは温かみを感じさせるオレンジ色の壁、天井には星が散りばめられた壁紙が張られていた。この空間にも消毒液のにおいが漂っており、ここも病院だということを思い知らされる。
そうここは、小児病棟。様々な疾病を抱えた子どもたちが入院治療を行う場所である。
11月下旬になり、街はクリスマスの準備を始めだした頃。このいつもと変わらない殺風景な閉鎖空間にもクリスマスが訪れようとしていた。
「それでは、12月に向けてのカンファレンスを始めます。今回、司会進行を務めさせていただきます、看護師長の戸田です。よろしくお願いします」
年配の女性特有の凛とした声が会議室に響く。
彼女の進行により、カンファレンスは滞りなく終わった。
「これで予定されていた議題は終了となりますが、ほかに気になることがある方はいますか?」
「あの、1つよろしいでしょうか……?」
彼女の問いかけに反応したのは、今年入ったばかりの新人看護師菊池だった。
「菊池さん、どうぞ?」
「はい! あのですね、院内でクリスマス会を行うのはどうでしょうか?」
菊池の発言にカンファレンスの参加者は顔を見合わせ、そこかしこで話し合い始める。室内がざわついていく中、菊池はノートを胸に抱え周りの様子を窺っていた。次第に大きくなっていく喧騒に堪え切れなくなった菊池が口を開こうとしたその時、
「皆さん、お静かに」
会議室に戸田の声が響き渡った。すると先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返る。そこにいる全員の視線を受けながらも臆することなく佇む戸田は、室内をゆっくり見渡すと、菊池へと視線を移した。
「菊池さん、貴女の発言は何か考えがあってこそのものだと思います。まずは貴女の思いを聞かせていただけますか? 皆さんも、決定はそれからでもいいとは思いませんか?」
戸田の言い分はもっともなもので、「聞くだけなら……」「クリスマス会なんてできるのかしら?」と皆の反応は様々だった。それでも何か思うところはあるようで、菊池の案に耳を傾けることにしたらしい。
「あ、あの……、ありがとうございます! では皆さん、これを見てください」
戸田の言葉に勇気づけられ、菊池はノートを広げる。
皆が菊池のノートを覗き込むと、そこには隣県の小児病棟の取り組みが纏められていた。それだけでなく所々に「できそう?」「難しそう?」と書かれた付箋が張られている。
「これは隣県の小児病棟の取り組みなので、ほんの一例なのですが……」
菊池はノートの1点を指差す。
「ここを見てください。クリスマスに医師や看護師が、サンタやトナカイの格好に扮して子どもたちと関わるんです。これなら、できそうだとは思いませんか?」
そこにはその時の写真と思われる画像があり、サンタ姿の男性と入院患者と思われるベッドの上に座る笑顔の女の子がいた。
「入院治療を必要とする子どもたちは、確かに患者さんです。でも彼らは、患者である前に子どもなんです。年相応の笑顔になることができるんです」
さらに菊池はノートの間から紙切れを取り出した。それはメモのようで中を見ると、
サンタさんへ
まゆはいいこです。せんせいや、かんごしさんのいうことをきいて、がんばっています。だからくまさんのぬいぐるみがほしいです。おねがいします。
まゆより
と書かれていた。
「305号室に入院中の浅野真由さんがサンタクロースに宛てた手紙です。これを見て何か思いませんか? 彼女はサンタクロースを信じています」
皆がその手紙を読んで押し黙る。
「やってみませんか? 僕たちにどこまで出来るのかは分かりませんが……」
そんな中、控えめな声が上がる。声の主はこの病院でメディカルソーシャルワーカーとして働く相川だった。彼は医療職ではなく相談職という立場のため、患者や家族が抱える不安や問題といった悩み事を聞き、解決へ向けた援助を行っている。また職種上、患者の立場を考えた上で発言をすることが多く、医療職とも連携をすることがある。その彼が「やってみないか?」と賛成の声を上げたのだ。
「菊池さんが見つけてきた取り組み、この全てを行う必要はありません。僕たちにできる範囲で、子どもたちを笑顔にすることはできると思います」
相川の発言を聞いた皆は、それぞれ考える素振りを見せる。
「子どもたちにとって、楽しいイベントがあるということは生きることの活力にも繋がると僕は思います。皆さんはどうですか?」
