337.強欲と慈善
◆強欲の間◆
「これはまた別嬪さんが来たものじゃ」
アリサが辿り着いた広場の先には、一人の男が待っていた。
真っ白い服、そして帽子、杖。
誰もを慈しむような柔らかい笑顔。
誰が見ても、きっと『聖人』のようだと言うだろう。
「貴方は!? …………そうでしたか、まさかこんな所で出会えるとは思ってもみませんでしたよ……『聖人』カタロフ様」
「ほっほっ……まさか、儂を知っていようとは……はて、初対面だと思うのじゃが?」
「ええ……貴方の事は、『聖女黙示録』から見させて頂きました」
「ほぉ……まだそんなものが残っていたとは……それにしても、『聖女黙示録』というのなら……君は『聖女』じゃな?」
「はい、現代の聖女、アリサです」
「ほっほっほっ、中々面白い、まさかここで――――また『聖女』と出会えるとは!」
「……一つお聞きしても?」
「ほっほっほっ、美女さんの質問なら幾らでも答えてあげよう!」
「……初代聖女、ヴィクトリア様について――」
「ほぉ……その名も知っておるのか……中々深い場所まで知っておるようじゃの?」
「残念ながら、私が知っているのは名前くらいです。当時、どんな事件が起きたのか全く分かりません」
「そうじゃろう……あの事件は――――中々愉快だったからのう! どうじゃ、美人さん。儂に……」
「お断りします」
「むっ、美人というのはいつの時代も――――わがままじゃの!」
カタロフの真っ白な杖から、黒い影の手が数本放たれた。
アリサは小さく詠唱を唱えると身体から聖なる光が発せられ、影の手が消え去った。
「元『聖人』なのに、闇属性魔法ですか」
「ほっほっほっ! 光など、とうの昔に捨てたわい! あの『聖女』を手に入れられなかった時点でな!」
カタロフから小さな刃が投げられた。
アリサは懐に入れていた二振りの短剣を取り出し、刃を跳ね返した。
「それは! ヴィクトリアが愛用していた両短剣! 面白い!!」
その姿からは想像も出来ないような速さでアリサに飛んできた。
アリサを殴りつけた杖が空を斬った。
地面を叩いた杖から鈍い音と共に、地面に複数の亀裂が入る。
地面に広がった亀裂から先程と同じ影の手が多数出現した。
素早く避けつつも、距離を取るアリサ。
既に光属性魔法が空中に展開されており、直後、カタロフに向かって発射された。
「ほぉ! 歴代聖女の中でもトップクラスに強いのぉ! さすがはここに辿り着いた者だけの事はあるのぉ!」
カタロフは飛んできた光属性魔法を杖で叩き割る。
光と闇の魔法が交互に放たれては消えていってが繰り返される。
数回繰り返すと、光属性魔法が一撃、カタロフに直撃して吹き飛ばされた。
「ガハハハッ! 強い強い! あの頃のヴィクトリアよりも強い聖女がいるとは……長年生きてみるものじゃのぉ……これは仕方がないのぉ」
カタロフの言葉にアリサが身構えた。
「大罪ノ進化! 強欲ノ咎人!」
真っ白い衣装が真っ黒に染まり、身体も腐敗していき、骸骨になった。
「ゲハハハッ! 久々にこの姿になるのぉ! 美人を喰らいたい~!」
「元々『聖人』とまで言われたお方が……なんという哀れな姿に……」
「ふん! そんな称号なんてどうでもよい! 儂は称号よりも美人が欲しいのじゃ!」
「女好きから墜ちた聖人……貴方を救済します。神格化、慈善ノ天使!」
禍々しいカタロフとは正反対の美しい天使の姿となったアリサ。
「ぬおおお! 何と神々しいのじゃ……まさに女神じゃ!」
「褒めてくれるのはありがとうございます。でも残念ながら……女神様は私ではなくて、私の旦那様ですから」
「ぬお? 旦那が女神? 旦那?」
「はい、ここに結婚指輪が見えるでしょう?」
「ぬがががが! こんな美人を一人占めしているやつがおるのか! 許せん!! 今すぐ儂が喰らってやるぞ!!」
「ふふっ、残念ながら……貴方なんかに喰われませんよ」
カタロフが飛び上がり、真っ黒い霧に包まれ、大きな骨ドラゴンとなった。
そして、アリサを飲み込んだ。
――――飲み込もうとした骨ドラゴンだったが、アリサを飲み込む直前、アリサから光が溢れ、触れた骨のドラゴンの動きが止まった。
「咎人にも救済を――――救済ノ光」
アリサの両手から眩い光が骨ドラゴンを包んだ。
「ぎ、ぎええええええ」
そして、骨ドラゴンが徐々に溶け始め、消えていった。
消えた骨ドラゴンの跡に、一冊の古い本が落ちていた。




