78.広場デート
悩みに悩んで、奇妙な顔つきになっていた私に、クラウス様が提案しました。
「シア、気分転換に街へ行かないか?」
曇り空のようにモヤモヤしていた私の心は、それに飛びつきます。王都の街にお出かけ、なんてステキな響きでしょう。
行きたい。行って、パーっと楽しみたいです!
全て忘れちゃえ。
やっほーい。
街に出るならと、目立たない一番地味な紺色のワンピースを選びます。
横で、モニカに深いため息をつかれました。
なぜ?
「レティシア様、せっかくのデートなんですから、もっと可愛い服にしませんか?」
「へ?」
はっ!! も、もしやこれは……相思相愛になってから、初めてのお出かけ、その名もデート。
「こんなこともあろうかと、奥様がこれを準備なさっています」
モニカがクローゼットからさっと取り出したのは、淡いピンク色のワンピース。柔らかく、肌に優しいサラサラとした生地、スカートに小さな白い花が刺繍されています。とても細やかで手の込んだもの。
そうか、デートといえばお洒落ですね!
「ありがとう、モニカ。帰ったらお義母様にも御礼を言わないとね」
「はい。では、着替えましょう」
モニカに手伝ってもらいながら、ワンピースに着替えます。髪とリボンを交差させるように編み込み、普段より濃いめに化粧をしてもらいました。
驚くほどの美少女に変身です!!
美少女ったら、美少女です。
準備を終えた頃、クラウス様が迎えに来てくれました。私の姿を見た瞬間、頬を緩ませます。
「……かわいい」
「はぇ?」
「いつも、かわいいが、今日は一段とかわいい」
つっかえながら、かわいいを連呼。
恥ずかしそうに、ほんのり頬を赤く染めているクラウス様の方が可愛いです。
「あ、りがとうございます」
私の方は、おそらく全身が赤くなっていることでしょう。暑いもの。
クラウス様から外見を褒めてもらったのは、笑顔が好きと言われた他、ありませんでした。
恋は盲目。
やはり愛情を持つと、どんな顔でも好ましく思うのでしょか。
恐るべし、恋の魔法。
本日のクラウス様は、いつものようなきちんとした服装ではなく、シャツにスラックスという簡素な出で立ちです。
男前は得。どんな服でも着こなす。ズルい。
恋をする前から美丈夫だと思っていた私の方が断然不利じゃないですか?
「クラウス様も……その、格好いいです」
褒められたのなら、褒め返します。
照れながらそう伝えると、耳まで真っ赤になったクラウス様は、嬉しそうに目を細めました。
気恥ずかしさに、もだもだしていると、彼が手を差し出してきます。
「さあ、出かけようか」
「は、はい」
手汗をかいていたらどうしよう。
気付かれないように、サッと手のひらを擦り合わせます。
ゴツゴツした指。
私の小さな手は、彼の大きな手の中にすっぽりと包み込まれました。
手を繋ぐという相思相愛っぽい行為。
調子に乗った私は、言葉の代わりに、キュッと力を入れます。
その力に合わせるように、クラウス様も手を握り返してくれました。
返事をもらえたようで、鼓動がトクントクンと鳴り出します。
それが相手に聞こえるんじゃないかと、心配になるけれど、それがまたドキドキ。
へへへ。
街までは、馬車で移動です。
馬車の中では、言葉は少なめ。
たまに目が合うと、スッと目をそらすという、なんともむず痒い攻防が続いております。
この二人っきりの空間がそうさせるの!?