皆の様子を見た菊池は、相川の言葉に続くように話し始めた。
「私は昨夜、浅野さんのイブニングケアを行いました。その際彼女は、『いい子にしてても、病院は自分の家じゃないからサンタは来ないんだ』ということを悲しそうに話していました」
菊池は一度言葉を切ると、深く息を吸い、
「私は、子どもたちの命を救いたいと思い看護師になったんです。夢を持った子どもたちの未来を守りたいんです」
菊池の言葉は会議室に静かに響き渡る。その顔は真剣そのもので、菊池が本気で子どもたちのことを考えていることは確かだった。
「あなたがそこまで言うなら、私たちは協力するわ。患者さんのことを考えているのはあなただけじゃないもの」
菊池の思いを聞き、賛成の声を上げたのは看護師たちだった。彼女たちに続くかのように、各職種から賛成の声が上がる。
「では『皆さん』は、菊池さんのクリスマスを行うという案に賛成ということでよろしいのですね?」
成り行きを見守っていた戸田の言葉に、その場にいたほぼ全員が首を縦に振る。そして戸田は医師たちを見つめ、
「先生方はどうなさいますか?」
問いかけられた医師たちは顔を見合わせ、中央にいる古株である黒須に視線を集中させる。
「一ついいかね?」
皆の視線を浴びている黒須が静かに口を開いた。
「クリスマスを行ったとして、それは我々の負担が増えるということではないのかな? 菊池さんはそこを見越したうえで提案しているのかな?」
「黒須先生、お言葉ですが。私は負担を増やすために提案しているわけではありません。子どもたちのことを考えたうえで提案しています」
「ふむ……」
菊池の意思を確認すると、黒須は目をつむり腕組みをする。どうやら考えているようだ。皆が固唾を飲んで見守る中、黒須はゆっくりと目を開くと、菊池を視界に捉えまっすぐに向き直る。
「日々の業務を疎かにしないことが条件だ」
会議室がしんと静まり返った。
「黒須先生、それはクリスマスを行うことについて賛成された。と捉えてもよろしいのでしょうか?」
相川は喜びのあまり口をパクパクさせるだけの菊池に代わり黒須に尋ねる。
「あぁ、協力できることがあるのならば言ってくれ。できるものだけ、でもいいのだろう?」
「く、く、黒須先生! あの、あああ、ありがとうございます!」
我に返った菊池の反応に、黒須は口元に僅かな笑みを見せる。
「菊池さん、何かあれば私たち医師にも言ってくれ。私たちも患者である子どもを守りたいという気持ちはあるんだ」
そう言うと黒須は立ち上がり、部屋を後にしようとする。
「カンファレンスはまだ終わってはおりませんよ?」 戸田の言葉にぴたりと足を止めた黒須は、皆を振り返り楽しそうに笑う。
「医師は何かと忙しいのだよ。それにクリスマスはそちらで話し合ってもらった方が早いだろうからな」
そう言い残すと今度こそ部屋から出て行ってしまった。
「はぁ……。あれも黒須先生の優しさなのよね」
戸田の呟きは、皆の歓声に溶けて消えた。
一方の菊池はというと、口を半開きにして心ここにあらずといった様子で、「はわー……」などと呟いている。相川はそんな菊池の様子に気が付き声をかける。
「菊池さん? ……菊池さん!」
「……あっ、ひゃい!」
菊池は何とも間抜けな返事をしながら我に返った。
「すみません! えっと、その。なにか、考えましょう!」
その何とも間抜けな展望に皆が苦笑する中、戸田は尋ねる。
「『なにか』とは、一体何を考えるつもりですか?」
「クリスマス会です!」
元気よく返答をする菊池を見て、満足げに頷いた戸田は、にっこりと微笑む。
「では今後クリスマス会については、菊池さんを中心として準備を進めていくということにしましょうか」
「そんな、私に務まるかどうか……」
当病院初のクリスマス会、そんな大役を務めきれるのか。と菊池の顔色に陰りが見え始めたとき、
「大丈夫ですよ。僕たちがいますから、皆で分担して、協力しましょう」
相川の一声に、周りにいた全員が頷く。
「皆さん……、ありがとうございます。私も精一杯頑張りますので、クリスマス会の成功に向けて頑張りましょう」
菊池の言葉に皆は「子どもたちのために頑張るぞ」「クリスマス、なんだかワクワクしてきちゃった」と反応はそれぞれだったが、皆でクリスマスを成功させようということで一致したようであった。
