5リップル マリーシャ、カウボーイを叱る。
とある、森深い奥地にある小さな宿「リップル」。
周辺の森の景観は幻想的で、雄々しく大自然が広がる。
様々な樹木に囲まれ、青く澄んだ清々しい湖や川といった水辺がある。
そして何やら、森の入り口には、おかしな看板がある。
『あなたもこの森を訪れたなら、隠れてる動物を探して歩いて進もう!』
なんだこれは――。さらに山道を行くと、また看板がある。
『じっと動物がかくれんぼしてるので、見つけてあげると、コモドオオトカゲや黒ヒョウ、サイ、水牛の群れ、他にも元気一杯に飛び出してくるよ! さて、あなたは何種類の動物を見つけられるかな?』
「怖い森だなおい」
流れ者のワイアットは、そんな騙し絵のような森に、ある日徒歩でやってきた。
乗馬して来たのだが、危険を察知し、馬なのに脱兎の勢いで逃げていった。
あの沈む夕日、明日に向かって地の果てを撃った。
跳弾した。
――ヤバメ・ドラゴンだって? 今ヤバかった。かすったぜ上等だ。
穴の開いたテンガロンハットを目深に被りながら、ドラゴンの噂に彼は思う。
……俺も、お願いドラゴンってヤツに、どうにか出っくわさねえもんかな。
こっちから出向くのは面倒だが、ま、楽しくやれる連れ合いでもいりゃ別だ。
行く先々で湧く賞金稼ぎの連中もいい加減、煩わしいぜ。俺の賞金首を返上して、ここいらで楽をしたいところだ。
相棒でも探すか。
ワイアットの望みは、退屈とは無縁で洒落で、毎日を面白おかしく、常に上機嫌でいること。
世渡りが上手で、銃の腕も一流で早撃ち。だが、やたらに抜かない。そこに彼の生き方があった。
まるで何かの縁に導かれるように、道だけ凝視して、森を突破し、宿屋リップルまでたどり着いた。
ワイアットは口達者で親しみやすい。誰とでもすぐ打ち解けるので、宿の亭主をいつものようにノリと口八丁で、タダ飯タダ宿に預かろうした。
だが、そこは思わぬ、動物絵本の世界が目の前で繰り広げられていた。
「――そ、そうだ、ウサギかシカを狩ってきてやる。それでどうだ、今夜、泊まらしちゃくれねえかな」
荒野の渡り者は銃も使うが、罠の名人でもある。
マリーシャは今、禁句ワードを口にした彼を、じーっと見据えながら、はっきりと言った。
「狩りですって?! 今、そう言ったかしら? 狩りなんかダメ――!」
彼女は両手を振り下ろしながら、ワイアットにツカツカと歩み寄る。
森の薪割りチーム、配置には定評のあるヒヒ、一刀両断のクマ、木こりゾウの親子、応援シマリスも一斉に動きが止まった。
「動物たちを傷つけたら許さないんだからね! そんなことしたら皆に酷い目に合うんだから!」
下から射るような彼女の視線に、ワイアットがたじろいでると、ちょうどそこへ、大きなカゴいっぱいに野菜を入れた、マリーシャお母さんが帰ってきた。
「どうしたのマリーシャ、そんな大声出して。あら、お客様かしら?」
「なんてお美しいマダム! 綺麗な瞳、私を虜にするようなその微笑み、お召しのドレスもまた素敵、そのネックレスも一段と輝きを増し似合ってる!」
ワイアットがぶちかました。大仰に手を振り上げながら寸劇を始める。
「ああ、私は今、とても幸福感に包まれる。魅力的な女性に見つめられ、今にも気絶しそうだ。マリーシャ、君は本当に素敵なお母様、家族に囲まれて育ったんだね。君と話してると、それがわかるよ」
そう言って、マリーシャ母の前で奥床しく片膝を折る。
シラノ・ド・ベルジュラックでも気取りっぷり。
「まあ、ありがとう。男性にそんなこと言われたことないから、なんだか勘違いしそう」
まんざらでもないといった具合に、手を頬に添えるお母さん。それにマリーシャは眉をひそめて怪訝な表情を見せる。
……おーい、父さん全力で帰ってこーい。
――マリーシャ、カウボーイを叱る。 5リップル。