191.ダグラス・アカバネ
結婚式が終わった。
和装衣裳の夫婦に感化され、広場の多くの者が涙を流した。
新たな夫婦二組は、涙を流しながら笑顔で退場した。
この日、グランセイル王国のエクシア領にて、新しい貴族が生まれた。
ダグラス・アカバネ準男爵。
王国で最も影響力を持っている商会の会頭が、エクシア領主の下、正式的に貴族となったのだ。
多くの者が、アカバネ商会の名前をただ継いだように見えていた。
だが、当事者達だけが知っている。
『アカバネ』の名前に込められた想いを――――。
◇
◆ダグラス・アカバネ◆
俺は孤児だった。
親の顔も知らない。
物心がついた頃には、既に孤児院で過ごしていた。
五歳の時、俺は『交渉者』という特殊職能を開花した。
最初はとても喜んでいた。
大人になれば、俺は自由になると思っていた。
孤児院では自由より規律が守られていた。
俺はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。
十五歳となって俺は漸く自由になった。
孤児院を出て、すぐに商売を始める事にした。
俺が授かった職能『交渉者』は、売れる商品の気配が感じ取れた。
だから、俺は出来る限り稼ごうとした。
最初の三回までは順調に進んだ。
しかし、四回目の商品搬送中、それは起きた。
俺が乗っていた馬車が盗賊に襲われたのだ。
命大事さに俺は商品を置いて、逃げた。
後から知ったのは、その盗賊も馬車も全員グルだった。
そんな俺は騙されている事など知らず、森を走り、逃げてまた逃げた。
気が付けば、たどり着いた場所はグランセイル王国だった。
それからも商売を頑張った。
だが、騙され、奪われ、盗まれ――――。
俺は神を恨んだ。
何故、これ程までの職能を授けておきながら、商売をさせてくれないのか!
何故、俺は自由になれないのか!
あの孤児院という狭い世界の中で、決められた事だけをして生きていかねばならなかったのか!
俺は来る日も来る日も自由を夢見て、その日やっとの暮らしで歳を取って行った。
そんなある日。
流れ着いた港街での事だった。
俺の前に不思議な少年が現れた。
俺と契約をしないか? って。
あはははは。
俺は……こんな少年にすら、可哀想に思われているのか……。
最初はそう思った。
だけど――、少年は俺の目の前で、次々奇跡を見せてくれた。
しかし、そんな少年の目が俺に訴えかけていた。
――「どうか、僕を助けて」
それが、俺が少年の目を見て、初めて感じた言葉だった。
少年の提案には驚きしかなく、俺は全力で少年の力になろうと決めた。
俺は少年の代わりに商売を続けた。
最初にアヤノが仲間になり、次はディゼル殿やナターシャ嬢が仲間になった。
多くの仲間が増えた。
賑やかになり、商売もどんどん楽しくなった。
少年も笑顔でいる事が多くなった。
しかし、ある日、我々従業員達は集められた。
少年からあるお願いをされたのだった。
――「もし、この商会に「オーナーの名前はアカバネなのか」と尋ねてきた人がいた場合、必ず「リサという名に聞き覚えは?」と聞いてください。そして反応があった場合、必ずその場で捕らえてください。どんな手を使っても構いません。お願いします」
あの時の少年の言葉。
何でも出来る少年が、淡々と話していたけれど、俺には違うように聞こえていた。
――「どうか、僕を助けて」
あの時の目と同じ目だった。
あの言葉は悲痛な叫びに聞こえた。
少年が何故商会を大きくする事に躍起になっているのかは分からない。
少し予想は付くが、あくまで予想だ。
だが、そんな理由なんてどうでも良いのだ。
少年は――俺を、俺達を、救ってくれたのだ。
その御恩を少しでも返せるなら、俺は悪魔にでもなろう。
それから俺は明確な悪事にならなくて、出来る事は全て行った。
人に言えないような事も――もちろん、行った。
俺の手で潰した商会は、最早数える事も出来ないくらいに多い。
それでも――それでも良かったんだ。
俺を助けてくれた少年が、俺に助けを求めて来たんだ。
――『アカバネ』の名を広めたい。
ああ、任せてくれ。
俺の人生、全てを捧げても、必ず少年の助けとなろう。
あれから何年経ったのだろうか。
ある日、少年から今までにないくらい嬉しそうに、紹介したい人がいるとの事だった。
最初は婚約者でも出来たのかと思っていたけど、そこには俺の想像を遥かに超えるモノが待ち受けていた。
紹介されたのは、前世の母親と妹だという。
少年は今まで、前世の妹を探すために、アカバネ商会を広めたかったと告げた。
その理由は、アカバネは名前のようで、自分と前世の妹と繋ぐ、唯一の絆だったそうだ。
大貴族、大量のお金、多くの部下。
そんなモノ、少年にはどれも要らなかったんだ。
ただ、前世の妹を探したかっただけだと――思い知らされた。
ああ、これで俺達は少年から捨てられるのだと……そう思えた。
でも俺達は捨てられなかった。
目的を達成したにも関わらず、少年は更に前を進んだ。
――本当に嬉しかった。
また少年と一緒に歩く事が出来る。
その事に、今まで抱えた不安が全て吹き飛んだ。
それから数か月が経った頃、少年から世界を救う商会にしたいと言われた。
既に彼は名前を広める必要がなく、新たな目的が出来たからという事だった。
だから俺はそんな少年の新たな目標のために頑張る事にした。
最初にやったのは、今まで多く潰した商会の者や、ライバル商会を訪れた。
少年と一緒に考えた『天使の輪』契約を受けて貰うために。
俺はライバル商会や潰した商会の連中に頼み込み、断られる所は土下座までした。
中には靴でも舐めたら考えてやると言われたから、靴を舐めようともした。
俺は――別に自分のプライドなんてどうでも良かった。
全ては少年のためになればいいのだ。
こんな俺でも可愛らしい恋人が出来ていた。
少年に初期仲間として認めて貰っているアヤノだ。
彼女から猛アタックをされたが……俺は少年のために死ぬと決めていると伝えた。
彼女はそれでも良い、二番目の女になっても構わないと言ってくれた。
こんな俺なんかの何処が良いのか……。
『天使の輪』契約も無事、王国内ほぼ全ての店にありつけた。
やっとひと段落出来るようになった。
そして、少年の兄が公然の場で告白を行った。
ああ、この瞬間しかないなと、俺もその勢いにあやかって、アヤノに告白をした。
それから二か月はとても早かった。
結婚式の日。
俺は多くの者達に祝福される中、結婚をした。
ああ、少年と出会うまでの自分には、夢にも思ってなかった人生だった。
本当にこんな幸せな人生をありがとう。
結婚の儀式が終わると、司会者のセシリアさんから、どうやら祝辞があるとの事だった。
ああ、恐らく、少年だろう。
彼はいつも、こういういたずらがとても好きなのだから――。
そして少年から、俺達に感謝を述べてくれた。
違う、それは俺達からの言葉だ。
少年がいなければ、今の幸せな俺達はいなかったのだから。
最後に少年から贈り物があるとの事だった。
また、とんでもない贈り物をしてくれるのか?
いつもみたいに――――。
いつも……みたいに……とんでもない……贈り物を…………
貴方様は…………自分で……一番大事だったモノを……俺達にくださるのですか…………
クロウ様……俺はこの先も……嫌だと言われても……一生――――
貴方の傍で仕えさせて頂きますからね。