◆ ◆ ◆
「ではまず、具体的に何をするのかを決めましょう。その後は各チームに分かれて進めていきます」
場をまとめているのは相川だった。彼は職業柄、連絡調整や連携を行うことに慣れている。そのため司会進行は菊池より適任となり、司会役を任されていた。
「皆さんの意見をまとめましょう。出来る出来ないに関係なく、思いつくことを発言してください。先に菊池さんの考えからお願いします」
「私は、サンタクロースやトナカイの格好だったら出来そうかなと、思いました。あとは、クリスマスツリーを飾るとか?」
相川はノートに、「サンタ・トナカイ服」「ツリー」とメモを取っていく。
「他に何かある方はどんどん言ってください」
その言葉に皆は少し考えていたようだが、「院内を飾り付けるのはどうですか?」「プレゼントを配るのは?」「クリスマスと言ったら、やっぱりケーキでしょ!」と様々な意見が出されていき、ノートはクリスマスで埋まっていった。そうしてある程度の意見が出揃ってきたころ相川はふと顔を上げ、
「それでは今出た意見をまとめていきます。まず一つ目は衣装、これは衛生面に気を配ることで実現が可能だと考えられます。誰が何を着るのか、また何人着るのかは今後決めていきましょう」
その言葉に皆は首を縦に振り、賛成の意を示す。皆から確認が取れた相川は次の話題へと話の矛先を変えた。
「二つ目に、ツリー。実際にツリーを院内に配置した場合、緊急時の妨げになることが考えられます」
病院という環境のため、有事の際に、ストレッチャーが使えなくなると困ってしまう。それぞれ考え込む中、声を上げたのは菊池だった。
「あの、飾り付けをするときに、壁にツリーの装飾をするのはどうでしょうか?」
「壁に、ですか?」
「はい。壁なら何かあった時の邪魔にはなりませんし、転倒の心配もありません」
菊池はノートをパラパラと捲り、見事な紙の壁面装飾がなされている画像を指さす。皆その画像を確認し、「クリスマスツリーなら、三角と四角だけで作れそうだしいいんじゃないかな?」という声が何処からともなく上がる。
「では、ツリーと飾り付けは同じチームで行っていきましょう。看護師さんたちに任せてもよろしいですか?」
「私は構いませんよ」
一番に返事をしたのは戸田だった。彼女は他の看護師たちに「貴方はどうしますか?」と微笑みかける。
看護師たちは「やります」と、首を縦に振ることしかできない。
「それでは、飾り付けはお願いいたします。次に三つ目の、ケーキについてなのですが──」
「それは僕たちに任せてもらえませんか?」
相川の言葉を遮ったのは、栄養士の林だった。
「入院をしている子どもたちの中には、食事制限やアレルギー体質の子もいます。僕たち、栄養士や調理師でクリスマスらしいメニューを提案させて下さい」
「そうですね、患者さんの命を守ってこその病院です。私は林さんの意見に賛同いたします。よろしいですね、相川さん」
林の発言に戸田が続き、相川も食事のことは栄養士に任せることにしたようだ。
「林さん、栄養士や調理師の皆さんにお任せいたします。」
「はい。任せて下さい」
衣装・飾り付け・ケーキは大体のところが決まってきたが、最後に残された大切なもの。
「プレゼント、ですか……」
ノートに書かれたプレゼントの文字に相川は言葉を詰まらせてしまう。菊池はクリスマスによく見かけるものを上げてみるが
「んー。ぱっと思いつくものだと、お菓子入りのブーツなんですけど」
「先ほども言った通り、食品は難しいと思います」
「そうなんですよね……」
病院という環境のためか、なかなか上手くいかない。皆が考え込み、静かになってしまった部屋に響いたのは戸田の声だった。
「プレゼントでしたら、やはり玩具やぬいぐるみではありませんか?」
盲点だったのか目を大きく開く者、口をぽかんと開ける者と反応は様々だった。
「なるほど、子ども向けの玩具ですか」
子どもが喜びそうなもの、好きそうなものの案が皆浮かんできたようで「だったら、絵本や塗り絵もいいかもしれないね」「とにかく大きな物がいいよ」と、それぞれ理想のプレゼント像を口にしていた。
「では、玩具やぬいぐるみといった子どもたちの喜びそうなものをプレゼントにしましょうか」
皆の意見をまとめる相川に、菊池はある頼みごとをする。
「プレゼント選び、相川さんにお任せしたいです」
