85.父親とダンス、姉の願い
ダンスは無事終わりを迎えました。
無難にやり切ったので、満足です。
ゆっくりしたかったのですが、すぐに陛下からダンスを誘われました。公衆の面前で断れるはずもなく、お受けします。
クラウス様の力強いダンスとは違い、陛下は、上品で流れるようなリードをしてくださいます。とても踊りやすい。
「レティシア、決断してくれてありがとう」
感無量なのか、瞳がウルウルと潤んでいます。
一国の王様が、こんなところで泣いちゃ駄目ですよ。
「陛下。
私が産まれたことで、さまざまな思いを抱いている人たちがいることは、理解しています。
でも、今まで産まれて来なければよかったなんて、一度も思ったことがありません。
二人が出会って、恋をして、私を産んでくれたことは感謝しています。
陰ながら、護ってくださっていたことも、素敵な伴侶を選んでいただいたことも、本当にありがとうございました」
夫や恋人としては、どうかと思いますが、父親としては頑張っているのではないでしょうか。
現に、テオフィル様やアンジェリカ様は、呆れながらも、父親を嫌ってはいないんです。
「レティシア……産まれたばかりの小さな君をこの手に抱いた感触は、今でもはっきりと覚えている。
こちらこそ、産まれてきてくれてありがとう」
まだまだ親子というには、ぎこちないし、戸惑う気持ちしかありませんが、愛してくれているのはわかります。
誰になんと言われようとも、二人がいたからこそ生まれた私は、否定したくない。
「お父様。私は今とても幸せです」
「……ああ」
陛下は、唇を噛み締め、感情が溢れるのを我慢しているよう。
私が泣かせたみたいだから、やめてくださいね。
結局、親と呼べる人が増えた。
ただ、それだけのことなのです。
一曲踊り終わった後、先ほどまでテオフィル様とダンスを踊っていたアンジェリカ様は、次にクラウス様と踊ります。
私のパートナーは、テオフィル様にかわります。
筋書き通り、王家と辺境伯家は、かたい絆で結ばれていると宣伝するため。
テオフィル様の手を取り、踊り始めます。彼のダンスは、陛下とよく似ていました。
視線の端に、クラウス様とアンジェリカ様が踊っている姿を捉えます。
見目麗しい2人のダンスは、天上に舞う天使のように神々しく、観覧している人々もうっとりと見惚れています。
素晴らしい光景のはずが、胸がチクチクと針を刺されたように痛みました。
「気になる?」
テオフィル様に声をかけられて、
「そんな、ことは……」
動揺しました。
うまく言葉を紡げないでいると、クスクスとテオフィル様が笑います。
「おかしいことじゃないでしょ? 夫が元婚約者とダンスをしている。
ちっとも気にしないのは、クラウスが可哀想だよ」
ああ、そうか。
これが嫉妬なのだとわかった瞬間、なんともむず痒くなり、足がもつれました。
テオフィル様がうまくリードしてくれなければ、転けて大恥をかくところです。
「大丈夫?」
「は、はい。申し訳ございません」
「案外、可愛いところもあるんだね」
案外ってなんだ。
助けてくれたので、文句はいいませんけどね。
「以前、クラウスをよろしくと言ったのを覚えている?」
「はい」
隣国で、頼まれたことを思い出しました。
その時、意味はわかりませんでしたが、今ならちょっとわかります。
「クラウスには、幸せになって欲しかった。あのままアンジェリカと婚姻を結んでも、2人は両親と同じ道を歩むんじゃないかと、頭から離れなかった。
甘いと言われるだろうけど……ね」
あら、愛を感じます。
「クラウス様が大好きなんですね」
テオフィル様は、キュッと眉根を寄せました。
「ちょっと、違和感を覚える言い方なんだけど、違うからね。あくまで、友人としての好きだからね」
「わかってます」
「僕は、ちゃんと妻を愛してるからね」
「はい」
テオフィル様は既婚者です。王太子妃殿下は、現在妊娠中のため、離宮でゆっくり過ごしており、私もまだ会ったことがありません。
子供が産まれたら、私の甥か姪、もしかしたら、王になる方かもしれません。
お会いできる日がくるといいですね、ご無事の出産をお祈りしています。
踊り終わったクラウス様が、アンジェリカ様をエスコートしながらやってきました。
彼女は、艶やかに微笑んで、周りに聞こえるような大きな声で話し始めます。
「レティシア。私が選んだだけあって、そのドレス、とてもよく似合っているわ!!
クラウスも、こんなに可愛い妻で幸せ者ね」
注目を浴びるアンジェリカ様。
ワザとですね、コレ。
「クラウス。友人として、あなたに最後の……多分、最後のお願い。
私の大事な妹を、幸せにしなさい」
アンジェリカ様は、骨の髄までわがまま王女様。
最後のお願いと言い切らないところも、らしいといえばらしいです。
「かしこまりました。全てをもって、妻を幸せにすることを誓います」
クラウス様は、エスコートしてきたアンジェリカ様をテオフィル様に託した後、私の手を取りました。
「レティシア」
手の甲にクラウス様の唇が触れ、ピリピリと痺れました。
自分の名前がとても甘美なものに聞こえます。
辺りの女性たちが、頬を染めて、チラチラとこちらの様子を窺っていますね。
一生分のお姫様気分を味わい中です。
私が庇護されているとアピールするために、やってくれていることは、わかっていますが、もう充分ではないでしょうか?
視線が突き刺さり過ぎて、痛いです。
ちょっとした嫌がらせなんじゃないかと、疑ってしまいそうですよ。
恥ずかしいから、もう勘弁してください。