96.そしてまた一年
お姉ちゃんが入学してから一年近く過ぎた。
この一年間、お姉ちゃんから毎日のように『遠話』があったので最初の一週間からは何事も無く時が過ぎた。
この一年は特に大きな事も無かった。
いつもアカバネ島を巡ったり、新しい奴隷達の契約をしたり、珍しく欠損奴隷もいたので回復してあげたりした。
奴隷組も含め正従業員は既に五百人を超えていた。
五百人になってもやれる事がまだまだあるので従業員はどんどん増やしたい所だった。
奴隷のまま一年働いた者は奴隷解放を行い、残留するも良し、独立するも良しとしているが今まで辞めた人が誰一人いない。
それと『オペル』達の『ライブ』も上手く行っていた。
毎月行われる彼らの『ライブ』に追いかけて応援していたりと多く応援されていた。
握手会も毎回盛り上がりを見せた。
今まで売っていた飲み水もナターシャお姉ちゃんだけでなく、彼らの顔が貼られている水も売るようになり、その水の売り上げでどれくらい応援されているか本人達が競っているようだった。
やる気を保つため、その水の売上でボーナス給金を受け取っているようで、卑怯な手は一切行わず、正々堂々と『ライブ』のパフォーマンスで魅せていた。
『オペル』達はまだ正従業員ではないので『次元扉』が使えず移動も全て馬車で、給金も低かったけど頑張っていた。
完成したバレイント領の大橋では遂に、隣国のテルカイザ共和国との交易も正式に決まった。
しかし、他の商会の交易は全く実らなかった。
何故なら、交易も何もアカバネ商会が展開しているので、交易したとして利益が全然取れないからだ。
大橋は大陸一の長い橋となり、美しいアクアドラゴンの湖を背景に走り抜ける事が出来、とても人気の観光名所となった。
橋を抜けた先に『クリア村』という村があったのだが、大橋を観光名所にするためにバレイント領主とアカバネ商会からの投資で大きな町へと変貌を遂げた。
クリア町には多くの宿屋やアカバネ商会の『プラチナエンジェル』印の売り物、大橋に因んだお土産屋等が賑わいを見せた。
そしてもう数年になる『ポーション』の作りも順調だった。
既にどれくらいの量かも分からないくらいあった。
しかもこのままでは効能が強すぎて売れず薄める必要があり、通常販売出来る量にすると今の五十倍の量になるようだった。
アカバネ島の工場で『ポーション瓶』もずっと生産しており、その数も間もなく十万個を突破しそうだった。
魔道具隊が作ってくれたポーション瓶制作魔道具のおかげで簡単に作れるのがとても良かった。
◇
今年の決算会議の後に、お父さんから呼ばれた。
お父さんの執務室へと向かった。
何だか久しぶりに訪れた気がした。
「やあ、クロウ、掛けてくれ」
そう言われ、ソファーに腰かけた。
どうやらお母さんは出掛けているようだった。
「今日呼んだのは他でもない、来月から学園に通って貰うためだ」
そうだった……お兄ちゃん達もお姉ちゃんも学園に通っているのだから……。
ライお兄ちゃんはもう既に卒業しているが、騎士団に数年在籍するとの事だった。
「今までクロウには自由にして貰いたくて病気と偽って来た。でも僕としてはクロウにも学園に通って欲しいと思う」
「それは……どうしてですか?」
「恐らくクロウが学園に通ったとしても得られる知識は少ないだろうね、それより時間が縛られて自分がやりたい事も出来なくなるかも知れない」
それを頷きながら聞いた。
「でも、学園では他では学べない大きな事がある、しかもそれは今のクロウに一番足りないモノなんだ」
「僕に一番足りないモノ?」
僕は十分に充実した生活を送っていたつもりだったけどな……。
「それはね、友情なんだ」
「ゆうじょう??」
「そうだ、今のクロウに従っている者は数えきれない程いる、だがそれは対等な関係ではなく、一方的にクロウを崇拝しているに過ぎない」
確かに……従業員の皆さんと仲が良いと言うのとは少し違う気がする。
「本来なら、お茶会等に参加して友人を作るべきだったが……アカバネ商会の件や『賢者』の件があり、クロウには自由にして貰っていた。しかしクロウに足りないモノ、それは友人がいない事だと僕は思う」
お父さんからそう言われた時、僕は衝撃のようなモノを感じた。
こんな僕に……友人なんて大それたモノが出来るのだろうか?
「学園に通えば自ずと友人も出来よう、勿論良い事ばかりではない。エクシア家を敵対する派閥からは嫌われる事もあるだろう、しかしそれも人々の社会であり、人生だと思うんだ」
僕はお父さんの言葉に何も言えなかった。
でもお兄ちゃん達やお姉ちゃん達が歩んだ道を僕も歩んでみたいとは思う。
僕に友人が出来るかは分からないけど、エクシア家の三男としてちゃんと通ってみようと思う。
前世ではあまり良い思い出は無かったから、
妹と一緒にいじめられていたあの学校に……。
誰も助けてくれなかったあの場所に……。
そんな不安だらけの僕を時は放っておいてはくれなかった。
次の月、僕は王都学園『アルテミス』へ入学する事となった。
それでも、お姉ちゃんが毎日会えるようになるから喜んでくれて、それが嬉しくて僕も気が楽になった。