「僕がですか? クリスマスの提案は菊池さんによるものなんですから、菊池さんが選んだ方がいいと思うのですが……」
「それはそうなのですが、性別・年齢によって好みが分かれてきますし、その子自身が何を好むかも違ってきます。相川さんには、ご家族にその子の好みを聞いて、プレゼント選びをしてほしいんです」
菊池の提案に相川は多少の迷いを見せたものの、看護師である菊池より、相談職の方が聞き取りがしやすいと判断したようで、
「わかりました。ではまず、ご家族に好みを聞いて回るところから始めていきます」
「はい。よろしくお願いします」
ふーっと長く息を吐きだした菊池は、皆を見据え、居住まいを正す。
「やることは決まりましたね? これからクリスマスに向けて、準備をしていきましょう」
こうして、当院初のクリスマス会の実施が決まった。
◆ ◆ ◆
さぁ、いよいよクリスマスに向けての準備が始まり、看護師たちも飾り付けの用意に追われているらしい。
ナースステーションには折り紙や画用紙が用意されている。どうやら手の空いた時間に折り紙で輪飾りや星が作られているようだ。緑の画用紙は何枚かでつなぎ合わされたのか大きな三角、中くらいの三角、小さな三角ができていた。
今もナースステーションで待機している看護師たちは準備を進める。
「ねぇ、ツリーの土台って茶色い画用紙貼るだけなの?」
「そうみたいね。でも、ちょっとレンガっぽくしたらかわいいと思うのよ」
「それいいかも! こうやって……」
茶色い画用紙の上にオレンジ色の折り紙が重ねられ、互い違いに配置された様はまるでレンガのようだった。
「ほらレンガ!」
「あら……。本当にレンガみたいだわ」
「ふふふ、あたしこういうの得意なの。そうだ! ツリーの飾り付け用のオーナメントも作らないと」
すっかりやる気になっている彼女に、もう一人の看護師が声をかける。
「子どもたち、喜んでくれるといいわね」
「何言ってるのよ。あたしは喜ばせるためにやってるわ」
「そうね、頑張りましょう」
看護師たちは作業の合間に微笑みあった。
◆ ◆ ◆
クリスマス準備は食堂でも行なわれていた。栄養士と調理師たちは、メニュー案、試作品、アレルギー表をそれぞれに見比べている。試作品のケーキは美味しそうなスポンジケーキだった。
「大豆アレルギーの患者さんはいなかったため、生クリームではなく豆乳クリームを使用しています。小麦アレルギーに対応するため、生地には米粉を使用し、つなぎとしてサツマイモのすりおろしを入れています」
「サツマイモアレルギーの患者さんは?」
「確認をしましたが、サツマイモアレルギーの患者さんはいませんでした」
「なるほど。それならアレルギーの心配はありませんね」
少し張り詰めた空気の中、皆は試作品であるケーキを見詰めている。患者さんの口に入るものなのだから、皆の目は真剣そのものだ。
「では皆さん、試食をしましょうか」
その声に従い皆、皿とフォークを手に取る。クリームに包まれたケーキにフォークの切っ先を立てると、ほろりと取れた。そのケーキの欠片を救い上げ、口へと運ぶと黙って咀嚼する。
「……美味しい」
その沈黙を破ったのは林だった。彼に続くように、皆から味の感想が出てくる。
「美味しいですね」
「米粉って初めて食べたけどもっちりしてるんですね」
「豆乳クリームもあっさりしてて、甘すぎなくていいですね」
「ケーキはこれで決まりじゃないですか? 林さん」「そうだね。これなら自信をもっていい」
そこには先ほどまでの緊張感はなく、ただただ和やかなものだった。
「ケーキはこれでいいとして、他のメニューはどうしましょうか」
「おからとひき肉を混ぜてハンバーグにしようかと思っています」
「よーし。僕たちは僕たちのやり方で、患者さんを笑顔にしましょう」
「食べ物の力は無限大だー!」
食堂は彼らの笑い声に包まれていた。
◆ ◆ ◆
相川をはじめとする、相談員たちは電話をしていた。それは一見すると、通常の業務を行っているようにも見える。
「はい。クリスマスプレゼントを用意したいと思いまして、ええ。ですのでお子様の好きなものや、お気に入りのキャラクターなどがありましたら教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「相川のやつ、またクリスマス電話だよ」
