SS 芽キャベツを美味しく食べる方法
クリスの言葉で失恋から立ち直ったエオノラは、細やかながらお礼をしようと考えた。
(本当は贈り物を用意したいけど、男性ものを買ったらイヴになんて言われるか。あと、お兄様へ報告が上がってしまいそうだわ)
クリスとの関係は絶対に秘密。誰に贈るのか問い詰められても答えられない。
結局、エオノラにできるのは美味しい料理を作ることくらいだ。
エオノラは屋敷の料理人に教えを請い、美味しいけれど簡単で食べごたえのあるレシピを教えてもらった。味付けの配分だけ覚えていれば、あとはどんな食材でも美味しく食べられるらしい。
このレシピなら自分でも作れそうだと思い、エオノラは早速死神屋敷のガーデンハウスで料理を始めた。
――ところが。
「どうしたのかしら……いつもならもっといろんな食材を入れてくれるのに」
今日に限って入っている野菜が一種類しかない。
何故だろうと首を傾げていたら、隅の方に二つ折りの紙が置かれていた。
中身を確認すると、文字が綴られている。筆跡で誰か分かるわけではないが、すぐに差出人の見当がついた。
「これはハリー様の仕業ね。クリス様、怒らないと良いけど」
メモを畳みながら小さく息を吐く。
野菜なしの料理では味気ないし、栄養だって偏る。仕方がないのでエオノラはそれを使って料理を始めた。
温めたフライパンにバターをひき、皮目から鶏肉を焼いていたところで、クリスが姿を現す。
「何を作っているんだ? 香ばしい匂いがするな」
「クリス様、おはようございます」
エオノラは振り返って挨拶をする。鶏肉が良い感じに焼けたので、用意していた野菜をそこに加えた。その間にクリスはエオノラの隣にやって来て、フライパンの中を覗き込む。
「……おい、これは芽キャベツじゃないか」
どうして嫌いな芽キャベツを入れるんだ、と非難めいた視線を向けられる。
エオノラ困った表情を浮かべて答えた。
「それが野菜箱に芽キャベツしか入っていなかったんです。それからこちらのメモが」
クリスは野菜箱の中を確認し、エオノラからメモを受け取る。内容を読み終えた途端、クリスは紙を片手でクシャリと握り潰した。
「これはハリーの字で間違いない」
苦虫を噛み潰したような顔をするクリス。
紙には『旬の野菜をたくさん食え』と書いてあった。
「め、芽キャベツは茹でるよりも炒めたらまだ美味しくなるって話を料理人から聞きました。今炒めているので、もしかしたら食べられるかもしれません!」
必死にフォローを入れるエオノラだが、クリスは不機嫌なままだ。
気まずい中で最後まで料理を作ったエオノラは、皿に盛り付ける。教えて貰った料理は、本当なら様々な野菜と鶏肉を白ワインで炒めたものだったのだが、芽キャベツと鶏肉の白ワイン炒めになってしまった。
ブレッドピンの中にあったパンも添えて、テーブルに置く。
クリスはイヤイヤながらも席に着き、じっと皿の中を見つめた。
「クリス様が嫌いなのは分かりますが、旬の野菜を食べるのは身体に良いとジョンが……あ、ジョンというのは私の屋敷の執事なのですが、言っていました」
「……」
じっと芽キャベツを睨め付けるクリス。
(やっぱり芽キャベツは取り除いて、鶏肉だけにした方がいいかしら)
嫌いな食べ物をこれでもかと入れられた料理を出されて喜ぶ人間はいない。
食材がなかったにせよ、もう少し配慮すべきだったとエオノラは反省した。
「申し訳ございません。芽キャベツをフライパンに戻してきます」
エオノラが皿に手を伸ばそうとすると、クリスがひょいと取り上げた。
「悪いのはハリーだ。あなたは何も悪くない。……だからこれはきちんと食べる。せっかく作ってくれたんだから」
クリスは皿をテーブルに置き、横に置いてあったフォークを手にする。
しかし、いつまで経ってもフォークを握った手が料理に伸びることはなかった。
「クリス様、やせ我慢しなくても」
「していない」
「でも」
「それならエオノラ。どうやったら私が芽キャベツを食べたくなるか一緒に考えてくれ」
クリスはそう言ってテーブルにフォークを置く。
唐突な提案をされてエオノラは目を白黒させた。
(そんな方法あるのかしら?)
芽キャベツは食べやすいよう茹でずに炒めてある。先程味見したが白ワインが良い味を出していた。これ以上、料理に手を加える必要はない。
(もしできることがあるとするなら、あれくらいしか思いつかない)
あれを想像した途端に心臓の鼓動が加速する。とても緊張するし、恥ずかしくて涙目になった。
(でも、クリス様には食べてもらいたいもの!)
決意を固めたエオノラは、フォークへ手を伸ばした。
「クリス様……あ」
「?」
「あーん?」
顔を真っ赤にしながら、フォークに刺した芽キャベツをクリスの口元へ運ぶ。
緊張からかフォークを持っている手が震えた。
「おい」
「は、はい」
流石にこんな行動を取ったのはやり過ぎだろうか。クリスがどんな顔をしているのか確認する勇気がなくて、視線を逸らす。
(やっぱりするんじゃなかったわ)
とうとう我慢できなくなったエオノラは手を引っ込めようとする。だが、クリスに手首を掴まれた。
エオノラがびっくりしている間に、クリスはエオノラの手を自身へと引き寄せる。そして、ぱくりと芽キャベツを食べた。
「……そういうのは、私以外の人間に間違ってもするんじゃない。分かったか?」
芽キャベツを食べた後、クリスはこちらに顔を背けながら言う。
恐らく、強制は良くないと注意してくれているのだろう。
クリスの言い分は尤もだ。エオノラはしゅんとする。
「申し訳ございません。もうしませんから」
エオノラが反省の言葉を伝えたら、顔を背けていたクリスと目が合った。
「続きはないのか?」
「えっ? 続けていいんですか?」
エオノラは目を瞬いて首を傾げる。
強制的に食べさせられたのが嫌だったから叱ったのではなかったのだろうか。
「私は芽キャベツが嫌いだ。全部食べて欲しいのなら、エオノラが食べさせる以外に方法はないが?」
その言葉を聞いて、エオノラはようやくクリスがこちらを揶揄っているのだと理解した。再びエオノラの顔が真っ赤になる。
「もう、クリス様は意地悪ですね」
「意地悪? 私の嫌いな芽キャベツをたくさん入れたエオノラの方がよっぽど意地悪だ」
言い返したクリスは、いつもより楽しそうに笑う。
「さあ続きを。あなたに食べさせてもらえるなら、どんなに嫌いな食べ物も至高になる」
クリスはそう言ってエオノラに最後まで芽キャベツを食べさせてもらうのだった。




