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第8話



「いい加減にしろ。あんたみたいなお嬢様がいて良い場所じゃないんだよここは!!」

「きゃあっ!!」

 無理矢理腕を引っ張られた拍子にエオノラはバランスを崩してしまった。

 その時、クリスが手首にはめているもの――銀の腕輪がキラリと光った。

 銀細工の装飾が美しく、真ん中には古代の植物が入った琥珀が埋め込まれている。それがエオノラの腕に当たった途端、弦を爪弾くような音が聞こえてきた。



 ――お願い、彼を救うためにあなたの力を貸して。



「……っ!!」

 石は、エオノラが触れて意識を集中し、語りかけることで初めて言葉を返してくれる。意識を集中せず、語りかけてもいない状態で石が言葉を発するのは稀で、それに気づくまで少しだけ時間が掛かった。

(力を貸す? それに彼を救うためって何から救うの?)

 疑問が頭を過ったところで、気づけば身体が前へと傾いていた。エオノラは慌てて体勢を立て直そうと近くの木の枝に掴まろうとするが、叶わなかった。


 勢いよくクリスの胸の中に飛び込んでしまい、おまけに靴の踵で彼の足を盛大に踏んづけてしまった。

「申し訳ございません!!」

 すぐに足を退けて謝罪したが、この程度で怒りが静まるだろうか。

 無断侵入をしてただでさえ彼は不機嫌なのに。火に油を注ぐ形になってしまった。

(悪いのは私だから、罵詈雑言を浴びせられても仕方がないわ)

 俯くエオノラはきつく目を瞑って叱られる覚悟をする。ところが、クリスが責めてくる気配は一向になかった。



 不思議に思ってうっすらと目を開けてみると、彼の顔は赤くなるどころか青ざめていた。クリスの視線を受けてエオノラもその先を見つめてみると、木に掴まろうと伸ばした手の甲に切り傷ができている。恐らく枝葉が当たって皮膚が切れてしまったのだろう。うっすらと血が滲んでいる。

「……すまない。無理に引っ張って怪我をさせてしまった」

 エオノラの手を取って傷口を確認するクリスは心の底から心配しているようだった。それからすぐにポケットから丸いケースを取り出して蓋を開ける。中には軟膏が入っていて薬草の独特な香りがした。

 クリスは右手の人差し指で軟膏をすくい取ると傷口に優しく塗ってくれた。

「えっと、あの。侯爵様……」

「傷口に効く軟膏だ。染みるかもしれないが我慢しろ」

 薬が傷口に染みて痛いから声を掛けたわけではなかった。先程までの態度との違いに戸惑って声を掛けたのだ。


(もともと勝手に屋敷に入った私が悪いのに……どうして優しくしてくれるの?)

 自分がクリスと同じ立場なら、傷の手当てなんてしないでそのまま追い出すだろう。彼にはそれができたはずだ。

 ちぐはぐな態度が引っかかってエオノラは頭の中で首を捻る。

 クリスの考えを分析しようと試みたが、それ以上はできそうになかった。


(ううっ。いつまで手を触られるの。そろそろ離してくれないかしら!?)

 エオノラはリックと婚約をしていただけで、異性と触れあうのはこれが初めてだった。



 骨張った長い指が円を描くようにするすると甲の上で踊る。その度にくすぐったくて心臓の鼓動が速くなった。ただ軟膏を塗られているだけなのに刺激的で、顔に熱が集中していくのが嫌でも分かる。

 ちらりとクリスを盗み見ると彼の表情は真剣そのものだった。また鼓動が速くなる。

 恐らくここまで胸が高鳴ってしまったのはクリスが眉目秀麗だからだろう。しかしエオノラはあることに気がついた。


 間近でクリスの顔を見ていると、その目の下にはうっすらとクマができていて、頬も少しこけている。血色もあまり良くないようだ。さらに視線を落とせば、薬を塗ってくれている手は切り傷や擦り傷の痕がたくさんある。貴族であるはずの彼の手はこれまでの苦労が窺えた。


(もしかして、この屋敷の管理を一人で行っているの? だって、ここには使用人の気配がちっともないんだもの)

 フォーサイス家の屋敷の使用人はそこまでお喋りではないが、常に忙しなく動き回っている。だから廊下を歩けば誰かと必ずすれ違う。

 しかしここではそれがない。やはりこの屋敷に住んでいるのはクリス一人だけなのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに布の擦れる音がした。気づけば手には清潔なハンカチが巻かれている。


「これで大丈夫だ。手当も済んだから帰ってくれ」

「で、でも……」

「早くここから出て……ぐぅっ」

 突然、クリスが胸を押さえて苦しみだした。片膝を地面について必死に痛みを堪えている。

「大丈夫ですか!?」

 心配になって側へ寄ろうとすると、手を突き出された。


「お、願いだ。一刻も早く、屋敷から出てって……くれ。頼む」

「でも……」

息を切らしたクリスに懇願され、エオノラは面食らった。

(もしかして、腕輪の琥珀が言っていたことと何か関係があるのかしら?)

 苦しんでいる彼を放っておくのは忍びなく思うが、うわごとのように何度も屋敷から出ていけと繰り返される。


 これ以上食い下がることは良くないと判断して、エオノラは分かったと返事をするとフォーサイスの屋敷へ帰ることにした。



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