「いいじゃない。通常業務だけじゃなくって仕事の幅も広がるし、私もこれからクリスマス電話よ?」
相談員たちが話をしている間に聞き取りは成功したようで、
「なるほど。好きな色は赤で、戦隊ものが好き。はい、ありがとうございました。失礼いたします」
受話器をそっと置く相川の口元は、弧を描いている。
「相川さん楽しそうね」
「はい! 僕は患者さんである子どもたちに楽しんでほしくって。なんだか僕まで楽しくなってきちゃうんです」
「はいはい。俺もクリスマス電話しますよっと」
「なんですか? クリスマス電話って」
相川は小首を傾げる。
「最近相川さんがクリスマスプレゼントの電話をしているでしょう? それをクリスマス電話って呼んでるのよ」
「そうだったんですか?」
「ええ。でもクリスマス、やってみようと思ってよかったわ」
「そうだよな。俺も相談業務やってると、患者さんの好みはある程度把握してるつもりになっちまうけど……。改めて聞いてみると、知らないこともあるんだよな」
「クリスマス、成功させましょうね?」
その言葉に相川たちは力強くうなずいた。
◆ ◆ ◆
病院のとある一室。そこにはサンタクロースとトナカイの衣装が並べられ、「皆さんがクリスマス当日に着てください 菊池」というメモが添えられている。
「これを我々が着るのかね」
「そのようです。しかし人数分は用意されていないので、着る人間を選べばいいのではないでしょうか?」
「ふむ……」
彼は腕組みをし、何かを考えているようだ。
「よし、私がこのサンタクロースを着よう」
「……着られるのですか?」
「あぁ、私もできることはしようと思ってね」
ここでもクリスマス準備は確実に行われていった。
◆ ◆ ◆
さぁ、いよいよクリスマス当日がやってきた。院内の壁にはクリスマスツリーやプレゼントが貼られており、輪飾りもそこかしこに飾られている。
「わぁー! すごい!」
「今日はキラキラしてる!」
子どもたちはいつもと違う様子に目を輝かせている。
「ねぇねぇ、これなぁに?」
「木があるよー?」
子どもたちは壁に現れた装飾に興味津々、中にはペチペチと壁を叩いたり、手を伸ばして撫でている子、でも木の正体は誰にもわからない。皆で、うーん? と考え中……。するとその様子を見かねたのか、彼らより少し年上の男の子がやってくる。
「お前ら知らないのかよ。それはクリスマスツリーっていうんだぜ」
「くりすますつりー?」
「あぁ、周りにプレゼントがあるだろ。これは、サンタクロースがいい子に配ってくれるんだ」
「へぇー! おにいちゃんすごいね!」
「ぼくたちの知らないこと知ってる! おにいちゃんかっこいい!」
クリスマスツリー前に人だかりができて、皆でわいわいお話をしていると、通りかかったのは一人の看護師。
「みんなー、今日はクリスマス。お昼ご飯は、クリスマスの特別メニューでーす!」
看護師の言葉につられるかのようにして皆、自分の席へと戻り待っていると、皆のもとに昼食が配膳されていく。
「すごーい!」
「ケーキだ! 食べていいの?」
子どもたちは興奮に頬をわずかに赤らめている。そして一口食べると皆から歓声が上がる。
「おいしーい!」
午後にはサンタさんがやってきて、
「ホゥホゥホゥ。いい子にしているみんなに、プレゼントを持ってきたよ」
「……。このサンタさん、見たことある」
「僕も……」
「コホン……。なんだね、何がおかしい」
「あーー! このサンタさん、黒須先生だ!!」
「黒須先生ってサンタさんだったのー?」
「そうだ。サンタクロースは私だ! プレゼントが欲しければ、ちゃんといい子にするんだぞ?」
「「「はぁーい!」」」
この様子を遠巻きに見ていた菊池と戸田、相川はクリスマスが成功したのを満足げに見守っている。そこにサンタさんからもらったプレゼントを抱えた女の子がとてとてと歩み寄ってくると、
「かんごしさん!」
やってきたのは浅野真由さん、菊池は屈んで彼女と目線を合わせる。
「みてみて! まゆね、サンタさんからプレゼントもらったの!」
「真由さん、プレゼントもらったの? よかったね」
一生懸命に話す彼女の頬はほんのり赤らんでおり、プレゼントを抱えたまま身振り手振り、どれほど嬉しかったかを菊池に話している。
「うんうん。そうなの、サンタさんが」
そうしたやり取りの中で菊池たちは、この笑顔を絶やさないようにしていこう、と顔をほころばせた。