348.女神
『決戦の日』。
人類最大の敵であった『アハトシュライン』との激闘の一日である。
その日は後に、『平和の日』と呼ばれるようになり、多くの人類へ、戦いが生む『負の感情』を知らせる事となった。
決戦が終わった次の日。
アカバネ島は多忙を極めていた。
ヘレナによりアカバネ島は『天空の島』となり、落下してくる『天空の城』を飲み込み一体化した。
その事により、元々のアカバネ島の建物は半壊状態だった。
勿論、僕の屋敷も。
僕は急いで土属性魔法で次々と家を建てた。
不格好だけど、当面はこれで我慢して貰うしかないね。
「あ、ソフィア! そっちをお願――――」
あ……またやってしまって……。
僕が如何にソフィアを頼っていたのか、今更ながら痛感している。
だから……絶対に助ける。
それまで泣いて立ち止まったりするものか。
アカバネ島に『次元扉』や『住み家』をどんどん建てていった。
それから数日。
『天空の島』となったアカバネ島に、アカバネ大商会の従業員達が戻って来た。
急いで作った住み家だけど、これからまた建て直す予定だ。
島も落ち着いた頃、僕はお婆ちゃんに呼ばれ、半壊したけど従業員達が真っ先に治してくれた僕の屋敷に向かった。
僕の祖母であるエレノア様。
既に身体は回復しているんだけど、命を削ったせいで、これ以上良くはならないようで、今でも一人では歩く事も出来ないみたい。
「クロウくん、忙しい時にありがとう」
「いえ! バタバタしてたんですけど、従業員の皆さんが頑張ってくれて、そろそろ島も落ち着きますよ!」
「そうね。従業員達の働きっぷりはここからもよく見えるわ、クロウくんが如何に愛されているのか良く分かるよ……お婆ちゃんとして誇らしいわ」
「えへへ、ありがとうございます」
近くにいたお婆ちゃんの手が伸び、僕の頭を撫でてくれた。
「これから私と一緒にシエル様の元に行って貰える?」
「いいですよ!」
こうして、僕はリサとお婆ちゃんとお爺ちゃんと一緒に、『ウリエルのダンジョン』の九層にいるシエルさんの元を訪れた。
「クロウティア様、此度の戦い。お疲れ様でした。そして、ありがとうございます」
シエルさんは僕を見るや否や、深々と頭を下げた。
「シエルさん…………リッチお爺さんに挨拶させてください」
「はい、こちらに」
シエルさんに案内された場所には、一つの棺があり、中にはリッチお爺さんが着ていた服だけが置いてあった。
「リッチお爺さん。お爺さんのお陰で、僕はこの戦いに勝つ事が出来ました。貴方がずっと守って来た『正義の心』……僕はこれから一生大事にしますね」
「クロウティア様、ありがとうございます……これで……父も喜ぶでしょう」
シエルさんが嬉しく笑ってくれた。
そして、僕達はテーブルに座り、お茶を飲み始めた。
「今の世界はまだ安定しておりません。その理由は『世界樹』にあります。『世界樹』は世界の『魔素』を吸って生き永らえます……しかし、この世界の『魔素』がどんどん減って行く一方です…………悔しいですが『アハトシュライン』が健在していた頃の方が『世界樹』にとっては、良い環境でした……」
この話は既に聞いていた。
世界から『負の感情』が減れば減るほど『魔素』の量が減り、『世界樹』が弱る。
だから、『世界樹』を根本的に変える必要があるのだ。
「『ラス女神の石』は既に『世界樹』の中にあります。そして『シス女神の石』は――――」
僕はテーブルの上に美しい石を一つ乗せた。
翡翠色の綺麗な石、これが『女神の石』である。
「では最後に――――『ティア女神の石』があれば、三女神の石を使い――――女神の降臨を行えるかも知れません」
それは――シエルさんがずっと待ちに待った事でもあった。
女神の降臨。
それにより、世界の均等は保たされ、『世界樹』がなくとも世界は平和に戻れる。
僕達は女神の降臨を目指し、『世界樹』の元を訪れた。
◇
奥さん達もみんな見たいとの事で、全員で『世界樹』の元を訪れた。
神々しい世界樹は、世界を照らすかのように、輝いていた。
僕は女神の石を持って、世界樹の根の部分に手を当てた。
――――そして。
◇
「初めまして……ではないけど、実際会うのは初めてだね」
「……ええ、そうね」
僕の目の前には美しい女神様が一人、申し訳なさそうな表情で、僕を出迎えてくれた。
彼女の名は『時ノ女神クロノティア』。
僕に瓜二つな外見をしている。
「えっと……どうしようか、前の名で呼んだ方がいいかな?」
「……うん。私は『クロノティア』という名を捨てたの。だから……貴方から生まれた名がいいわ」
「分かった。メティス」
メティスと僕は真っすぐ見つめ合った。
「メティスは、女神様に戻りたくない?」
「……ええ。そうね…………私は志を共にした友人が二人いたわ。いつまでも仲良く生きていけると信じていた……でも……そんな事は叶わなかった……」
「だからメティスも名を捨てたのね?」
「ええ……貴方の意識の中で目覚めた時は……とても驚いたわ。私に女神としての力は何一つ残されてはなかったけど………………貴方との旅で、私は多くの見て感じる事が出来たの。自分が……狭い鳥かごの中でしか物事を見ていなかった事も……だからシスとラスの事が理解出来なくて、納得出来なくて、ずっと悔しかった……でも今なら分かるわ。クロウくんのおかげで」
「ミカエル様から話を聞いた時、天使達の葛藤もよくわかったよ……だから二人の事、あまりせめないでね?」
「勿論よ……寧ろ、気が付かなかったのは私だけなのだから……謝りたいくらいかな?」
「では二人に再開したら、ちゃんとごめんなさいしよう!」
「ふふっ、そうね。――――再会……か」
メティスが寂しく笑った。
もう二度と会えないのを知っているから。
「クロウくん、ありがとう。私はこれから女神に戻ります。貴方と、貴方が愛したこの世界を守りたいから……だから」
「うん、大丈夫。身体は離れても、僕はずっとメティスと一緒だから」
「――――ありがとう」
――そして、メティスの身体から眩い光が溢れ出した。
僕が持っていた翡翠色の石、世界樹から輝く黄色い石、そして、僕の中から美しい黒い石が現れた。
三つの石は一箇所に集まり、お互いに光り合う。
やがて、三つの石は一つの光に混ざり合い、輝く赤い色の石になった。
そして、赤い石から世界を祝福するように、溢れた光が世界を包み込んだ。
こうして、世界に『女神クロティア』が降臨した。
彼女の慈しむ笑顔に、全ての人々は安寧を感じ、世界には長い平和が訪れる事となった。




