79.こんがりソーセージ
そうこうしているうちに、小腹が空きました。クラウス様と相談した結果、屋台で食べ物を買うことに。
この広場には、おいしい匂いをふりまく屋台がたくさんあるのです。
香ばしい匂いに、吸い寄せられる。
大きなグリルの上で、きつね色にこんがり焼かれたソーセージが所狭しと並んでいます。
お客さんたちは、パンに挟んだ焼きたてのソーセージを、おいしそうに頬張っています。
その光景に誘惑された私たちは、これに決めました。
ソーセージには、色々と種類があります。
チーズ、ハーブ、唐辛子、にんにくなど。
どれもおいしそう。
私は、チーズ。クラウス様は、唐辛子を選びました。
「ありがとう、熱いうちに食べてくれ!!」
明るい笑顔を見せる、恰幅のいい店のおじさんは、そう言いながら熱々のソーセージをパンに挟んで渡してくれます。
パンもほんのり温かい。
食べるとジュワッと肉汁が溢れでて、トロトロと溶け出したチーズの旨味と混ざり、それがパリッとした硬めのパンとよく合います。
熱々で口の中を火傷しそうなのに、食べるのが止められません。
「はあ、おいしいです」
「これも、ピリッと辛くてうまい」
クラウス様も気に入ったらしく、大きな口を開けて、ソーセージパンにかぶりついています。
ソーセージパンを堪能していると、クラウス様が突然、うめき声を上げました。
「うぐっ」
「クラウス様……?」
少し前のめりになった彼を見ると、腰の辺りに、小さな男の子がへばりついていました。
10歳くらいの少年は、クラウス様を見上げ、あ、やっちゃった。という焦った表情をしています。
ちょっと生意気そうな目、膝小僧に擦り傷を作っているそんな子。
「こら、クルト!! 走るなって言ってるでしょう!! す、すみません。息子が……」
そんな少年の腕をむんずと掴み、クラウス様から引き離したのは、スラリと背が高く、女性では珍しい髪が短い人でした。
「いえ、構いません」
「本当に、申し訳ございません」
恐縮して何度も頭を下げる女性。お子さんの頭に手を乗せて、一緒に頭を下げさせています。
「怪我もないので」
「本当に、申し訳ございません」
クルトと呼ばれた少年は、申し訳なさそうではなく、物欲しそうに、私が持っているソーセージを見つめています。
いや、これ食べかけだから、あげられませんよ?
「母ちゃん。俺も、あれ食べたい」
ピシッと指を差されます。
お母さんは、パシンと軽快な音を立てて、少年の頭を叩きました。
「今は、ちゃんと謝る!!」
「謝ったもん」
自分の頭を摩りながら、むうっと頬を膨らませるクルト少年は、鼻をヒクヒクさせて、ソーセージの匂いを嗅いでいます。
いい匂いですけど、懲りませんね。
「失礼いたしました」
顔を上げたお母さんは、まだ若く、キリッとした細い眉の女性です。背筋が伸びていて、とてもきれいな立ち姿。
そんな彼女が、驚いたように目を瞬かせました。
「バルトロくん!?」
視線の先には、バル。
彼も、目を見開いて驚愕しています。
「エルシー先輩?」
「こんなところで、会えるなんて!! えっと……」
エルシー先輩と呼ばれた女性は、私たちの関係性を予想できずに、視線を彷徨わせています。
「お久しぶりです」
一歩前に出たバルが、殊勝な態度で頭を下げました。
彼に声をかけられ、安堵したエルシー先輩は、嬉しそうな笑顔に変わります。
「久しぶりね。元気だった?」
「はい。先輩も元気そうで、なによりです」
「ありがとう。
バルトロくんには、何度も助けてもらったのに、なんの恩返しもできないまま、あなたは退役して……。
何度かあなたの実家に手紙を出したんだけど、届いてるかしら?」
「あ、すんません。俺、実家にいないので。
また帰った時にでも受け取ります」
「そう。でも、元気そうでよかったわ」
健康的で、筋肉がありそうな引き締まった体躯。バルが先輩と呼ぶくらいですから、彼女も軍人さんかもしれません。
「今日は、息子さんとお出かけですか?」
「ええ、そうなの。この子ってば、家でじっとおとなしくできないのよね。全く、誰に似たのかしら」
苦笑しながらも、幸せそうにクルト少年の頭を撫でるエルシー先輩。
子供を愛するいいお母さん。
2人のやり取りを眺めていた私とその手にあるソーセージを見つめるクルト少年。
おなかが空いているんですね。
新しいものを買って渡すという手もありますが。
「クルトっつったか。
そんなに食べたいなら、このお兄さんが買ってやろう」
「ちょっと、バルトロくん!」
「いいじゃないですか。俺もエルシー先輩には世話になったんです。これくらいさせてください。何か食べたらダメなものとかありますか?」
ソーセージを買うと言ったバルに気を良くしたクルト少年は、彼の腰に飛びつきます。
「ありがとう、兄ちゃん!」
「おう。どれがいいんだ?」
バルは、少年の頭をわしゃわしゃと撫でました。
2人がソーセージを選んでいるさまは、親子というより、年の離れた兄弟のようです。
さて、私もチーズが固まる前にソーセージを食べ終わらねば。
私たちの前に現れた、エルシー先輩とクルト少年。
クラウス様と私は、安易に名乗らず、見守ります。
これでもバルは、仕事中なので、クルトくんにソーセージを買った後、二人とは別れました。
久しぶりに会ったのなら、積もる話もあるんじゃないか少し離れてもいいぞ。とクラウス様は、気を遣いましたが、バルはそれを固辞しました。
普段おちゃらけているバルが、過去に想いを馳せるような切ない表情をしている。
それが、とても印象的です。
うーん。そういう顔、似合わないなぁ。