68.辺境領主の憂鬱
◆ギムレット・バレイント◆
アカバネ商会の所為で我が領の事業が危うくなったが、先祖代々受け継がれてきた『賢者の石』と言われていた宝石を売る事で全てが解決した。
アカバネ商会のオーナー様は小さな少年だった。
名前はクロウ様と言う。
最初は支店長ディゼルさんの罠と考えたが、少年から『賢者の石』が本物である事、使い道が限定されている事、言い値で買うと言う事で本物だと悟った。
そこからは……とんとん拍子で話が進み、アカバネ商会には我がバレイント領へ進出して貰った。
我が領はテルカイザ共和国の中でも一、二を争う田舎領だ。
商会が入るまで半年程と考えていた。
しかし――。
あのアカバネ商会はあまりにも非常識過ぎた。
というか……あれは一体何なのだ?
あの日契約を交わし、僕達は十日掛けて我が領へ戻ってきた。
そこで見えたのは……既にアカバネ商会が領内全域で展開しているのではないか!
帰って来る十日間、あんな物資を運んだ大行商を見かけてはいなかったぞ?
それから……何故十日も経っていないのに新しい建物が立っているんだ?
僕が領を発った時にはこんな建物無かったはずだ。
領民に話を聞いたら、「気づいた時には既にありました」とさ。
えっ? …………本当に理解出来なかった。
その後、大橋建設所へやって来た。
あれ? 大橋建設所ってこんなに賑わっていいたっけ?
へ? あれは!? 王国でも有名な『プラチナエンジェル』の屋台じゃないか!!
あれ? 職人が倍くらい増えてないか!?
暫くしてクロウ様から「職人達からアカバネ商会で雇ってくれと言われてしまい、雇う事になりました。これは引き抜きのお詫び金ですのでお納めください」って書いてある手紙と共に金貨六十枚が入っていた。
ちょっと待ってくれ!!
クロウ様!!
職人達の働く場所等、彼らが決めるのであって、何故引き抜きなんて言って、こんな嫌がらせをしてくるのか!!
クロウ様? 金貨十枚すら僕の生涯給金より高いんですよ!?
『宝石』の時も嫌々金貨十枚も頂いて、もうこちらは気が気でなかったのに!
何故帰って来たら金貨が更に六十枚増えるんですか!?
クロウ様、これ嫌がらせですよね!? ねえ!?
それから暫くして、グランセイル王国でも有名なエクシア家から手紙が来た。
エクシア家と言えば、王国最強剣士と最高回復士の若夫婦で、共和国内では劇になっている程有名な辺境伯様だ。
寧ろ大陸中で最も有名な貴族様と言えば、エクシア家だ。
困っている人を助けた物語の数は数え切れず、最早作り話しかってくらい多い。
そんな世界で一番憧れている大貴族のエクシア家から手紙が来た。
手紙を頂いた瞬間の事が何も覚えていない。
後に妻から聞いたらどうやら立ったまま気絶していたそうだ。
立ったまま気絶してエクシア家の手紙を手にした僕とその隣で拝んでいる妻は奇妙な儀式をしていたと屋敷内で噂になっていた。
中身を開けたら、エクシア家からお茶会に誘われた。
えええええ!?
あのあのあの――――。
あのエクシア家から?
生きる伝説エクシア様から?
これは何が不相応な事でもしたのかな?
でもエクシア家と関わった事なんて何もないのに?
手紙に謹んでお受けいたしますと返事を書いて出した。
手が震えすぎて文字がミミズみたいになってる事に気づかず出してしまった。
アカバネ商会を経由して出したのに次の日に更に返事が来た。
はい?
これは何か……。
僕の行動が読まれていたのでしょうか?
エクシア家の返事には「明日お待ちしております、迎えの者を行かせます」と書かれていた。
明日!?
辺境伯様行動速すぎませんか?
急いで屋敷の一番古くから伝わるワイン『シュヴァルプラン』を準備した。
次の日。
アカバネ商会からお迎えが来た。
どうやら店にお迎えを準備しているとの事で、早速向かった。
店の奥に行くと『総帥室』と書かれた部屋があって、中からクロウ様が出て来られた。
軽く挨拶をし、中に案内されて…部屋の中に不思議な扉が置いてあった。
その扉を開けると向こうの景色はこの部屋ではなかった。
しかしエクシア家の事で頭が一杯でその事にも気づかず僕と妻は案内されるまま扉へと入ったのだった。
◇
◆アグウス・エクシア◆
先日三男の息子からテルカイザ共和国のバレイント領主殿の話を聞いた。
それは素晴らしい領主殿だと、息子に紹介を頼んだ。
息子に手紙を渡したらその日に返事が返ってきた。
え? 早くない? バレイント領ってここから二十日くらいかかる距離だよね?
息子のクロウに尋ねたら魔法で一瞬で行けるようになったらしい。
そうか……クロウは馬車で二十日かかる場所ですら一瞬で行けるのか……。
僕も王国内ではそれなりに強くあったと思っていたけど、この息子に比べたら僕なんてまだまだミジンコなのかも知れない。
次の日、バレイント領主殿とその妻殿がやって来られた。
聞いた通り、派手な服は着ておらず必要最低限の貴族服を着ていた。
これだけで彼らの人徳が見て分かるようだった。
庭へ案内して自己紹介をしたら、二人共驚愕して椅子から転げ落ちてしまった。
どうやらここがエクシア家屋敷だと分からなかったそうだ。
あれ? クロウ? 説明しなかったの?
何? 説明したけど、上の空で全く聞いてなかったみたい?
それから領主のギムレット殿から物凄く震える手であの有名な超高価ワイン『シュヴァルプラン』を頂いた。
これはとても嬉しい!
このワインは最早世界でも数本しか存在しないと言われている幻のワインだ。
金貨十枚はするだろうに……こんな高価なワインを頂いても大丈夫なのだろうか?
あっ、ギムレット殿がまた転げ落ちた。
どうやらクロウは自分がエクシア家の息子だと話していなかったらしい。
あれ? ギムレット殿がクロウに土下座してこの度の数々の無礼申し訳ございませんでしたと謝っている。
クロウ……一体何をしたのだ……。
本当うちの息子って……規格外なんだなと実感した。




