9.不憫な男
「根も葉もない噂に苦しめられて……」
やっと手を離してくれたフィナさんは、エプロンで涙をぬぐっています。
噂というのは、クラウス様の素行不良のことでしょうか。
でもそのせいで王女様から婚約破棄をされたんですよね?
「あの、根も葉もない噂というのは……?」
わからないことは聞いてみましょう。フィナさんもなんでも聞いてくれと言っていましたからね。
知らないことは知ろうとすることが大事なのです。
「もちろん王都での噂ですよ。クラウス様が複数の愛人を 侍らしてるとか、隠し子がたくさんいるとか、酒場で大暴れして人を怪我させた野蛮人だとか」
わお。そんなに色々あったんですか?
私が聞いたのは浮気しまくりくらいです。やはり、田舎では情報収集がイマイチでしたね。
思っていたより、ひどい内容です。
「クラウス坊っちゃんがそんなことをするわけないんですよ! あんなに優しくて真面目な子はいないのに……。
おいたわしや、クラウス様」
シクシクと涙を流すフィナさん。
どういうことでしょう。
クラウス様を持ち上げるための嘘でしょうか?
それとも噂はデタラメだった?
うーん、よく考えてみましょう。
確かにクラウス様は、鼻水まみれの泣き顔をさらすくらい王女様にべた惚れでした。
それに、女性と浮気しまくりの割には夜も下手……おっと、あまり慣れていない様子でしたね。あれ、もしかして初めて……?
おやおや、噂がデタラメということは、なにやら陰謀の匂いがします。
先ほどから黙ったままのお義母様に視線を向けると、彼女は申し訳なさそうにしています。
どんな表情でもお綺麗ですね。
「ごめんなさいね。私たち家族の説明では、信用してもらえないと思ってなにも言わなかったの。
だから、直接領民たちからクラウスの印象を聞いた方が信じてもらえるんじゃないかって」
「お義母様……」
確かにその通りです。噂がデタラメだと聞いても、すぐには信じられなかったでしょう。
「クラウス様の噂は嘘なんですね?」
「ええ、そうなの」
えっと……これは、クラウス様がとても気の毒ですね。
根も葉もない噂を流され、愛する王女様と婚約破棄。あげく別の妻を迎えなければならなかったと。
「噂の火消しはされなかったのですか?」
「王都から遠く離れていた私たちが噂に気がついたのが遅かったのよ。
その頃には、王女が嫁ぐ相手としてどうなんだという貴族たちの声も上がっていたし、王女殿下もクラウスを信用できないとおっしゃり始めたの」
火のないところに煙は立たないと言いますから、王女様が不信感を抱いてしまうのも仕方がないのかもしれませんが……。
不憫ですねぇ。