74.ずっと一緒に
テオフィル様との話し合いを終え、私は途方にくれていました。まるで迷子の子猫ちゃんのようです。
そんな可愛らしいものじゃないとか、苦情は一切受け付けません。
用意された部屋に戻った私に、クラウス様がついてくれています。
外の空気が吸いたくなったので、彼を誘ってバルコニーに出ました。
雲が少しかかった月の穏やかな光が、王都を照らしています。丘の上にそびえ立つ王宮からの眺めは、格別。
街の明かりが点々と続いているのを見ると、たくさんの人たちがこの街で暮らしているのだと感慨深いです。
「シア。その、なんと言ったらいいか……」
困った表情のクラウス様は、小さく息を吐きました。
陛下や王妃殿下と昔から知り合いの彼は、私以上に混乱しているかもしれません。
「私もなんと答えていいのかわらないので、大丈夫です」
「それは、大丈夫と言わないだろう?」
「そうかもしれません」
おかしい、こんなはずじゃなかった。
「事件を終わらせて、一刻も早く帰りたかっただけなんですけどね」
思わず呟いた言葉が、私の本音です。予想だにしないことが立て続けに起きすぎて、頭がうまく働きません。
「すぐに答えを出す必要は、ないと思う」
「え?」
「シアの意思に従うと、陛下もおっしゃっていただろう。今すぐ結論を出さずとも、落ち着いてゆっくり考えたらいい。
もし決心がついたら、答えはその時でいいんじゃないか?」
それは、逃げるということでは?
「ですが……辺境伯領にとっては、私の出自を公表する方がいいですよね?」
陛下の娘だったら、メンブラード侯爵に狙われたりしなかったかも。
クラウス様の悪評だって、吹っ飛ぶかもしれない。
王族の親族という事実があるかないかで、全く違ってきます。
表情を探るように見つめてくるクラウス様が、私の頬をそっと撫でました。
「私は……君が陛下の娘だから好きになったわけじゃない。
シアは、どんな時でも明るく、元気で、とても強い。
だが、たまに弱くて、脆く、放っておけない。そんな君だから、ずっと側にいたいと思ったんだ。
貴族としては間違っているだろうが、私は公にしなくてもいいと考えている。
私の悪評だって、そのうち忘れ去られる。新しい噂が出れば、皆そちらの方に流れる。
なにより、公表すれば騒ぎになる。
君が望むような静かで、平和な生活を脅かされる可能性もある。
うるさい連中に煩わされるかもしれない」
私のためを思ってくれているのがわかり、心の奥がぽかぽかと温かくなります。
「あの辺境の地で君がいて、平坦でも静かに暮らせれば、それでいい。
シア……君を愛しているんだ」
君を愛している。
まったく、この人は。
弱っている時にスルリと心に入り込む言葉をくれるんですよね。
「私も……です」
もれ出た言葉に、自分でもびっくりします。
私もですってなんだ!?
私以上に目を見開き、驚いていて固まっているクラウス様。
「い、今のは、ナシで!!」
慌てた私は、目の前に手でバツ印を作ります。
「なぜだ!?」
クラウス様は、さらに驚愕して目をまん丸くしています。
そりゃそうだ。なんだ、ナシでって。
落ち着け私、頑張れ私。
「えっと、その。
わりと前々からチョットだけ、そうなんじゃないかと思っていましたよ。
クラウス様は、いつも私を護ってくれました。
ちょこちょこカッコイイなって、見とれたりしていました。はい。
横顔が凛々しくて素敵だなと思ったり、たまにあるむず痒い言葉も、恥ずかしいけど嬉しくて胸の奥が熱くなりましたし!!
なんなんですか!?」
「なぜ怒る!?」
しまった。
興奮して、なんだかわけのわからないことを言ってしまいました。ち、違うんです。伝えたいことがうまく言葉になりません。
クラウス様は、うーんと考え込むように空を見上げています。しばらくして、視線を私に落としました。その表情は、とても幸せそうに頬が綻んでいます。
「とにかく、シアも私を好いてくれているんだな?」
「そ、そうです……」
小さな声で、多分とつけてしまったのは、クラウス様の耳には届かなかったもよう。
危ない危ない。
しっかりと抱き寄せられた勢いで、クラウス様の胸に鼻をぶつけてしまいました。
痛い。
「一度言葉にしたことは、覆らないぞ」
クラウス様の低めでしっとりとした声がズンっと心と脳に響いてきます。
「は、はい」
なし崩しのような、雰囲気に流されたような。
いえ、違います。
クラウス様とずっと一緒にいたい。それは、間違いないです。
私は、そっと彼の背中に手を回しました。
親きょうだい以外で、彼以上に信頼できる人はいません。
私にとってクラウス様は、なくてはならない存在なのです。