85.宿②
皆旅館の風呂から上がり、夕食のために会場に集合した。
お風呂上がりの甘い香りが部屋中に満ちていた。
「お風呂のお湯ってクロウの魔道具の水だよね?」
「はい、そう聞いています」
「うん、この風呂に入っただけで凄く良い匂いするわ」
「以前クロウ様からあの水は『錬金水』って言う水だって仰っていたのを聞いた事あります」
「へぇー、『錬金水』か~、確かにあの水って飲んでも物凄く美味しいもんね、おかげで私印の水が良く売れるから助かっているけども……」
「ふふっ、ナターシャさんの水って毎日完売してますものね」
「うんうん、飲み水と思っていたけど……これもしかしたら色々使えるかも知れないわね」
ナターシャお姉ちゃんが何か思いついたようだ。
おかげでアカバネ商会の商品がどんどん増えていく。
彼女の案で作られた商品はどれも凄く売れるから助かっていた。
そんな事を話していると食事が運ばれてきた。
和食だ!
凄い!
東大陸から仕入れられる食材をアカバネ島で育てた超高品質の食材で作られた東大陸の食事。
前世の和食と言うジャンルと全く同じだった。
新鮮な魚を生で食べる刺身を中心に、色の付いたご飯、新鮮な野菜の料理、卵で作った茶碗蒸しもあった。
そこに燃える火石を使って高級肉を直接焼いて食べれるようになっていた。
「おお! 肉も美味いですが、この生魚もまた美味いですな!」
「えぇ、まさか魚を生で食べる日が来るとは思いもしなかったんですが、これは美味い」
王国内では刺身を食べる文化は無かった。
「こちらの野菜の料理も中々美味い!」
「何と言ってもこの料理と一緒に飲むこの『ジュンマイシュ』という酒ですな、お風呂から上がったこの身体には『ジュンマイシュ』が効きますな」
「ええ、どれも酒に合うし……今まで食べたどの料理屋より美味いです」
大貴族であるお父さんでも大好評だった。
◇
食事が終わり、皆それぞれの時間を過ごしていた。
お母さん達は皆で島の散歩へ行き、お父さん達はそのまま旅館でお酒を楽しんでいる。
意外だったのは『スレイヤ』の三人とお兄ちゃん達二人で、部屋で彼女達の冒険談を聞いていた。
お兄ちゃん達は『スレイヤ』の事を知っていたようで、食事中紹介した時凄く喜んでいた。
それから意気投合して冒険談を聞いている。
僕はセレナお姉ちゃん、ナターシャお姉ちゃん、ディアナちゃんと島を歩く事になった。
「何だかクロウくんと久しぶりに歩くわ~」
「そう言えばナターシャお姉ちゃんと歩くの久しぶりだね」
「うん、もう街で歩けないから……」
「今じゃ世界で一番有名だもんね」
すっかり『アイドル』として有名になったナターシャお姉ちゃんだから。
「でもこれからはアカバネ島なら自由に歩けるからまた遊べるね!」
「――ッ!? うん! 約束よ?」
「ええ! 勿論だよ!」
ナターシャお姉ちゃんさえ良ければ僕はいつでも!
あれ? セレナお姉ちゃん何でそんなジト目で見て……。
「ふ~ん、クロウって美人さんには優しいもんね!」
「あら、クロウくんは皆に優しいのよ?」
「えー、でも今鼻の下を伸ばしていたよ?」
いや……うん……ちょっと自覚あるかも知れない、だってナターシャお姉ちゃん凄く綺麗なのは事実だしね。
そんなこんなセレナお姉ちゃんとナターシャお姉ちゃんにいじられながら、海辺へやってきた。
「クロウ様、海がとても綺麗です」
「そうだね、ディアナちゃん」
僕達は砂浜へ並んで座った。
「まさか私がこんな景色を見れる日が来るなんて……今でも信じられないわ、これは夢で目が覚めたらまたあのベッドで寝込んでいるんじゃないかって時々思うの」
ナターシャお姉ちゃんが思いに更けていた。
「私もです、目が覚めたらまだベッドの中で……こうして楽しい時間を過ごしていると時々そう思ってしまいます」
ディアナちゃんも同じ事思う時があるようだった。
でも僕だって同じだ。
僕はこの世界に転生して生まれ変わった。
最初は慣れなくて『家族』が怖かった。
それでもセレナお姉ちゃんと両親やお兄ちゃん達のおかげで立ち直る事が出来た。
生まれてからずっと忘れていない、前世の事。
毎日父親に怯える生活だった。
学校に行けば、ボロボロな服、ちゃんと洗ってない身体。
そんな僕達に仲良くしてくれる人なんている訳もなく、教師すら理解してくれなかった。
時には風呂に入ってから来いと嫌味を言われた事もあった。
まだ幼かった僕はそれがどういう事なのかも知らず、たった一人の妹と生き続けた。
唯一楽しみだった図書館で本を読むのも、そのうち図書館の教師からも嫌がられて結局は行けなくなった。
小学校を卒業してからは、学校にも行かせて貰えず、ただただ家にいる人生だった。
テレビも本も何も無くなった僕達はただただ毎日父親を怯える日々。
それから妹と僕はその生を終わらせる決断を下した。
だって、あれ以上方法が無かった。
いや……助かるにはどうしていいか分からなかった。
もしあの時、僕に力があったら。
クロウティアとしての力があったら。
あの子を死なせずに済んだのに。
それが悔しくて……僕は涙を流した。
それから気がづくとセレナお姉ちゃん、ナターシャお姉ちゃん、ディアナちゃんが僕を抱き締めてくれていた。
気づかず、ずっと泣いていたのだろう。
「クロウ、ここは私達の家よ、もう怖がる必要はないわ、これからも私達が守るから」
「クロウくん、私を助けてくれてありがとうね、これからは私が私達が君を守るからね」
「クロウ様、必ず守れるようになります」
三人の優しい言葉が心に沁みた。
優しい家族に囲まれ幸せだ。
「ありがとう」




