73.王妃様が愛した人
本日、二話目です。
テオフィル様は、そっと膝の上で手を組みました。
「それからの王妃殿下は、心の隙間を埋めるためか、ひたすらアンジェリカを溺愛し始めた。それは、もう真綿に包むようにね。
その頃の母の気持ちは、僕にもよくわからない。
愛していなくても、父に裏切られたという気持ちがあったのか。
父が最愛を見つけたことが悔しかったのか。
それとも父に対して特別な感情が芽生えていたのか」
うう、これは、心苦しい。
どういう気持ちだったにしろ、フェリシア母様と私の存在が、王妃殿下を変えてしまったのは、確実です。
「母がアンジェリカを溺愛するのを強く止められなかったのは、父も思うところがあったんだろう。
僕や妹たちも……アンジェリカのことを妹として大事だが、母の愛を一身に受ける彼女に対して、言い知れない気持ちがあったのは否めない」
ああ。申し訳なさすぎて、倒れそうです。
よよよ。
自由気ままな性格に育ったアンジェリカ王女殿下に、クラウス様が婚約破棄されてしまったのも、私のせいな気がしてきました。
ごめんなさい、クラウス様!
「クラウスとアンジェリカの婚約は、王妃殿下の主導だった」
婚約の話になり、私とクラウス様はお互いに顔を見合わせます。
今この流れで、その話が出た。なんだか、嫌な予感がするんですが。
「2人の婚約が王家にとって利となるもので、反対する理由はなかったけれど、父の内心は、複雑だったろうね」
「テオ、もしかして」
訊くんですか、訊いちゃうんですか、きっとそこは突いちゃいけない深い闇な気がします。そっとしておいた方が……。
「うすうす気がついてると思うけど、母の想い人は、ドワイアン卿だよ」
あー、やはり、そうきましたか。お義父様。
そんな気がヒシヒシとしていました。
なんということでしょう。
「母の念願だった2人の婚約が、母が亡くなって2年も経たずに潰れるなんて、思ってもいなかった。
ただ、父も僕もアンジェリカが本当に愛する人と結婚した方が、母も喜ぶんじゃないかと思ってる。
もちろん誰でもいいってわけじゃない。それが隣国の王子だったから許されたことだけどね」
アンジェリカ王女殿下を思う気持ちはあるけれど、為政者として守るべきものもある。そういうことですね。
「クラウスには、悪かったと思ってるよ。悪役をやらせてしまった」
「それは、私が納得してやったことだ」
きっぱりと言い放ったクラウス様は、優しい視線を私に向けてきました。
「それに、そのおかげでシアに会えた」
くぅ、卑怯です。
こんなところでそんなことを言うなんて、恥ずかしいじゃないですか!
「僕が知っているのは、これくらいかな。この話は、母に直接聞いたものだから、確かだよ」
全てを話し終えてスッキリした表情のテオフィル様。
話を聞いてぐったりした私。
なんとも対照的です。
「妹たち……アンジェリカ以外の2人には、嫁ぐ時にこの話をしている。2人とも両親の微妙な関係をわかっていたから、そこまで驚きはしなかったよ。
そうだったのね、ふうん。とあっさり納得していた。わが妹ながら、可愛げがない」
第一王女殿下は、他国。第二王女殿下は、国内の貴族に嫁いでいたはずです。なかなか、サッパリとした性格の方々なんですかね。
「アンジェリカにもきちんと話す。
君を疎むようなことには、させないつもりだ。
それから、後は親戚筋も特に問題はない。
現公爵……母の兄に当たる人だが、全てご存じだ。陛下のことだ、君を迎え入れる根回しは、それなりに済ましているだろう」
まだ公表すると決めていませんが、外堀を埋められている気がします。
それは置いておくとして、当時の状況が少しわかりました。
客観的に見ると、決定的に誰かが悪いとも言い切れない、不器用な人たちのすれ違いという印象。
生々しいことを考えれば、私は末子。
王家にとって、男児は王太子殿下一人。
もう一人くらい男の子を求められてもおかしくない。
だけど、私が生まれて以降、陛下と王妃殿下の間に子供はいません。
二人の関係に溝ができたと考えられます。
よき王妃という仮面を被り、アンジェリカ王女殿下を溺愛することで、心の安定を保っていたのだとすれば、とても悲しい話です。