176.地下の怪しい商品
◆エクシア領都エドイルラ街、とある冒険者◆
――はぁ。
俺はエドイルラ街で冒険者をやっている者だ。
何でエドイルラ街で冒険者をしているかと言うと――。
俺はAランク冒険者『スレイヤ』のサリアちゃんに一目惚れしたのだ。
あれから、偶に彼女を見かけられるエドイルラ街で冒険者を続けていた。
しかし……。
最近めっきり姿を見せなくなったのだ!
あの美しい姿が見れないなんて……。
だから、最近では全然やる気が出ない。
そんな中――――とある噂が出回っていた。
「なあなあ、あの噂聞いたか?」
「あん? あの噂ってどの噂だよ」
「ほら、今一番噂されてるあれだよ、アカバネ商会の地下の件だ」
そう、今エドイルラ街……いや、エドイルラ街の冒険者ギルドで一番噂になっているのは、あのアカバネ商会のエドイルラ本店の地下に、とんでもないモノがあるという噂だ。
それはどうやら疲れを一瞬で吹っ飛ばせるモノらしい。
そこに入るには、当たり前だが『プラチナカード』が必要で、更にある程度、『プラチナカード』の点数を貯めた実績がある人だけが入れるらしい。
「ああ、あの噂か……、そんなモノあるわけないだろう、あれはただの噂じゃねぇの?」
「いや、そうでもないよ。Bランク冒険者のパオンさんが行って来たって言ってたのを盗み聞きしたんだよ」
「それは本当か? あのパオンさんが……、それで? どうだって?」
「それがさ……想像していたよりも、想像も出来ないくらい飛んだらしい」
「まじか……まさか、危険な物ではないだろうな?」
「ああ、アカバネ商会の魔道具で幻術を掛けてるだけで、危険な要素は全くないらしいぜ。ただ……」
「ただ?」
そいつは俺に更に顔を近づけた。
「中毒性がヤバいらしい、もうあれがないと生きていけないとまで言っていた」
「くっ、さすがアカバネ商会だ……さすが悪徳商会だな」
「ああ……、ただパオンさん程の者があれだけ絶賛しているからな」
それもそうだろう。
あのアカバネ商会とやらは、ここ数年でとんでもない成長を遂げた。
今では王国内で知らない者など、誰もいないだろう。
くっ……あのナターシャ嬢……。
俺は初めて見たとき、一瞬ハマりかけた。
だが、俺の頭にはサリアさんの悲しい顔が思い浮かんだ。
だから、俺はあの『アイドル』を追っかけたりなんてしないぜ。
くっ、あいつから聞いたあの地下の件が頭を離れない……。
最近、サリアさんにも会えてないし、俺も色々疲れが溜まっているのかも知れない。
だから、俺は、それを証明するために、アカバネ商会エドイルラ本店にやってきた。
「いらっしゃいませ~」
くっ……アカバネ商会は質も高いから、店員一人一人既に可愛いんだよ……。
その愛くるしい尻尾に猫耳とか最早反則級だ。
「えっと、地下の件で……」
「かしこまりました。申し訳ございませんが、あの商品は『プラチナカード』及び一定の実績が必要でございます。確認させていただきます」
店員に俺の『プラチナカード』を渡した。
この『プラチナカード』、どれ程凄いかと言うと、他人の『プラチナカード』を渡すと、他人の物だとすぐにバレるのだ。
どうやら、登録するとき、その人の魔力の波長? というのがあるらしく、それで個人を特定しているとの事だ。
だから、偽造や盗みなど、全く意味がないらしい。
「はい、ガリオン様でございますね。いつもご利用ありがとうございます。『プラチナカード』Aランクを確認致しました。ではエドイルラ本店の特別商品『タワージャンプ』へ、ご案内致します」
店員に案内されて、店舗の奥に向かった。
奥にある部屋には既に数人が待っていた。
そして――。
そこで見たモノは……信じられないモノだった。
サリアちゃん!?!?
その部屋にはAランク冒険者『スレイヤ』パーティーメンバーがいた。
「ん? お~ガリオンくんじゃないか、元気してたか?」
『スレイヤ』のリーダー、アグネスとは、実は同期の冒険者だったりする。
そんな彼女から挨拶された。
「お、おう、アグネスも元気そうだな」
「そりゃな!」
くぅ――出来ればサリアちゃんに声かけて貰いたかったけど、俺なんて眼中にないと言わんばかりの雰囲気がまた――――たまらない。
「アグネスは、ここに来た事があるのか?」
「あん? そりゃもちろんあるだろう!」
そ、そうか。
「あたいたちもいつも利用させてもらってるからな」
へ、へぇー、それは初耳だ。
「ガリオン、お前はここ初めてか?」
「あ、ああ」
「くくっ、そうか、くくっ」
アグネスが怪しそうに笑っていた。
「お前もここに来たのが運の尽きだったな」
「え? ……ここ、そんなにヤバいのか?」
「ああ、ヤバいとも」
くっ……あのアグネスがヤバいと言うのだから……相当ヤバいのだろう……。
しかし、ここにはあのサリアちゃんもいる。
だから――。
俺はここに来て良かったと思う。
そんな事を思っていると、下から数人の人が上がって来た。
皆、良い表情している。
何かが吹き飛んだような表情だ。
「お待たせ致しました。皆様、こちらの階段から下に向かってくださいませ」
店員の指示で、俺達は階段の下に降りていった。
前を歩く、サリアちゃんからは『アカバネ商会』の超人気商品『アカバネ香水』の良い香りが漂っていた。
くっ、もう既にこれだけで俺は満足だ。
後は、どうなろうが、なるようになれ!
階段を降りたら、また部屋があった。
その部屋にいた店員さんから、全員椅子に座るように指示された。
そして店員さんは何やら怪しいお香を焚いた。
部屋に良い香りの煙が広がった。
「お待たせ致しました。既に皆様はこちらにございます『快楽の魔道具』により、アカバネ商会の特別幻術に掛かっております。今から外に向かって頂き、正面にございます立ち台から、飛び降りて頂きます」
なっ!?
『快楽の魔道具』!?
幻術!?
立ち台から飛び降りる!?
既に理解不能な言葉が並んでいたが……アカバネ商会のやる事だ。
理解不能な事が多すぎるのだ。
――そして、目の前に広がる幻想的な世界に、俺は幻術に掛かっているのだと実感出来た。
最初の一人が、立ち台から迷いもなく、飛び降りた。
彼は叫び声と共に飛び降りて、段々と叫び声も小さくなっていった。
――一体どうなるのだ?
そう思っていると、今度は彼の笑い声が微かに聞こえ始めた。
――そして、彼はなんと! 下から上がってくるのではないか!
立ち台に戻って来た彼は、大きく笑っていた。
一人、一人、また一人と、そういう風に飛び降りては、また飛び上がってきた。
そうか、これが疲れが飛ぶ正体か!
俺の出番の直前、サリアちゃんの出番だった。
――そして。
あのサリアちゃんが叫んだ!
うおおお!
上がって来た、サリアちゃんの白い足が見えた。
ぐはっ。
俺の出番になった。
立ち台の下には川が流れていた。
くっ、ちょっと――いや、めちゃ怖いけど、今までの人達は飛び上がってきた。
だから大丈夫だろう!
どうせ、これは幻術なのだから!
よし! 俺は飛ぶぞ! 飛べるぞ!
――そして俺は、立ち台から飛び降りた。
――そう、毎日。