27.契約
「ッ!? ……は? 契約?」
「はい、僕にはお金と商品を運ぶ算段があります。でも商売は全然分からないのです」
そう言うと、驚いた目でこちらを見るお兄さん。
このお兄さんには最初に見た時、惹きつけられる何かを感じた。
「お兄さんは商売の勘を馬鹿にしてはいけないと言いましたね? 僕の勘ではお兄さんはきっと世界一の商人になれると思ったんです。だから僕と契約して商人になってくれませんか?」
「ッ……ちょっと待ってくれ、一体君は誰なんだ?」
少し落ち着いたお兄さんは冷静になりつつ僕を見つめてきた。
「そうですね、商売は先ず信用からと言いますもんね、何処か僕の力を見せれる場所に連れてってください」
この半年間色々読んだ商売に関する本には『商売は信用が第一』と書いてあった。
「そうだな……そこまで言うのならここの裏路地に行こう、あそこなら誰もいないはずだ」
「分かりました」
そう言いお兄さんに付いて行き裏路地に移動した。
「よし、ここなら誰もいないはずだ」
「分かりました、では先ず僕からですね。僕の名はクロウって言います」
「うむ、俺はダグラスと言う」
「ダグラスさんですね、これからよろしくお願いします」
「いや、俺はまだ君を信用していない」
お兄さんは落ち着いたようで、隙の無い目になっている。
「それでこそ商人ですね、ではまず資金からです」
近くにあった丁度良い高さの木の箱を目の前に運んできた。
その箱の上に大銀貨十枚を取り出した。
「ッ!? 大銀貨? 今のは『アイテムボックス』か?」
「へぇ、流石はダグラスさん。ちゃんと『アイテムボックス』が見えたのですね」
そう言うと隙の無い顔の表情が驚きに変わった。
「僕が遊び半分でダグラスさんを探した訳じゃないという事はこれは分かって貰えましたか?」
「……あぁ」
そしてその大銀貨の隣に僕が作った『次元袋』を置いた。
「は!?」
「これは『アイテムボックス』です」
「大銀貨十枚に『アイテムボックス』……一体君は……」
「僕が誰か知りたいのならば、先に僕を信用させてください」
「なっ!? ……そうだな、分かった。何をすれば良い?」
ダグラスさんの切り替えが非常に速かった。
「はい、では契約の説明をしましょう、僕がダグラスさんに貸すのは三つです。一つ目大銀貨十枚、二つ目『アイテムボックス』、三つ目『防御魔道具』です。それらを使い、商売をしてこのお金を増やしてください。
期限は三か月です。三か月後、再度この街で出逢い、ダグラスさんから言われた金額を受け取ります」
冷静に契約内容を聞いていたダグラスさんは最後の一言でまた目を大きくする。
「言われた金額って……銅貨一枚と言ってもそれを受け取るのか?」
「はい、構いません。それも込みで僕は貴方と商売をするのですから」
そして以前執事のサディスさんから貰って予め作った『契約の紙』を取り出し、ダグラスさんの前に置いた。
その中身を読み始めて、しばらく沈黙が続いた。
しばらくして、ダグラスさんは決意した顔になった。
「この機を逃すのは商人として一番の悪手だ、ただ一つだけ言わせてくれ、この破格な待遇はもちろん感謝している。だが俺が君に最もこの契約を受けて良いと思ったのは、待遇ではなく、『商売は信用が第一』という言葉だ」
真っすぐこちらを見るダグラスさん。
「だからこの依頼はこのダグラスが命をかけて受けさせてもらう、いや、受けさせて頂きます。これからは貴方様の事はオーナーとお呼びします、よろしくお願いします。オーナー」
「えっ、いいんですよ? ダグラスさん、僕まだ五歳ですし、そんな敬語なんて」
「五歳……、ごほん、いえ……これほどの力をお持ち、俺を買って頂いた方に無礼な事は言いたくありません、ですのでこれからはオーナーとして扱わせてください」
「う~ん……ダグラスさんがそう言うのなら仕方ないです。まずはこの三か月間よろしくお願いします」
「はい」
そしてダグラスさんは『契約の紙』にサインをした。
「ダグラスさん、血一滴貰いますね、この『アイテムボックス』ちょっと特殊で、こちらに血を付けてください」
言われたまま、ダグラスさんは指から一滴の血を取り、『次元袋』に付けた。
『次元袋』を使うのに必要なのは、こうして血を付ける事だ。
『次元袋』が一瞬淡く光った。
これでダグラスさん用『次元袋』となった。
設定はダグラスさん用のスペースを作り、出し入れ許可を出した。
次は『防御魔法具』と偽り、小さな飴を渡しそれを飲み込むように言った。
ダグラスさんは迷わず、貰った飴を飲み込んだ。
飲み込んだタイミングでこっそりダグラスさんにバリア最大値とヘイストをステータス百程の分を付与した。
「その飴は約三か月間持続する防御魔法具です、身体に危害は全くないのでご安心を」
「はっ、俺はもう既にオーナーを信頼しておりますので、心配等一切しておりません」
わぁ……ダグラスさん凄い姿勢だ、もうこんなに信頼してくれるなんて。
「その防御魔法ですが、攻撃を防いでくれますので、もし襲われたら頑張って逃げてください。その魔法は足も速くなるので、早々簡単に捕まらないと思います。それとその『アイテムボックス』ですが、ちょっと特殊な物でしてダグラスさん以外はどんな方法でも使えないので他人に渡しても使えません。もしも賊等に襲われ奪われたら素直に渡しても中身は奪われませんから問題ありません」
「なるほど……最近の『アイテムボックス』にはそんな機能が……、では誰も使えないのならただの袋だと偽ります」
「あ、それでも大丈夫そうですね、これで説明等は終わりますが何か質問ありますか?」
「いえ、特には、オーナーは三か月後と言いましたが何日に決めますか?」
「いいえ、日にちは決めなくても大丈夫です。その『アイテムボックス』は僕に場所が分かるようになっているので、ダグラスさんがこの街に帰って来たら直ぐに分かりますから、この街に到着した次の日の朝に会いに行きますね」
「かしこまりました、ではオーナーは安心して吉報をお待ちください、このダグラスの全力で儲けて参ります」
「はい、でも無理はしては行けませんよ、ちゃんと休憩もしながらですよ! 約束ですよ!」
「……かしこまりました」
そして僕はダグラスさんと別れ、屋敷に戻って行った。
◇
◆ダグラス◆
自分には商売の才がある。
でも才はあっても商売する力が無かった。
何故、神は俺にこんな才を授けたのか、ずっと自問自答をしていた。
それは今日、この日のためだったと確信した。
俺の前に現れ、資金から商品を運ぶ手立て、身を護る方法を授けてくださったオーナー。
ただの少年ではないのかも知れないと半年前思った。
それは紛れもなく凄い人だった事を証明した。
毎日商売をする事を夢見、実際商売をするも才はあっても力が無いから失敗が続いた。
毎日が虚しかった。
日雇い仕事をして、その日食う物を食うしか出来ない現状にも嫌気がさしていた。
何故才はあって、力はないのか。
全てはたった五歳というオーナーに俺の全てを預けるためだったと、そう確信した。
だからこの預かったお金を増やす、ただ増やすだけでは駄目だ。
十倍以上に増やしてこその才だ。
三か月……俺にとって人生で一番最高の三か月が始まろうとしていた。




