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呪われ侯爵の秘密の花~石守り姫は二度目の幸せを掴む~  作者: 小蔦あおい
第4章 消えない記憶

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第21話



 ◇


 クリスは突然のハリーの訪問に驚いた。それ以上に驚いたのはハリーがエオノラのことを『エオノラ嬢』ではなく『エオノラ』と呼んでいたことだった。

 何故急に馴れ馴れしく呼ぶのだろう。もともと格式張ったことが苦手な性格だから、もしかすると非公式な場ということでやめたのかもしれない。

 しかし、自分よりもエオノラと関わる機会が少ない彼に先を越された気がして苛立ちを覚えた。

 わざわざエオノラのためといって差し入れを持ってきたことも気に食わない。確かに宮廷の菓子職人が作るお菓子はどれも芸術的な見た目かつ美味である。


 頭では理解しているがまんまと出し抜かれたような気がするのは何故だろう。狼の姿でなければもっとやりようがあったのかもしれないが、ハリーの脛を噛んで鬱憤を晴らすことくらいしかできなかった。

「はあ、なんとも情けないな」

 ハリーとエオノラが帰って暫くした後、クリスは鳥かごの前に座ってルビーローズを眺めていた。

 陽は山肌に沈み、空はオレンジ色から紫色に染まっていく。直に夜の帳が下りるだろう。

 クリスは悠々と飛ぶ鳥の群れから視線をルビーローズへと移した。

 相変わらず開花する気配はない。あと一歩で呪いは解けるというのに何かが足りない。

 先代侯爵は狼神話に呪いを解く手がかりがあると一枚の紙に書き残してくれていた。


 狼神話は七つの罪源に蝕まれる人々の姿を見て、心を痛めた狼神が天からやってきたことから始まる。彼は罪源を払い、力を使って不毛の土地を緑豊かな土地へと変えていった。しかし力を使い果たした結果、狼神は天に帰る力すらなくなってしまった。

 アーサー王は森で動けなくなっている狼神を助けたことがきっかけでこの土地を賜った。

 狼神は永遠の眠りにつく前にこう言った――我の屍の上に咲く植物をその血を以て守り花を咲かせよ。番を見つけなければこの土地の厄災は永遠に主である王家を蝕むだろう――と。

 狼神の残した言葉が先代侯爵の言う呪いを解く手がかりであるとクリスは考えている。さらに有力な情報を掴むためにいろいろと調査はしているが大したことは分からない。


(また人間に戻ったら実行しなくては。呪いが完全となる前に手は尽くしたい)

 静かに佇むルビーローズを憂いを帯びた瞳で眺めていると、不意に後ろから黒い影が差した。

「クリス、こんな時間まで外にいては身体に障るぞ」

「ハリー、わざわざ戻ってきたのか?」

 馬車がやって来た音と、彼の匂いが微かにしていたので戻ってきていることは認識していた。

 ハリーは隣に並ぶとクリスと同じようにルビーローズをしげしげと見つめる。


「クリスのお陰で手入れは行き届いているし、日当たりだって抜群。開花するのに何も問題ないはずなのにな……」

「何か問題があるから花は開かないんだ。……やれることは地道にやる」

 暗い感情を悟られないように、クリスは努めて穏やかな声で言う。

「……ところで、わざわざ戻ってくるなんて何か用なのか? それと、どうして彼女に呪いの本当のことを話そうとしたんだ?」

「そんなの、呪いの進行が進んでいるからに決まっているだろう。そろそろ腹を括って本当のことを話した方が万が一のためにも良いんじゃないのか?」

「それは……」

 クリスは口を噤んで俯いた。すべてを打ち明けるとなると、クゥが自分であることも話さなくてはいけない。何よりも呪いが完全になった時のことをエオノラに打ち明けるのが怖い。


 いくら今は本当の姿が見えているエオノラでも完全な呪いのクリスを見たら恐怖で震え上がるだろう。

「彼女とは夏終わりまでの関係だ。もっと強い薬を服用すれば身体は持つんじゃないのか?」

「これ以上強い薬は駄目だ。精神に異常を来す。だからエオノラに本当のことを伝えて協力してもらおうじゃないか。少しは打ち解けられたしな!」

 ハリーが親指を立てて白い歯を見せるのでクリスは溜め息を吐いた。

「エオノラ嬢を困らせるようなことはしないでくれ。今日だって侯爵呼びからクリス呼びにしろと無理強いするなんて」

「嫌だったか?」

「嫌に決まって……いや、別に嫌じゃ、なかった」

 エオノラに名前を呼ばれて嫌ではなかった。寧ろ彼女と仲良くなれた気がして心が躍った。


 ハリーに呼び慣れるまでの練習だと言われ、何度も「クリス様」とエオノラが名前を呼ぶ。その度にクリスの心がきゅうと縮むような感じがして、さらに胸の鼓動が速くなって変な気分になった。

 それから自分のことをどう思っているのかも知ることができた。嫌われていないようでなんだかほっとしたし、好意的に見られていて嬉しかった。

 上手くは説明できないが、スイートドライヤーを摘んだ際にリンゴのような甘い匂いが鼻孔をくすぐって、心がときめく時と似ている。


 そこでクリスは自分の胸に抱いている感情が何であるかを、漸く理解した。

 まさか、ハリーに気づかされるだなんて一生の不覚だ。

 本人にそんな意図があったのか確かめるために視線をやると、腹立たしいことにすべてはお見通しだと言わんばかりににやにやとしていた。

「昔からクリスは鈍いし、そっち方面だけは素直じゃなかったからなあ。今では全方向に捻くれているけどな」

「……私を揶揄うのも大概にしてください。今度はどこに噛みついて差し上げましょうか?」

 ぞろりと並ぶ鋭い歯を見せると、ハリーが両手を挙げた。

「おおっと。それはもう勘弁してくれ」

 ハリーはわざとらしく肩を竦めると空を仰いだ。



「そろそろ王宮に戻る時間だ。また暫くは来られないが、薬は従者に届けさせる。……それから、満月前後はくれぐれもエオノラをここに近づけないようにするんだぞ」

 空には太陽が沈んだ反対側の位置に半月が顔を出している。あと一週間もすれば満月だ。

「……分かっている」

 クリスは半月を眺めてから目を伏せる。


 もしも、自分の抱いているものが恋情なら、この気持ちはエオノラに伝えない方が良い。

 呪われている自分が幸せになることはなく、歴代侯爵と同じ末路を辿ることは分かりきっているから。

 自分のためにこれからは彼女との距離を考えなくてはいけない。


 クリスは今後のエオノラへの接し方について真剣に考えた。



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