窓に映るクラウス様の横顔をこっそり覗いて、楽しみました。
貴族たちが暮らす大きな屋敷を、隠すようにそびえ立つ高い壁。
それが続いている道を、ゆっくり進み、市民街へ向かいます。
到着したのは、大きな広場でした。
クラウス様のエスコートで馬車を降りると、思わず踊りたくなるような軽快な音楽が聞こえてきました。
テンポの速い盛大な拍手の音、大人も子供も関係なくはしゃぐ声が、楽しい気分にさせます。
「ここは……?」
「王都の中央地区にあるフォートナフ広場だ。別名『大道芸広場』と呼ばれている。
人を楽しませる芸をして、寄付をもらっている人たちがたくさんいるんだ」
「へぇ、楽しそうですね」
たくさんの人で賑わっている広場の真ん中に、大きな噴水が見えます。美しい弧を描いた水の帯、飛び散った水滴に日の光が当たって、キラキラと輝いています。
その周りを囲むように、催し物が行われていました。
赤や青や黄色、色とりどりの面白い化粧をした芸人が大きなボールに乗ってバランスを保っています。
小さな女の子の似顔絵を描いている丸い半球型の帽子を被った絵描きさん。
胸の谷間が大きく開いたドレスを着た色っぽいお姉さんが、透き通るような美声を披露しています。
前髪がやたらと長くて前が見えないよね、と心配になる男性は、尋常じゃない速さの指さばきで、見たこともない丸い形をした木製の楽器を演奏しています。
「こんな広場があったんですね。初めて知りました」
「ああ、私もだ」
私もだ?
「知っていて来たんじゃないんですか?」
「あ、いや。シアが元気になるように、喜んでもらえそうな場所をテオに訊いたんだ。
私も、王都の事情に疎いから……」
情けないなぁとでもいうように、頬をポリポリと掻く、クラウス様。
ギュッと手を握りしめ、彼を引っ張ります。
「ありがとうございます。とっても楽しそう! 早く見に行きましょう。これだけ広いですから、見回るだけでも大変です」
「あ、ああ。そうだな」
喜んでいることが伝わったのか、クラウス様もニコニコ顔でついてきてくれます。
どんな顔をして、テオフィル様に尋ねたんだろう? 想像するだけで、私の顔も綻んでしまいます。
今日は、バルとモニカも同行しています。
クラウス様が言うには、他にも何人か護衛として隠れているとのこと。
彼らは、陛下の命令で動いているもよう。
もともとモニカが所属していた隠密部隊の人たちでしょうか?
私には、どこに隠れているのかサッパリわかりませんが、クラウス様は、人数も位置もだいたい把握できていると……なんとまあ、すごい。
人目がないからと安心して、痒くなったお尻を掻くと恥ずかしい思いをします。
どこで見られてるのか、わかったものじゃありません。気をつけよう、そうしよう。
自然に背筋がぴーんと伸びます。
移動中、先ず目に付いたのは、拳くらいの大きさのボールを、まるで生き物のように操っている背の高いひょろりとした芸人さん。
たくさんの赤いボールが青い空の中を舞っています。
どんどん速くなる動きに、目が追いつきません。
「すごい。あれ、何個あるんでしょうか?」
「……7個だな」
「わかるんですか!?」
「ああ」
クラウス様、目がいいんですね。飛んできた短剣や矢を叩き落とすくらいですから、当然といえば当然か。
口から火を吹く技を披露する芸人さんは、なぜか身体中に葉っぱを引っ付けています。
フリフリのレースがついた黄色のワンピースを着た童顔の女性。彼女が持っている銀色の輪っかの中を、指示通り器用に飛んでくぐる茶色の小さな犬ちゃん。
真っ白なハンカチを、一瞬にして鳩に変化させるジャケット姿の手品師。
田舎では見たことがない珍しいものがたくさんあって、楽しい。
思い出として、絵描きさんに2人の似顔絵を描いてもらいました。
目元がパッチリ、まつ毛はフサフサで長く、ほっぺがりんご色の可愛らしい女の子が私。
緊張からか、ずっと眉間に皺を寄せて難しい顔をしていたクラウス様が、キリッとした目元の美男子になったのは、絵描きさんの素晴らしい技術です。
「この絵は、部屋に飾りましょう」
「そうだな。ど、どちらの部屋に飾るんだ?」
そうか。似顔絵は一枚。
二人の部屋、片方にしか置けません。
「どうしましょうか?」
「シアの部屋でいいんじゃないか」
「いいんですか?」
「ああ。その代わり、私が毎晩シアの部屋に行くというのは、どうだろう……か」
ほとんど毎晩来てましたよね、部屋。
いまさら、なにを言ってるんですか?
「じゃあ、お待ちしていますね」
「あ……ああ」
安堵したように息を吐いた後、ニッコリと微笑むクラウス様。
上機嫌で肩を揺らして歩き始めました。
さあさあ、もっとウロウロして、たくさん思い出を作りましょう。
次は、あっちです!