閑話.赤羽印刷所
※前世の父の話になります。本作品のタイトルから想像出来るようにあの話が出てきますので、苦手な方は飛ばしてください※
※物語最悪の胸糞悪い話ではありますが、どうしてそうなったのか、その葛藤を書いておりますので、興味がある方は是非読んでみてください※
※多少現実と違う事象があるかも知れません※
俺の名は赤羽真央。
子供の頃から勉強が嫌いで、とにかく遊ぶのが好きだった。
今でもその頃の事を思い出せるくらいにはね。
そんな俺は何とか高校を卒業するも、仕事には就けずぶらぶらと遊んでばかりだった。
しかし、そんな中、二十歳を過ぎた頃。
一人の女に惚れてしまった。
彼女の名は桃園由美という。
まだ学生だったが、その美貌に食い入るようにのめり込んだ。
しかし、彼女は俺の事なんて眼中になかった。
そんな彼女に何とか気に入られるように頑張った結果、ちゃんと仕事をして、一人の大人として自立したら考えてあげると言われた。
それから俺は実家である『赤羽印刷所』で働く事になった。
今まで親には散々迷惑を掛けてきたが、俺は本気でやり直すと話すと渋々理解してくれて、働かせてくれた。
うちの印刷所は自慢ではないが、町一番の印刷所で、顔も広く仕事も途切れる事などなかった。
俺はそんな会社で必死に働いた。
そして、あれから三年。
必死に働いた金で三年間、由美をデートに誘ったり、プレゼントを贈ったり、誠心誠意を見せられ、俺達は結婚する事になった。
――しかし、この結婚をきっかけに少しずつ俺の人生の歯車が狂っていった。
◇
三年後、俺にも色んな転機が訪れた。
まず、子供二人目が生まれた。
先に生まれた長男には黒斗と名付け、後に生まれた娘には理沙と名付けた。
更にあろう事か、親父が倒れてしまった。
倒れた親父は印刷所を頼むと言い残し、数日後、天国へと旅立った。
悲しんでばかりではいられない。
生まれた息子と娘と愛する妻を守っていくと決めたから、俺は印刷所の社長となった。
収入も以前とは比べ物にならないくらいには増えていった。
由美にも黒斗達の面倒を見て貰う為に専業主婦になって貰い、更には同年代では考えられないくらいの大きな新しい家を建てた。
――全てが順風満帆だった。
――あいつが現れるまでは。
◇
黒斗が走り回るようになってから更に一年が経過して、三歳になった。
理沙も兄を追いかけて走るようになっている。
その姿がまた可愛くて……オムツの頃はそりゃうるさくて……辛かったけど、今の息子と娘を見ていると幸せを感じていた。
しかし、この年から俺の想像だにしなかった事が起きた。
それは、世界に『コンピューター』というモノが現れた事だった。
最初はニュースで『パーソナルコンピューター登場!』と見ても、大して興味を持たなかった。
しかし、この時、この事に敏感に反応してなかった事が取り返しの付かない事となった。
◇
黒斗が四歳になるまでの一年間。
世界が大きく変わった。
いや、俺が切り盛りしていた『印刷業界』が大きく変わった。
今までは『印刷機』と使って、手作りした名刺や新聞等を印刷していた。
しかし、『コンピューター』の登場により、それを『コンピューター』からアウトプットする事で印刷を行う技術が発明された。
俺はそんな『コンピューター』が大嫌いだった。
だから、社内で『コンピューター』を入れましょうという声に耳を貸さなかった。
あれから一年。
多くの新入社員が辞めていった。
中には、一番頼りにされていた本田部長までもが辞め、『本田印刷所』となるモノを作っていた。
――大量の『コンピューター』を導入して。
あれから更に一年……。
うちのお客様の殆どが、正確且つ早く安い『本田印刷所』に乗り換えていった。
◇
今の『赤羽印刷所』にはたった一人の授業員しか残っていない。
最も古くからいて、親父の親友の『ガン爺』だ。
ガン爺のコネでまだ仕事を貰っているお客さんがいたのだが……従業員も減り、俺は毎日酒に飲まれていて仕事にならなくなっていった。
そして、最後の日。
ガン爺から凄まじい勢いで怒られてしまった。
……ふざけるなよ…………。
俺だって……働きたくない訳じゃないんだよ……。
『コンピューター』?
この印刷所はな……あんたと親父が必死に育てた印刷所だよ……必死に買ったこの『印刷機』を俺に手放せと言うのか?
昔ながらでいいじゃねぇか!
なんでみんな最新最新って……そんなに最新が良いなら出て行けばいい!
…………ガン爺との喧嘩で、爺はもう来なくなった。
次の日知ったのだが……ガン爺はその後、酒浴びる程飲んで、静かに天国に旅立ったとの事だった。
ちくしょ…………。
親父もガン爺も……俺を置いて行きやがって…………。
俺はまた酒に酔いしれ、家に帰ってきた。
また由美から小言を言われるけど、耳には入らない。
その時。
テレビから『コンピューター』のCMが流れていた。
黒斗が食い入るように見ている。
「おい! 黒斗! そのテレビ見るんじゃね!」
「えー! 『こんぴゅーたー』かっこいいのに!」
黒斗のその一言が、俺の心に大きな釘を刺すかのようだった。
それから数日後、誰もいない印刷所で何とか自分の分の仕事はこなすも……また酒に飲まれてしまった。
その日。
帰った俺を待っていたのは、紙で作った『コンピューター』で遊んでいる黒斗だった。
「黒斗! 何だそれは!」
「パパ! そんなこともしらないの? これはこんぴゅーたーっていうんだよ!」
その一言が、俺の全てを壊した気がした。
耳元に、黒斗の「そんなこともしらないの?」の言葉が離れない。
どうしてだ……どうして我が子が……仇のような『コンピューター』に飲まれてしまうんだ。
それから黒斗が「ぱぱ! おしえてあげるね! ここをこうして――」。
ああ……もういい。
こんな世界なんて、クソ食らえだ。
何が『コンピューター』だ。
何が最新だ。
俺が気が付けば、黒斗を殴り続けていた。
理沙が泣き、由美が驚いて黒斗をかばっている。
その日。
酔っていた俺は、初めて自分の息子と妻を殴った。
◇
次の日。
酔いが覚めた俺を待っていたのは……あざだらけの息子と妻だった。
自分がやった記憶はまるでない。
しかし、理沙が「ぱぱだいきらい!」と俺を見て直ぐに泣き叫んだ。
ああ……そうか。
これは俺がやったんだ……。
それから酒を辞める決意をした。
そして、印刷所に行き、今ある仕事を必死にこなした。
ガン爺が残してくれた仕事だ。
最後までこなすよ。
しかし、帰った俺を待っていたのは冷たい妻と息子、娘だった。
この家に既に俺の居場所が無くなっていた。
妻には幾ら謝っても、聞く耳を持ってくれなかった。
心なしか息子も娘も近寄ろうとしないし、俺が近づくと直ぐに泣き叫んだ。
だから……。
俺はまた酒を手にした。
あれから一年。
息子も娘も泣かなくなった。
泣く度に俺に殴られるのが分かっているからだ。
今は家の中が静かだ。
そう言えば、遂に由美も一年間の我慢の末、息子と娘を捨てて、何処かに逃げてしまった。
ああ……ほら見ろよ! 黒斗! 理沙!
お前らの母はお前らを捨てて逃げたんだよ!
人間なんてこんなもんだ!
何が最新だ!
何が『コンピューター』だ!
俺は人間が大嫌いだ。
人間なんて……呪ってやる。




