250.指輪と共に
「あ……え~っと、皆様。今日はどうしたんですか……?」
僕が寝起きると、ベッドの前にナターシャお姉ちゃん、セナお姉ちゃん、リサ、ディアナが談笑していた。
えっと……これは一体どういう状況なのだろう。
談笑していた四人が、一斉に無表情で僕を見つめた。
怖い! 皆、怖いよ!!
「あ、あはは……僕、また何かした……のかな?」
流れる冷や汗と、お姉ちゃん達の視線が恐ろしい……さっきまであんなの楽しそうに談笑していたのに……しかも、何故か僕が寝てる部屋で。
「「「「(じー)」」」」
ううっ……何かを訴える目だ……。
ど、どうしよう。
そんな僕の姿に皆も溜息を吐いた。
そして、リサが僕に左手を出した。
ん?
左手がどうしたの?
今度は薬指を指した。
薬指には僕との結婚指輪がキラキラと光り輝いていた。
指輪がどうかしたのかな?
「えっと……指輪……気に入らなかった……かな?」
僕の言葉に皆信じられないと言わんばかりの表情になった。
ええええ!?
本当にどうし……………………あ。
あっ……。
そ、そうか…………。
「ご、ごめんなさい!!! ちゃ、ちゃんとしますから!」
僕の言葉に皆満面の笑顔で、部屋から出て行った。
――――、一言も話す事なく。
◇
急いでエクシア家屋敷を訪れた。
執務室でお父さんとお母さんが仕事中だったので、恐る恐る中に入って行った。
「あら、クロウくん。そんな恐る恐る入ってどうしたの?」
「あ、あはは……えっと、お父さん? お母さん?」
二人は首を傾げた。
「えっと…………卒業前にも話したんですけど……僕、結婚――――」
二人がバタッと立ち上がった。
そして、僕に走ってきて、おでこに手を当てた。
「貴方、クロウくんに熱はないわよ?」
「それは本当か!?」
い、いや! 僕だって偶には男らしい事くらいするよ! 今朝のあれがあったからだけど……。
それを聞いた両親は笑いこけるくらい笑った。
「それで、クロウは向こうの両親には許可を取っているのよね?」
「え?」
「「え?」」
「あああああ! 忘れてた!!!」
本当にごめんなさい。
自分の事しか考えてなかった!
奥さん達の両親に挨拶するのも許可を取るのも全然やってなかったぁぁぁ。
――それからお母さんに三十分程説教された。
◇
まずは第一婦人となるリサの両親……ではなくお母さんしかいないので、セシリアさんに会いにきた。
「あら、クロちゃん。いらっしゃい」
セシリアさんは既に『女神教会』の教皇となり、多忙な生活を送っ――――ていると思っていたんだけど。
「最近暇になってしまって~」
教皇って物凄く忙しいんじゃないのかな?
「教皇って月一回の礼拝に顔出す事以外は、特にないのよね~、『女神教会』では尚更で、礼拝より『女神ポーション』で世界の人々を救う方が徳が積めると話してるから、信者さん達がそっちに熱心でね」
それはとても素晴らしい事なんだね。
「それで、クロちゃんはどういう用事かな?」
僕はセシリアさんの前に正座をした。
セシリアさんも驚いたが、しっかり僕の目を見つめていた。
「娘のアリサさんとの結婚を許してください!!!」
どうやらリサからは何も聞いてなかったようで、セシリアさんの目からは今まで見た事もないくらい涙で溢れていた。
セシリアさんが僕を優しく抱きしめてくれた。
――――前世で感じた事があるお母さんの優しい匂いがした。
「どうか、アリサちゃんを、おねがい、ね?」
「はい! 必ず幸せにします!」
――――――――「お義母さん」
◇
今度は第二婦人となる――――セナお姉ちゃんの両親の前にきた。
「すぐ帰ってきたわね。もう終わったの?」
「えっと、第一婦人になる奥さんから順番に回ってるけど、第二婦人の番だったから」
それを聞いたお父さんとお母さんが少しキョトンとしたけど、すぐにその意味を分かったようで、「そうか」と呟いてくれた。
「クロウ。うちには既に娘はいない。しかし、父親として頼みがある」
お父さんとお母さんの優しい眼差しが僕を見つめていた。
「勿論、奥さんになる皆さんを大事にするんだよ……でもその中でも、第二婦人を悲しませないようにね」
悲しませたりしないよ。
だって、彼女は僕の大好きな――――――。
◇
第三婦人となるディアナの両親の所にやってきた。
アレウスさんとヘレネさんはアカバネ大商会の警備隊の訓練中だった。
二人が一緒にいるのも珍しいと思ったら、この後、別々に分かれてダンジョンに行くみたい。
「これはクロウ様。このような場所に」
僕を見かけてアレウスさんとヘレネさんが近づいて来てくれた。
「えっと、実は本日はお願いというか、ご報告というか……えっと――」
結婚の件を言おうとしたその瞬間。
二人が僕の前に土下座した。
えええええ!?
「「クロウ様、どうか、うちの娘を末永く宜しくお願い致します」」
それ僕の台詞ですよ!!!
それからお二人を何とか宥めて、お義父さん、お義母さんと話すと、お二人は仕事が出来ない状態となった。
◇
最後に屋敷の一角にあるアカバネ大商会の管理職の部屋にやって来た。
今までは屋敷のホールを区切って会議室や管理職の部屋とかにしていたけど、いつも間にか屋敷が横に伸びで、そこがアカバネ大商会の事務棟になっていた。
「これは、クロウ様。こんな場所に来てくださるなんて、珍しいですね」
「そう言えば、ディゼルさんの所に直接来るのも数年ぶりですね」
「あはは、普段は会議室ですからね~、今お茶を淹れますので」
久しぶりにディゼルさんが直接入れてくれるお茶を飲んだ。
今では世界で最も大きい商会となり、資金は勿論、給金も最高峰の額を貰っているディゼルさんだけど、出されたお茶は十年前から親しんでいる安いお茶だった。
「クロウ様に出すには、あまりにもみすぼら――」
「僕、このお茶とても好きですよ! 高級な紅茶も勿論美味しいですけど、ディゼルさんが入れてくれるお茶、本当に美味しいです」
ディゼルさんが満足げに笑ってくれた。
「私はね、二十年前、妻を亡くしてからナターシャには妻の分も幸せになって欲しいと、ずっと願っていました。しかし、その願いも虚しく、自分の娘が亡くなる一歩手前までなりました……このお茶を飲んでいると、あの頃が忘れられません。このお茶は私の原点であり、始まりの時点を忘れさせない味なのですよ」
爺臭い話で申し訳ありませんねーガハハッと笑うディゼルさん。
「ディゼルさん。これからもですよ。これからも――ディゼルさんもナターシャお姉ちゃんも、奥さんの分まで幸せになって貰わないといけませんからね?」
僕の言葉にディゼルさんが優しく微笑んだ。
「だから、これからも見守ってください。お義父さん」
ディゼルさんの大粒の涙が床に落ちた。