71.悩みます
結局、この日はそれで解散。
陛下のお心遣いで、今夜は王宮に泊まることになりました。
一人で考えたかった私は、皆の心配そうな顔に背を向けてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
「レティシア様、お茶でもいかがですか?」
「モニカ……うん、ありがとう」
用意された客室でぼんやりとしていた私を気遣ってくれたモニカが、温かい紅茶を用意してくれました。
ほんのり甘いハチミツの風味にほっと一息つきます。
さて、どうしたらいいのでしょうか。
正直にいえば、陛下のことを父親だとこれっぽっちも思えません。
私の両親は、ソニオ父様とマリアンヌ母様です。……フェリシア叔母様は、既に亡くなっている方なので、どう思うかと訊かれても難しい。
陛下……。
どうして妻がいるのに別の女性にちょっかいを出したんです? しかも、妊娠させるなんて。
フェリシア母様も迂闊すぎます。それでもいいと思えるほど恋い焦がれていたのでしょうか?
王妃殿下にも申し訳なさすぎます。
ご存命ではないので、謝ることもできません。私の存在は彼女にとって、つらいものだったはずです。
意思決定をするための情報が少な過ぎる。できれば、事情を詳しく知っている人に、話を聞きたいです……。
「レティシア様」
声をかけられて顔を上げると、不安そうなモニカの瞳が私の目に入ってきました。
「どうかした?」
「陛下は……レティシア様を本当に大切に思っていらっしゃいます」
「え?」
なぜ、モニカがそのことを知っているのでしょうか?
「申し訳ございません。……ずっと黙っていたのですが、私の……私の主は、陛下でございます」
深く頭を下げたモニカの意外な言葉に、私は瞬きを何度もしました。
「どういうこと?」
「……レティシア様の侍女になる前、私は陛下に仕える隠密部隊に所属しておりました」
「隠密?」
「陰ながら王族をお護りし、諜報活動なども行う部隊です」
か……カッコいい! 隠密部隊。影のように誰にも存在を知られず、命令を遂行する……みたいな。わぉ。
おっと、聞き慣れない言葉に、思わずはしゃいでしまいました。それどころじゃなかった。
いつになく深刻そうな表情のモニカ。
「幼き頃、私は陛下に命を助けていただいてから、ずっとお仕えしております。
主様は、レティシア様の身を自分のこと以上に案じておられました。
複雑な思いを抱くのは、仕方がないことでございます。
しかし、陛下は本当にレティシア様を……」
いつも凛としたモニカが、悲しそうに俯いています。
陛下のことが大切なのですね。
「モニカ。私は陛下のお気持ちを疑っているわけではないの」
陛下の必死そうな顔。大切だと思われているのが、伝わってきました。
ただ、陛下のご家族のことを考えると、それを享受するのに抵抗を覚えるのです。
憂鬱だ。
私の存在を公にすれば、さらに傷つく人がいるかもしれません。
やはりこのまま、なにごともなかったように、ドワイアン辺境伯領に帰るのが最善なのではないか。
そう考える一方で、公表する方が辺境伯領の利益になる。元男爵令嬢の私より、庶子とはいえ、陛下の子という身分の方が、はるかに上。
辺境伯領の今後を考えるのならば、公にするべきです。
どれだけ悩んでも、答えは出ません。
私は、決意を固めて、モニカに尋ねました。
「ねぇ、モニカ。テオフィル王太子殿下とお話しすることはできないかしら?」
「王太子殿下とですか?」
あの方なら、感情に左右され過ぎず、話をしてくれる……ような気がします。
そうだといいな。お願いします。