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第9話



 エオノラは温かな春の日差しが感じられる窓側の席に座っていた。向かい側に座っているのは親友のシュリア・トルバートだ。


 子爵令嬢の彼女は気立てが良く明るい性格で、ゼレクの婚約者でもある。

 今日はシュリアの屋敷に遊びに来ている。彼女からお誘いの手紙が何通も届いていたのでエオノラは久しぶりに顔を出した。

「無理に引っ張り出してしまってごめんね。だけど屋敷に籠もっているよりかはきっと良いと思ったのよ」

「ううん、ありがとう。あなたと久々に話ができて嬉しいわ」

 侍女が部屋に入ってきてテーブルに茶菓を置いて下がると、背もたれに背を付けていたシュリアが姿勢を正して話を切り出した。


「実は昨日、夜会へ弟と一緒に行ったんだけど。あなたがパトリック様と婚約解消をしたことで会場が盛り上がっていたの。あ、わざわざそれを言うためにここに呼んだわけじゃないのよ? もちろん、アリアを非難する人だっていたわ。ただ……」

 シュリアは言い淀むと眉尻を下げる。一度口を噤むが、やがて決心したように口を開いた。


「昨日の夜会、パトリック様も出席していたの。それで彼やその取り巻きたちがあなたの悪口を言いふらしていたわ」

 シュリアによると、リックはエオノラの性格がどれだけ邪悪で手の施しようがなかったのか散々言いふらしていたらしい。その場には社交界で影響力を持つ夫人やフォーサイス家を目の敵にしている夫人もいたらしく、彼女たちはリックの話を真剣に聞いていた。


 リックは話の最後に「結婚するなら家格など関係なく、美人以上に性格が良く心を癒やしてくれる令嬢に限る」と締めくくった。

 つまりアリアの顔を立てて自分たちの愛を正当化させるため、徹底的にエオノラを悪者に仕立て上げたのだ。

(これじゃあ社交界デビューしたところで結婚相手は見つからないかもしれないわね)



 両親は不在で、宰相補佐のゼレクは仕事で忙しい。

 ゼレクはエオノラの根も葉もない噂を払拭したくとも社交界に顔を出せずにいる。

 もちろん、フォーサイス家側についてくれている貴族も存在し、牽制してくれてはいる。しかし社交界デビューしていないエオノラ個人の話となると、互いに面識がないのでこちら側についてくれている貴族が牽制するのは難しい。

 結果、リック側の勢いが増してしまっている。

 シュリアの話にエオノラは酷くショックを受けた。


 自分がリックに相応しくないことは、誕生日パーティーの時に思い知らされた。しかし、徹底的に叩かれるほど嫌われているとは思いもしなかった。

「つまり何が言いたいかというと、社交界デビューを遅らせるべきだと思うのよ。この状況下で正式デビューすれば、あなたの心が持たないわ」

 シュリアの言い分はもっともだ。

 今社交界へ顔を出せばきっと食い物にされてしまうだけ。悪い噂で持ちきりの令嬢と誰がダンスを踊ってくれようか。そんなもの好きはいない。


 さらに言うと、社交界デビューを控えた令嬢たちは同年代の令嬢たちからひっきりなしにお茶会へ招待されるのが恒例となっている。先日の誕生日パーティーもその一環だったが、あれ以降誰からもお茶会に呼ばれなくなった。自分たちに火の粉が降りかからないように距離を取られていることがひしひしと伝わってくる。


「シュリアの言うとおりね。お兄様に手紙を書いて社交界デビューは遅らせてもらうことにするわ。どのみち、お兄様は忙しいからダンスの相手は難しいだろうし」

 社交界デビューでダンスを踊る相手は婚約者か親族の男性に限定される。婚約解消をしたエオノラは必然とダンスの相手がゼレクになるのだが、彼は仕事に追われていてなかなか予定を空けられないでいる。


「シーズンが終わるのはまだ先の話だから。社交界デビューを少し遅らせても問題ないわ。……それよりもお兄様がシュリアの相手をしなくてごめんね」

 ゼレクと滅多に会えないであろうシュリアはきっと寂しい思いをしているはずだ。最後に二人で会ったのはいつだろうか。エオノラは怖くて聞けなかった。

 しょんぼりしていると、シュリアが席を立ってこちらに回り込んで抱き締めてくれる。


「ゼレク様からは毎日情熱的な手紙が届いてるわ。だから私のことは気にせず、今は自分を大切にして。なんでも遠慮なく言ってちょうだい。相談に乗るし、力になるから」

「シュリア……」

 彼女の優しさが身に染みる。失ったものはあるけれど、それでも自分に味方して、支えてくれる人たちがいる。その想いにいつか答えられるようになりたい。

 早くリックのことは忘れて、もっと強い人間になろう。立ち直った姿を見せよう。

 エオノラはシュリアの温もりを感じながらそう心の中で誓ったのだった。




 帰りはシュリアの家の馬車が送ってくれた。が、エオノラは自宅に着く手前で降ろしてもらった。

 馬車が引き返したことを確認するとエオノラは歩き始めた。行き先は自宅ではなく、あの死神屋敷だ。あれ以降、一度もクリスの屋敷には忍び込んではいない。


 本当は庭園の奥から聞こえてくる石が何を求めているのかはっきりとさせたい。しかし、あんなに具合の悪そうなクリスを見てしまった以上、また勝手に侵入して困らせるわけにもいかなかった。

(侯爵様……大丈夫かしら。重い病気だったのかもしれないのに私ったら困らせてしまったわね)

 あれから毎日紙袋に軽食とおやつを入れて死神屋敷の塀の上に置いていた。使用人の気配がなかったので、ご飯に困っていたら大変だと思ったからだ。

 今日もシュリアにお願いしてスコーンとクッキーを貰ってきた。


 フォーサイス家ではエオノラが毎日軽食の入った紙袋を持っていくので案の定、ジョンやイヴに不審がられた。なので小川近くに住んでいる犬にあげるのだと適当なことを口にした。


 クリスは呪いで醜い顔をしたラヴァループス侯爵だが、何故かエオノラにだけは本当の姿が見える。噂の内容の半分は嘘で、彼の顔を見ても死にはしない。

 しかし、他の人たちにはクリスが醜く見えるようなので、素直にラヴァループス侯爵のところへ行くと伝えれば、外に出してもらえなくなる。それは火を見るより明らかだった。


 本来、貴族令嬢が一人で気ままに外へ出歩くことは許されない。街や公園へ出かけるとなると必ず使用人を伴わなければいけないのだが、先日の婚約破棄もあってエオノラが一人で出かけても使用人たちは何も言ってはこなかった。


「一人で出かけてると言っても、街のショッピングストリートじゃないから誰かに会うことはないし。誰も死神屋敷の道は通らないから、危険な目にも遭わない」

 死神屋敷の鉄門前まで辿り着くと、邪魔にならないように鉄柵下の塀の上にスコーンとクッキーが入った紙袋を置いた。同じ場所に置き続けているので定位置となっている。


 初日にここへ来た時は、紙袋の下に差出人がエオノラであることを伝えるための手紙も置いていたので、毎日きちんと受け取ってくれているようだ。


 エオノラは満足げに目を細めると、すぐに踵を返した。すると柵の向こうの茂みからガサガサと草木をかき分ける音が聞こえてくる。

 振り返れば、ひょっこりとクリスが姿を現した。



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