7リップル マリーシャ、フリップル三人揃う。
森の宿屋「リップル」の赤瓦の屋根の上では、今、男たちの領土争いが、静かーに展開していた。
「おい、邪魔だなアンタ」ワイアットが言う。彼は降棟に這い、割れ、落込んだ赤瓦を交換中。
「アンタって呼ぶなよ、アンタ」オルファンが返す。ワイアットと近い個所を踏み抜かないよう、注意を払ってソロソロと動く。
「アンタとはアンタとはアンタ!」とワイアット。
「アンタアンタってアンタ、あーもういい、ワケがわからなくなってきた。俺は煙突掃除の方する!」
オルファンがヘソを曲げて、梯子を降りて行った。
「やりー俺の勝ちー、ワイアット氏、屋根の上を完全に支配下に収めました、敵は領土を放棄し、退散しました」
「違う、アンタに負けたんじゃない、聞き捨てならないな!」
再び闘志を燃やして梯子を登ってくる、オルファン。
「よおーし勝負だ、どっちが先に終わるか、オレこっち、アンタそっち側な」
ワイアットがそう、反対側の勾配を指してオルファンを煽る。
「受けて立つ!」
そんな朝の、宿屋リップルの赤い切妻屋根の上は、とても賑やかだ。
メリナが時々、そんな二人の様子に、プッと吹き出してクスクス笑いながら通り過ぎて行った。
二人の葺き替え工は、競って猛烈に作業した。煙突掃除もお互い主導権を握ろうと、筒の中でブラシを交え、バチバチと火花を散らして磨いた。
オルファンとワイアットは、何故だか反目するように徐々にヒートアップしていく。
昼過ぎには終えて、煤にまみれた二人は、一風呂浴びに衝立を破砕する勢いで、湯桶を奪い合う。
マリーシャは、森の木漏れ日が差す日陰に、ピクニックシートを敷く。
今頃はオルファンと、とっくに出発していたハズだったのに、まさか家のすぐ目の前で、お弁当を広げる事になるとは。
宿の風呂場の辺りから時折、うおおおっどおだああーっ、きかぬひかぬわーと二人の雄叫びが上がり、マリーシャはその方を見遣る、小さく吐息をつく。
「二人ともーお昼とうに過ぎよー! 早く行こうよーオルファン――。今日が旅立ちに良き日だって言ってたじゃない――夕方になっちゃう――」
その声に、二人がドアを蹴破り、半裸で飛び出してくる。上着に袖を通しながら、お互いに睨みあって、大股で快走してくる。
二人は、ジャンピング着座すると、これまた猛烈な勢いでマリーシャの用意したランチを食らい始める。
メニューは川魚のエスニック照焼きサンド、チーズ包み焼き、ぶどうジュース。
「やるねーアンター! あーこれウマー宿娘ー!」とワイアット。
「は!? マリーシャ!」と両手を腰にむくれる、彼女。
「彼女に頂きますくらい言えないのか、ワイアット! あまりに失礼だ!」
先に彼の名を呼び直したオルファン。お互い、アンタ呼ばわりじゃラチが明かないと踏んだ。
「あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。マリーちゃん!」
「この恵みに感謝して、頂きます、マリーシャ」
「どうぞ召し上がれ」
誇りを賭けて戦い抜いた男たちは、彼女が、一口二口食べる間に、あれよあれよとランチを平らげていった。
「さーて、腹も膨れたし、俺も旅に付き合おっかなー! 考えてたんだけどよ、アンタ俺のいい相棒になりそうだぜ」
ワイアットも、二人の旅の目的は聞いていた。また親としてメリナの旅の気がかりも知っていた。
自分も、お願い竜探しを差し当たって目標としていた。ただ、二人は親しそうだし、部外者が首を突っ込むのもどーかなーっと、口を挟まないでいた。
「ちょっと、勝手に決めないでよ! オルファンだって迷惑よ、貴方たち仲悪いし」
「いや、俺は構わない――正直一人より二人の方が、君の安全も図れる。お母さんだってきっと心強く思うだろう、こんなカレでも」
「いやいや、そんな言い方ないじゃんかって、腕は確かだぜ、こんなオレでも」
そう、銃のホルスターをポンポンと叩くワイアット。
マリーシャは少し考え、小首傾げながら「そうね、それがいいかも」と言うも、彼とオルファンが旅の先々でトラブルのタネにならないかと考えていた。
――マリーシャ、フリップル三人揃う。 7リップル。